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[九郎P♀]苦手意識

全体公開 1992文字
2019-12-23 12:38:12

「知っていればより深く楽しめるものですが、知らなくても、美味しいと感じる心は変わりません」
猫舌Pさんと九郎くんのおもてなしの茶の湯の心のお話です。

Posted by @toasdm

 苦手だな、と感じていた理由はおそらく、自分の体質が原因だろうという自覚はあった。清澄九郎は茶道家だ。茶道といえばお茶を点ておもてなしをする、あの、堅苦しそうなしきたりだらけの世界観。もちろんそれが苦手であることはわかっていたが、彼女が本当に、心底苦手だったのは、茶道のお茶の方だった。
 抹茶の味が苦手と言うわけではなく、むしろ彼女はどちらかというと大好きだった。抹茶味のチョコレートがあれば片っ端から買いあさり、抹茶オレなどの飲み物をコンビニで見つけると嬉々として買って飲む。好きなアイスクリームの味は抹茶味で、抹茶を使った和風のケーキや菓子類などは彼女の大好物だった。

 ただ、猫舌だ、というそれだけの理由で。

 彼女は茶道と、清澄九郎というアイドルに対して壁のような、苦手意識を持っていただけだった。
「それは……
……す、すみません」
 こうして、正直に、猫舌であることを告白したのは、その苦手意識をなんとか克服しようとした彼女の生真面目な努力の賜物だった。
「清澄さんが苦手なわけではないんですけど」
「いえ、驚きましたが」
 猫舌なので、茶道がどうしても苦手に感じてしまうんです、と素直に、しかし恥ずかしそうに言った彼女の言葉を受けて、九郎はたおやかに微笑んだ。
「そのような、苦手意識がある方もおもてなしするのが、茶の湯の心です」
「え……?」
 必要最低限の茶道具だけは持ち歩いているのか、お借りいたします、と給湯室でやかんに湯を汲み、九郎は事務所の応接テーブルにさっと茶道具を広げた。
「室内野点、のような簡単なものですが」
 指先のその先まで神経を行き渡らせたような無駄のない、凛とした所作で、九郎は茶碗に湯を注ぎ、そこに茶筅を浸した。
「茶室で正座で礼儀作法、という格式の高いものだけが、茶道ではありません」
「へぇ……
 ただそれだけで、彼女の心は少しばかり軽くなる。おもてなしの心を形にしたものが茶道ですから、と懐紙にさっと干菓子を乗せて、どうぞおあがりください、と九郎は彼女に差し出した。
「え、と……
「お好きに味わっていただいても大丈夫ですよ。口の中でゆっくりと、溶かすように、甘みを口の中に留めておくと良いでしょう。作法はあくまでも二の次、作法が生まれた理由は、おもてなしをしたい、という心ですから」
 九郎の所作や言葉掛けが、彼女の苦手意識という薄い皮をゆっくり一枚ずつ剥いでいく。勧められたとおりに味わってみると、ただ可愛らしい形をしているだけの砂糖の塊が、ほっと気持ちを緩めるような、持続的な甘さを彼女に与えてくれる珠玉の一粒のように感じられた。
……
 茶を点てる手つきはしなやかで、力強くて、でもあれおいしいけど熱くて飲めないんだよ、と彼女を少し落胆させる。す、と一滴の無駄も汚れもなく点てられた茶を目の前に置かれて、彼女は困惑した表情で上目遣いに九郎を見つめた。
「どうぞ」
「でも……
 その彼女の表情とは正反対に、九郎はにっこりと微笑んでいる。微笑みのその意味を深く探ろうと見つめなおした彼女に、九郎は姿勢を正してリラックスした様子で言った。
「猫舌の方でもお楽しみいただけるように、ぬるめに点てさせていただきました」
「え……?」
 でも、作法とか、と渋る彼女に九郎は優しくきっぱりと言い放った。

「知っていればより深く楽しめるものですが、知らなくても、美味しいと感じる心は変わりません」

 作法を知らなくても笑わない、猫舌でも飲めるように、口の中の甘さが消える前にどうぞおあがりください、と、九郎は九郎という存在全てで彼女に伝える。恐る恐る伸ばした手が触れた茶碗は、温かかったが熱くはなかった。
「音は、立てない方が……?」
「そうですね。ふーふーも、しない方が見た目が美しいです」
 ああ、そうか。
 彼女は心のどこかに、すとん、と何かが落ちたような感覚で肩の力が抜ける。
 知らなくても心は変わらない、茶道とは、茶の湯とは、おもてなしとは、心のやり取りなのか、と。
……あ、飲める……! 飲めます、これ! 熱くないです!」
「そうですか」
 思わず歓喜の声を上げた彼女の無作法を、九郎は決して笑わなかった。ただ、よかったです、と静かに微笑み、彼女を見守るだけだった。
 口の中で甘みと苦味、清涼感が合わさって溶けて体に染み透るようなえもいわれぬ感覚は、しばらく彼女の心をほっこりとさせていた。
「ええと……
「はい」
「けっこうな、おてまえで……?」
……はい」
 自然と出てきたその一言と、馥郁たる茶の香り。微笑を交わす午後の事務所。

 彼女が茶道と九郎に抱いていた苦手意識はそれらでかき消され、後に残ったのはおもてなしの心の作法と、その伝道師たる清澄九郎という一人の人間への興味だけだった。


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