@toasdm
夏場はかなり、肝を冷やした。このまま冬になったらどうなるんだろう、とハラハラしていたが、秋になり、それは杞憂になった。さすがの俺も年中こんななりじゃないさ、と苦笑して、雨彦は着替えた。つなぎの中がゆるいタンクトップからゆるい長袖のカットソーになった時、彼女は心底胸を撫で下ろしたのだ。
大丈夫、袖がある。相変わらず胸元はゆるいけど。
そんな彼女の安心は、冬になって確固たるものになる。帰宅と同時に部屋着のパーカーに着替えて彼女の隣、雨彦はこたつの中へと足を入れる。どこからどうみても暖かそうなそれは相変わらずゆるかったが、寒くなさそうというだけで、彼女は安心できた。
「何をそんなににやにやしてるんだい?」
「っふふ……雨彦さん、あったかそうだなぁ、って」
「ん?」
ああ、これかい、と雨彦は、パーカーの裾をぺらりとめくる。引き締まった腹筋がちらりと見えたがそちらに目を奪われると碌なことがないことは、先刻承知済みだ。あったかいやつにしたのさ、と裾をぐいっと引っ張って、雨彦はめくった内側を彼女に見せた。
「裏起毛になっててな……触ってみるかい?」
「え、腹筋をですか?!」
「っくくく……欲望に忠実なのはいいが、お前さんは少し人の話を聞けよ」
苦笑する雨彦に、彼女はしまった、と青ざめる。結局その体つきに心を奪われてしまう自分は変えられなかっが、雨彦に促されるまま、彼女はパーカーの内側に触れてみた。
「っおおおお?!」
「な? 温いだろう?」
「た、確かにーーー!」
もふもふと、もこもこと、肌の温もりをそのまま移したかのような温かい感触に彼女は目を見開いた。こうも寒くちゃ敵わんからな、と裾を戻して、雨彦は腹筋をしまいこんだ。ちょっと残念、と名残惜しそうにそれをちらりと見た彼女は、こたつの温もりにぼんやりと、思考を溶かした。
あのあったかいところに手とか突っ込んだら、あったかいんじゃないかな?
あったかいところに手を突っ込めばあったかいのは当然だが、一日分の疲れに支配された頭と体は、そんな頭の悪い方向に傾いていく。
「んっ?!」
気がつけば、彼女の手は欲望のまま、するりとパーカーの裾から滑り込んでいた。
「なんだ、そんなに気に入ったのかい?」
揃いで買ってやろうか、とにやつく雨彦の言葉も右から左にするっと流れていくほどに、彼女は今、至高のひと時を堪能していた。
雨彦さんの腹筋と、あったかいパーカーの、これは贅沢サンドイッチやー。
彼女の頭の中で、有名なグルメリポーターが叫んでいる。お前さん顔がだらしない、と頬を突かれてようやく我に返った彼女は、なんの検閲も挟まず思ったままを口にした。
「私、雨彦さんのパーカーの中に入りたいです」
「…………入るかい?」
ほら、と雨彦はパーカーの裾をまたぺらりとめくる。丸出しの腹筋と裏起毛のふかふかとが、抗えない魅力でもって彼女をダイレクトに誘い込む。
「おじゃまします」
「っこら、お前さん!」
そこに一切の躊躇はなかった。わーい、と喜びの声を上げ、彼女は遠慮なく、雨彦のパーカーの中に、あろうことか頭から一気に突入した。
「んふ……」
「……お前さんが今堪能してるのはどっちなんだろうなぁ」
背丈に合わせるとどうしてもオーバーサイズになる雨彦の、パーカーの中は息苦しさはさほど感じられないほどにゆとりがあった。ぺたりと腹筋に頬を押し当て、反対の頬で裏起毛の温もりを享受する。こんな幸せパラダイスがなんと無料で、と色めき立つ彼女の表情が、雨彦には見えるようだった。
「お前さん、顔がだらしないな」
「見えちゃいますか」
「見えるなぁ」
これはお恥ずかしいところを、とパーカーの中でもごもご言う彼女の頭を、仕方がないやつだな、と雨彦は、パーカー越しにそっと撫でる。
きっと、とんでもなくだらしない顔をしてるんだろうな――。
彼女の見えないところで雨彦も、大概だらしない顔をしてひそかに笑っていた。