@toasdm
なぜ、今、ここで?と問いかけてから、彼女は一連の軽微な違和感に妙な合点を得ていた。隣の雨彦はウーロン茶を一口飲んで、ニッと歯を見せて笑った。
「お前さんと、これから先もずっと、こんな店で腹割って話せるような間柄でいたいからさ」
「いえ、あの……嬉しい、ですけどね」
ちょっと嬉しいですけど、のような態度をとりながらも、その実彼女はとんでもなく舞い上がっていた。冷静であろうとすればするほど、彼女は自分の思考がまとまらなくなっていくのを感じて焦った。
なにか、気のきいた、返しを――…。
彼女は違和感を手繰り寄せて整理する。
車で来ているわけではないのに、なぜか雨彦は先ほどから、ソフトドリンクしか注文していないこと。最初の違和感はそれだった。
いつもなら、さっと席につけば大将が、へいおまち、と勝手にビールを出してくる。そんな常連になった行きつけの店で、今日の雨彦はずっとノンアルコールだ。疲れてるのかな、と適当な理由を見つけてあてがっておいたが、彼女はずっと引っかかっていた。
それに、大将も大将だ。営業時間は俺が眠たくなるまでだ、などと豪語していた適当営業の店を、今日は二人が入って五分くらい経ってからそっと暖簾を下げたのだ。それに対して雨彦も、今日はもう看板かい?などとちょっかいをかけず、ちら、と目線を送っただけで流したのだ。
こいつら、グルだな?!
は、と彼女は気付いて大将の方を見るが、焼き鳥を焼くのに忙しいようでこちらには一切関知していない。……正確には、聞いてませんけどー、みたいな態度を取っている。これは怪しい、完全にクロだ。彼女はもう一度、雨彦を見る。
「で、返事は」
「……最初から、今日、ここでプロポーズしよう、って思ってませんでしたか?」
「…………ほぅ?」
どういうことだい、とにやけて聞き返す雨彦に、彼女は一気に畳み掛けた。
「今思いついたみたいな感じを装ってますけど、最初からアルコール飲んでないじゃないですか」
「大将が出してくれなかったのさ」
「大将も今日は暖簾下げるの早すぎます、しかも明らかにこっち見てない!」
何か知ってるんでしょ、と睨みつけてみたが、ずんぐりとした体格を隠すように、大将は焼き台の煙の向こうで聞こえないふりをしている。
「まぁ、最初からそのつもりだったかどうかはさておき」
「さておかないでくださいよ! だって、プロポーズですよ?!」
雰囲気とかそういうのないんですか、と声を荒げる彼女の不満を、雨彦はたった一言で黙らせる。
「包装紙ばっかり綺麗なプレゼントに何の意味があるんだい?」
「……」
問題は中身だろう、とにやける雨彦の言う通りだが、彼女はどうにも腑に落ちない。だって、プロポーズ、と口篭る彼女の様子に、大将はこそこそと、兄ちゃん、と何かを手渡した。
「こういうキャラじゃないが、大将がどうしても、って言うからな」
「へ……?」
立ち上がり、跪き、雨彦は抱えたバラのブーケを彼女に差し出した。
「感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠。一輪ずつそれぞれ意味を込めたダズンローズさ」
「なっ、えっ……」
「プロポーズするならちゃんとしてやれ、って大将がしつこくてな……俺は、そんな肩肘張ったプロポーズなんかより、もっと気楽に、自分たちらしく、共に人生を歩んでいくような、毎日の延長の雰囲気を出したかったんだが……お前さんがそんなに喜んでくれるなら、悪くなかったのかもしれねぇな」
私そんな喜んでる?!と思わず頬を押さえた彼女に、雨彦の表情も釣られて緩む。ふ、と目を閉じて、それから、開けて。撮影でも見たことがないような、真剣な顔つきの雨彦が、彼女を見上げている。
「お前さん」
ありったけの誠実さを込めたような声で、雨彦は彼女にもう一度、花束と共に言葉を手渡す。
「結婚、してくれないか」
お前さんが喜ぶなら、バラでもダイヤでも何でも用意する、と受け取ってもらえた喜びに顔を綻ばせ、雨彦はゆっくりと立ち上がる。やっぱり最初からグルだったんじゃないですか、と潤んだ目元を自分で拭って、彼女は鋭く息を吐き出して顔を上げた。
「……はい」
結局、気の利いた返しなど何も浮かばなかったが、包装紙ばっかり綺麗なプレゼントに意味がないと本人が言うのだから、それでいいのだろう。
シンプルな彼女の返事を聞いて、大将は、厨房の隅で男泣きしていた。