「俺だって霞食って生きてるわけじゃねぇからなぁ……」
焼き芋食べるイメージがあるとかないとか下品とかそういう雨彦さんとPさんのお話です。
@toasdm
ふわん、と香る甘く香ばしい匂いを連れて、雨彦は事務所を訪れた。その香りに即座に反応し、ばっ、と振り向いた瞬間に、彼女のお腹は実に正直に、ぐきゅぅ、と音を立てて雨彦の爆笑を誘った。
「っはははは! お前さん、正直だなぁ」
「私じゃないです、私のお腹が正直なだけです!」
言い訳にすらなっていない彼女の言い訳を黙らせたのは、紙袋の中、新聞紙に包まれていた焼き芋だ。食うだろ、と半分に割ったそれを差し出せば、ありがたくいただきます、と彼女はそれを受け取った。黄金色の断面からほかほかと、湯気が立つ。
「ちょうど通りがかってな」
「雨彦さんがですか?」
「いや、芋屋が」
そういえばさっき、忙殺されながら遠くに、石焼き芋~、の音を聴いたような気がする。湯気ごとかぶりつくような勢いで、はむ、とひとくち食べて、んふ~、と間の抜けた声を上げる彼女にとっては、別に割とどうでもいい情報ではあった。
「うまいか?」
「んーまーぃ」
無添加の甘さと香ばしさ、ほくほくとした食感。ねっとりとした水分の多いものも好きだが、この「芋を食べている」という感覚に浸れるほくほく感はそれとはまた別の好きだ。間延びした返事をしながら黙々と食べ進める彼女の隣に椅子を並べて、雨彦も豪快に、がぶりとひとくち頬張った。
「すぐ近くで買ったからな……まだあったかい、うまいな」
「甘くてあったかくておいしくて、って、幸せのトリプルアタックですよね」
なんだそれは、と苦笑する雨彦に、私も自分で言っててよくわかんなくなりました、と素直に答える彼女の疲れは、なかなかのものだったのだろう。食ったら帰るかい、と水を向ければ、長時間作業は効率悪いですしね、とすっかり気持ちの解けた彼女も残業に見切りを付け始める。
「アイドルも、焼き芋食べるんですね」
「ん?」
彼女よりも後から食べ始めたはずの雨彦は、もう既に食べ終えていて焼き芋の尻尾部分を新聞紙に包んでいる。食事制限かい?と茶化して聞く雨彦に、そうじゃないんですけど、ともごもご言いながら、彼女はマイペースにゆっくりと、甘さを堪能していた。
「俺だって霞食って生きてるわけじゃねぇからなぁ……」
「んー、なんか、庶民っぽいなにかを食べてるイメージないというか、焼き芋感はないかなぁ、って気がしたので」
焼き芋感、と聞きなれないその言葉を繰り返して、雨彦はしばし考える。
「……ま、食ったら出るもん出るしな」
「んっ!?」
明言こそしなかったものの、ぼかしても、それは、それ。驚いて喉を詰まらせそうになる彼女に、お前さんしっかりしろよ、とペットボトルのお茶を差し出して、雨彦はニヤニヤしながら言った。
「出物腫れ物、ってな」
「いやー! イメージ! アイドルのイメージ壊さないでー!」
ごくごくと、なんとか喉つまりを回避して、彼女は頭を抱えた。お下品です、品がない、と憤慨する彼女をからかって、雨彦はさらに続ける。
「アイドルの前に人間なもんでなぁ、パンツだって穿くさ」
「やだーーー! 知ってるけどなんか、頭では理解できても心が受け付けないです!」
「お前さんなぁ」
やだやだ聞きたくない、ととうとう両手で耳をぐっと押さえた「聞かざる」の姿勢になった彼女を後ろから抱きしめて、雨彦は、その遮る手に頬をつけて低く言った。
「アイドルの前に、お前さんの男でもあるんだが――」
塞いだ耳は空気の振動は遮断するが、体を直接震わせる音はダイレクトに鼓膜に伝わる。鼓膜伝いの低い声と、ばくばくとうるさい自分の心臓の音とが、彼女の頭の中で反響する。どういう意味かわかるだろう、と彼女の手の甲にそっと唇を押し当てて、雨彦はぎゅっと彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「ふぁ……」
押し出された情けない声が、雨彦の中の男を上手にくすぐる。なんて顔するんだい、と見上げた彼女の頬に柔らかなキスを落としてから、雨彦は拍子抜けするほどあっさりと、彼女から離れた。
「今はまだ、アイドルのままでいてやるさ」
冷めないうちに食っちまえよ、と隣でニコニコと見守る雨彦の視線が、彼女の頬に熱を灯す。
その顔は確かに、まだアイドルのままだった。