@toasdm
「なぜ捨てない」
「いや……なんか、いつかは書けるようになるかも、って」
「インクが残っているならまだしも、全く残ってないボールペンに期待するな」
書類に書き込もうとして彼女がペンスタンドから取ったボールペンは、運悪く、使い切ってしまって書けなくなったボールペンだ。
「使うものだけをシンプルにまとめないからそうなるんだ」
「あー! ちょっ、薫さん何するんですか!」
薫は彼女のだらしなさを嘆きながら、ペンスタンドから全てのペンを取り出してデスクに並べる。
「いらない紙はあるか」
「あ、ありますけど……もしかして」
「仕分けする」
どこぞの仕分け担当大臣も遠慮がちにすごすご逃げ出しそうな、有無を言わさぬ圧力でもって、薫はボールペンの山を仕分け始める。
「見てるだけか?」
「え、あ、う」
手伝います、と従うしかない彼女も渋々、隣に並んで裏紙に、ペンでさらさらと試し書きをはじめた。書けるペンはペンスタンドに戻し、そうでないものは脇に除け、薫と彼女は黙々と、捨てるものとそうでないものとに分けていく。
「……書きづらいペンだな」
「そうなんですよ、それなんか、ひっかかりが強くて」
「捨てるのか?」
「んー、書けるんで保留」
「はぁ……」
片付かない理由がなんとなくわかった、とため息をつき、薫はそれをペンスタンドに戻した。一方彼女の方はといえば飽きてきたのか、試し書きで絵など描き始めている。
「おい」
「はい」
「落書きをしている暇はないぞ」
「えぇぇ……」
大きなペロペロキャンディのイラストをちらりと一瞥して、薫はぐにゃぐにゃの線を書き連ねながら淡々と仕分けていく。遊び心は大事ですよ、と不貞腐れる彼女に、遊ぶのは後にしろ、とにべもなく言い放つ薫の目を盗んで、彼女はこっそり、試し書きで遊ぶ。
「……君は」
「っ!」
遊びすぎたか、と見咎められた手元を慌てて隠したが、どうせ書けないだろうと踏んで書いたそれは、薫の目にばっちり入ってしまっていたようだ。
「暇はないと言ったはずだが」
「いや、あの」
出ないと思ったんです、と真っ赤になった彼女と、なぜか真っ赤になっている薫。実際、ボールペンは途中までは書けたのだが、途中からは掠れて書けなくなっていて、これ捨てちゃおうかなあ、とわざとらしくいった彼女の手をとって、薫は一応、無人の事務所を見渡した。
「……今はこれで我慢しろ」
「!?」
手の甲に軽くキスを落として、薫はふい、と顔を逸らしてまた、仕分けに戻る。うわ恥ずかしい、と頭を抱えた彼女の手元、紙の上には試し書きの文字が書いてある。
かおるさんとちゅーしたいなー。
正確には、したいの「い」の字の一画目あたりで掠れて読めなくなっているのだが、これでは全文見えているのと同じことだ。作業効率のすっかり落ちた彼女と違って、薫は一気に仕分けを終え、書けないボールペンをひとまとめにする。
「これだけ書けないものを溜め込めるのは一種の才能じゃないのか」
ほらこれも書けない、と一本取り出して、薫は彼女の、すっかり手の止まってしまった試し書きの紙の上にさらさらと、文字を書き込んだ。
「……ぅぁ」
「…………多少書けるが、捨てるぞ」
なんと返事をしたか、彼女はよく覚えていない。ただ。
試し書きの紙には、ところどころ掠れた薫の字が残されていた。
ちゅーならいつでもしたいなー。
彼女の記憶が飛んでしまった理由は、それだった。