「お嫁さんにするなら、師匠みたいな人がいいッスね」
ラーメン食べてるPさんが多分前から大好きだった道流さんの結婚観についてのお話です。
@toasdm
「お嫁さん、ッスか」
のれんを下げてきた道流が、彼女の問いかけに一瞬行動を停止する。そういう雑誌の仕事ッスか?と聞き返る道流に、違う違う、と彼女はラーメンをすすりながら答えた。
「料理上手な友達がね、結婚するならおいしそうに食べてくれる男の人がいい、って言ってたの」
「そッスね……それは、大事ッス!」
ぐっ、と握り拳を握って、道流は完全に同意する。もぐもぐと出来立てをすすって彼女は続けた。
「やっぱり、自分が料理好きだと、それをおいしそうに食べてくれる人がいいのかなぁ、って思って、でも、そういうのって女の人だけかと思ったんだけど」
はふ、はふ、と女性にしては豪快に、彼女はラーメンを、あっという間に平らげる。余程空腹だったのか、スープまで一気に飲み干して、空っぽの丼はドン、とカウンターの上でごちそうさまでしたとおいしかったですを主張していた。
「やっぱり、男の人も、お料理おいしそうに食べてくれる女の人がいい?」
「うーん……」
逞しい腕を組んで、道流はそこそこ真剣に考え込んでいるようだ。なんか変なこと聞いちゃったかな、と今になって勢いで聞いてしまったことに少し後悔しはじめた彼女の目の前、道流はぽつぽつと呟きだした。
「自分が料理できるできない、好き嫌いもそうッスけど」
下げられた空の丼に目を細めて、道流はそれをじゃぶじゃぶと洗いながら続ける。
「やっぱり、うまそうに食ってる人って魅力的に感じるッスよ」
「それは、自分が作ったものじゃなくても?」
「そッスね。笑顔が一番ッス」
「なるほど……確かに」
言われてみればそれは、至極当然と言えた。おいしいものを食べて笑顔にならない人間はいないし、笑顔は人の魅力を増幅させるものだ。それは男女問わずそうだと言って差し支えなさそうだし、それが自分の作ったもので引き出されたものならばなおさらだ。
「ただ、その上で、自分の頑張ったところを認めてもらえるってなると、もっとクるものがあるんじゃないかって、自分は思うッス」
「頑張ったところを認めてもらえる……?」
「はい!」
丼をきれいに拭き上げて、道流はニコニコと彼女を見つめた。
「完食、って料理褒めてもらったのと一緒ッスからね。師匠は褒め上手なんで、好きになっちゃいそうッスよ」
「もー、今はそういうのいいですー」
飲んでいた水を噴出しそうになりながら、彼女はちらりと道流を見た。
「結婚とか、自分にはまだまだ先のことでわかんないッスけど」
屈託のない晴れやかな、干した布団か陽だまりのような笑顔が彼女の空腹と心を満たす。ニカッと白い歯を見せて笑い、道流はとびきりの笑顔で言った。
「お嫁さんにするなら、師匠みたいな人がいいッスね」
は、と今度は、彼女の行動が一瞬停止する。今水飲んでなくてよかった、と慎重にコップを置きながら、彼女は道流の言葉を待った。
「自分のラーメンをニッコニコで完食してくれて、その上褒め上手で」
「う……」
食い意地張りすぎてたかな、と少し自省した彼女のほんの一瞬の油断。
「師匠みたいな可愛いお嫁さんだったら、自分大歓迎ッスよ」
「はいっ!?」
道流がどういうつもりで言ったのかは定かではないが、その一瞬の油断にするりとそれは滑り込み、彼女の心をぶすりと刺した。
「いやっ、あの」
「いや今すぐじゃないッスけど」
「え将来的に?!」
「そういう話でもないッス!!」
二人分の動揺がカウンターを挟んでぶつかりあって、シン、と一瞬静まり返って、爆笑を生む。
「あっはっは! いや、全部本当ッスけど、師匠ならいいお嫁さんになるッスよ!」
「いや道流さんもかなりいい旦那さんになると思う!」
どこか他人事のように言葉を交わしながら、笑い話で済んだはずのその会話を。
「まずはお付き合いからッスね」
道流は、とんでもない方向から一気に攻めてきた。
「……嫌じゃなかったら、結婚前提で、自分と付き合って欲しいッス」
自分が今どんな顔をしているのか、彼女はよく、わからなくなってしまった。