@toasdm
「これからどうしましょう?」
直帰のできる時間だが、すんなり帰るのには惜しい時間。週末の人ごみの中、彼女は雨彦を見上げて尋ねた。体調はさほどよくないとはいえ、担当アイドルのケアを忘れるようなことは、彼女にはできない。
「そうさな……お前さん、この後予定はあるのかい?」
「いえ、帰ってご飯食べて寝るだけですね」
「そうかい……」
雨彦は顎先に手を当てて、なにやら考え込んでいる。
「葛之葉さんはお疲れでしたら――」
「つかれてるのはお前さんだろう」
ぽん、と肩に手を置いて、雨彦は耳元で声を潜める。
「お前さんは優しいからな」
「はぁ……?」
黄昏時は逢魔が時さ、と呟いて、雨彦は彼女の手を握る。
「?!」
「お前さん、ふらふらしてるとどんどん具合が悪くなるぜ」
「ええと……具合が悪いから、ふらふらするんじゃ」
「はは……そうだな」
そいつは真理だ、と苦笑して、雨彦は彼女の手を引いた。
「ちょっ、ちょ、ちょっと、あの、葛之葉さん?!」
「こっちだ」
目を眇め、人ごみを離れて、雨彦はずんずんと進んでいく。やっぱり男の人なんだな、力強い、ぜんぜん、抵抗できない、とあれよあれよという間に彼女は、街路のはずれの大樹の下まで連れ出されていた。
「あれ……」
そういえば私、具合が悪いなんて言ったっけ?できるだけ心配かけないように、気を配ってたつもりだったんだけど……葛之葉さんには、わかっちゃうのかな……。
早歩きで弾んだ息を整えながら、彼女は促されるままその木の下のベンチに腰を下ろした。鉛のように重たい体を雨彦の手が丹念にさすって、ちょうど隣に据えられていた自動販売機でミネラルウォーターを買った雨彦が、こいつを飲みな、と彼女に寄越す。確かに喉は渇いていたし、心なしか、雨彦の圧が強いような気もする。飲まないという選択肢は最初からなかったかのように、彼女はごくごくと、吸い込むように水を飲み干した。
「……っぷぁ」
「具合はどうだい?」
「……あ、はい、心なしか、いや結構、すっきり、しました」
人ごみで人酔いしちゃったのかな、と落ち着いた彼女をじっと見つめて、もう大丈夫そうだな、と雨彦も隣に腰を下ろす。
「つかれてたんだぜ、お前さん」
今日は風呂に入って早く寝ておけよ、と最後に彼女の背中をパシン、と強めに叩いて、雨彦は立ち上がった。
「そいつを飲んだら、家まで送ろう」
またつかれちまったら大変だぜ、と笑う雨彦に手を引かれて、彼女も立ち上がる。雨彦に触れているところから、体がどんどん軽くなるのは不思議だったが、なんだかどっと疲れてしまったようだ。雨彦の言葉に甘えて乗せてもらった助手席で、彼女はすっかり寝こけてしまうほど疲れきっていたのだ。
「はぁ……優しすぎるからな、呼び寄せちまうんだろう」
その雨彦の独り言にすら気付かずに、彼女は家までぐっすりと眠っていた。