@toasdm
一年オーバーしているのか、と彼女はまだ高鳴る胸を軽く押さえて辞書サイトを閉じた。いやでも、日本は一応先進国だから、と追記の説明を思い出し、彼女はまた、ため息をついた。
青春。
一般的には中学高校の学生時代を指すことが多いが、先ほど調べたところによると、語源となる陰陽五行思想での「春」は、十五歳から二十九歳を指すらしい。先進国の大学進学率が上がった現代では、三十歳くらいまでも含むらしいから、先ほど雨彦の言っていたように、「青春時代」の最も成熟した状態だと言えなくもない。
頭の中に、新曲と、雨彦の言葉がリフレインする。届いたばかりの仮歌を入れたデモテープ(形式はデジタル音楽形式だが)を、先ほど二人は、イヤホンを半分こするというなんとも甘酸っぱい雰囲気で聞いた。
「青春みたいだな」
「え?」
楽曲自体は青春と言うよりも、どちらかというともう少し大人っぽいというか、雨彦の雰囲気に合った楽曲だという印象を受けた彼女は、聞き終えた雨彦の感想に首を傾げた。そんな感じしましたっけ、とプレイヤーを操作して曲の頭まで戻り、彼女はもう一度、その届いたばかりの新曲を聴きなおした。
イントロは、確かにギターの音が少し激しいが、きゃっきゃうふふと明るい、誰もが思い描く青春というイメージとは程遠かったし、歌詞の内容も、今を楽しく謳歌しよう!のようなものではなく、もっと地盤のしっかりした、テーマ性のあるもののように感じられる。これのどこが、と雨彦を見上げてみたが、片耳イヤホンをしながら当の本人は、若干嬉しそうに気恥ずかしそうに、にやりと笑って言ったのだ。
「こうやって、イヤホンを片耳ずつ分け合って聞く、なんて青春は俺にはなかったが」
あ、そっち?と、そっちなら納得できると思ったが最後、彼女は急に、雨彦との距離感がわからなくなる。
「いいもんだな、青春」
「そ……そう、ですか」
その、所謂、恋人イヤホンとでも言うべきこの状況は、意識すると確かに、雨彦のような表情になってしまうのは仕方がない。何か言わなきゃ、と慌てた彼女は何を思ってか、適当に浮かんできた言葉を添削なしでぽんと口に出していた。
「青春って何歳くらいまでなんでしょうね?」
「……ん?」
目が合う。呼吸の仕方がわからなくなる。私何言ってるんだろ、とさらに慌てて、顔がかぁっと熱くなるのが自覚できる。なんでもないです、と言おうとした彼女に被せて、雨彦はそうさな、と少し考えて、合わせた目を心底嬉しそうに細めて言った。
「何歳、なんて基準があるかどうかはわからないが……俺は今、毎日が楽しい。充実してるよ。青春みたいな雰囲気だ、って俺が感じたなら、今が俺の青春時代なのかもしれねぇな」
やけにすとんと、その雨彦の言葉が自分の胸に収まりよく落ち着いたことは覚えているが、その後何をどう言ったのかまでは、正直よく覚えていない。ただ、デモテープを聴き終えた雨彦が、ありがとな、と彼女にイヤホンを返して頭をぽん、と軽く撫でて去っていく背中を見送った時、彼女の中にも、青春、という言葉がしっくりくるような感情が湧いてきたことは確かだった。
「青春……」
口に出したその言葉は、口に出してもよくわからない、正体不明のあやふやな年代のように思えて仕方がなかった。
青春。
人生における若々しく元気で力に溢れた時代を指す、十五歳から二十九歳、もしくは雨彦の今の年齢、三十歳も含めた、だいたいそのあたり。
辞書は青春についてそのように定義があるとは教えてくれたが、彼女と雨彦が先ほど感じた、あのなんとも言えない甘酸っぱい感覚が、その「青春」であるかどうかまでは、教えてはくれなかった。