@toasdm
もうお互い知らない仲じゃないでしょーよ、と次郎は彼女の手を握る。二人でゆったりとかけられるソファに身を沈めながら、次郎はニコニコと、彼女の目を見て言った。
「そのさ、次郎さん、ってそろそろやめない?」
他人行儀でおじさんさびしい、と泣き真似までしてみせて、次郎は指を絡める。そんなつもりはないんですけど、と躊躇う彼女の瞳を覗きこんで、へらりと次郎は笑う。
「俺もさ、あんたのこと下の名前で呼びたいし」
「い、いつも呼んでるじゃ、ない、ですか」
呼び捨てで、のつもりで言った違和感に、次郎はその時点で気付くべきだったのだ。
「ダメ?」
「うぅ……」
もじもじと、あまりにも恥らうものだから、やっぱり年上のおじさんを呼び捨ては抵抗あるのかな、などと、その可愛らしい仕草に気を取られていた次郎は、気付くことができなかった。身構えることが、できなかった。
「じ、次郎、くん……?」
突然の「くん呼び」に、なにそれー!と、頭の中の次郎は大絶叫する羽目になった。
「待って」
「えっ」
「えぇぇぇ~……」
「え、あの、ちょっ、何、えっ」
なにそれ、なんなのそれちょっと予想外、おじさん、なんかちょっと、ときめいちゃったんだけど。
年下に「くん呼び」されるだけでこんな、こんな新鮮な、うわちょっとやばいって、と混乱を極める頭の中で、恥ずかしそうに上目遣いで「次郎くん」と控えめに呼ぶ彼女の姿が何度もリピート再生される。可愛い。やばい、なんか、目覚めちゃいそ。
「ち、違いました、よね、その反応だと」
「いや、うん、だーいぶ違うんだけど、なんか、うん……」
真っ赤になった顔を俯かせながら、にやける口元を手で覆い隠しながら次郎は熱くなる顔に焦る。
「いや~……ったはは……」
「やっぱり、次郎さんは、次郎さんですよ……」
もう呼ばないです、とそっぽを向いた彼女にぎゅっと抱きついて、次郎はぼそぼそと言う。
「呼び捨てとか、そういうつもりだったんだけどさ」
愛しさの腕が、華奢な体を包んで絡まる。耳元の声のくすぐったさに竦めた肩に、次郎は頭をぐりぐりと押し付けた。
「……なんか、そっちもいいなぁ、って」
でれでれしないでください、とその頭にぽんと手をやり、彼女はぽつりと、一度だけ、次郎を呼んだ。
「……次郎くん、だらしないです」
俺そんな趣味あったっけ、と予想外の刺さり方をした彼女の呼び名に、次郎は今度こそ、濁点混じりに呻きながら悶絶するより他になくなってしまった。