「無茶言わないでください」
糖質制限中だけど甘いものが食べたくて東雲さんに泣きついたPさんと、甘さ控えめの激甘ケーキを提供してくれる東雲さんのお話です。
@toasdm
糖質制限とストレス解消のいいとこ取りをしようと思うと、必然的にそういう選択肢になるのは否めなかった。ましてや荘一郎なら、絶対に、自分の希望を叶えてくれるという謎の安心感があるのであれば、もうこれは、頼まないわけにはいかなかった。脂質は大丈夫なんです、糖質さえ、糖質さえ控えてくれればそれでいいんです、と泣きつく彼女に溜め息をつきながら、荘一郎はさてどうしたものか、と彼女の心を見透かしては頭を抱えた。
「無茶言わないでください」
「うぅ……だめ、ですか……?」
私はあなたのその、捨てられた子犬のような上目遣いに弱いんです、と心の中でそっと呟いてから、荘一郎は彼女の要望を繰り返した。
「糖質制限中でも食べられる甘いもの、ですか……」
「矛盾してることはわかってるんですよぅ……でも」
むぎゅう、と見かけ以上にしっかりとした荘一郎の腰に抱きついて、彼女は胸板に顔を埋めながらもごもごと、まだ何か言っている。
「何て?」
「ふぐぅぅぅ……」
「ふぐならいますね」
「んにゅぅ!?」
膨らませた彼女の頬をふぐに見立てて、荘一郎は人差し指と親指とでむぎゅっと両端からつまむ。ぷしゅぅ、と空気が抜けたのが面白かったのか、ぷっ、と軽く吹き出して、荘一郎は無理難題を言う彼女の頭を優しく撫でた。
「ケーキは、卵に砂糖を混ぜて空気を含ませて、それを焼いて膨らませてるんですよ」
「糖質じゃないですか」
「諦めてください」
「けーーぇーーーきぃぃぃ……荘一郎さんのケーキ……っ」
「邪魔です」
「んぇっ」
胡坐をかく荘一郎の膝に転がった彼女を無慈悲に避けて転がして、荘一郎は立ち上がった。オフの日の午後、荘一郎に課せられた使命は、妖怪ケーキよこせの退治だった。
「材料なら揃ってますから、1時間くらい大人しくしててください」
「ケーキ?!」
ぱっと顔を輝かせた彼女の表情も、荘一郎の好きな、弱い顔だ。あなたに対してこんなに甘い私の態度は糖質ゼロなんですけど、と一人ぽつりと呟いて、荘一郎はエプロンをさっと身に付けて腕を捲った。
シャカシャカと、ボウルとホイッパーがおいしさ保証の音を立てる。ビルトインの立派なオーブンが余熱完了を音で知らせて、彼女の期待はケーキのようにもこもこと膨らんでいく。
「何? 何作ってくれるんです?」
「ケーキです」
ケーキ!と手を叩いて小躍りする彼女がオーブン前から離れなくなって、きっかり二十五分。そろそろでしょうか、と庫内を覗いて、荘一郎は天板ごと、熱気を纏った特製糖質制限ケーキを取り出した。
「……チーズケーキ?」
「チーズケーキです」
脂質は大丈夫なんでしょう、とケーキクーラーの上で冷ましながら、荘一郎は小鍋で煮詰めたシロップを塗る。
「シロップまで……糖質……」
シュン、と失敗ケーキのように萎んだ彼女の様子もまた、荘一郎の弱い顔で、くすりと品良く笑いながら、荘一郎は言う。
「ケーキにもシロップにも、砂糖じゃなくてエリスリトールを使ってます」
「……えりすりとーる?」
「血糖値を上げない糖質なので、ダイエット中でも使えますよ」
「か、科学の力だ……!」
素直に感動する彼女に、むやみやたらに制限すりゃいいってもんでもないですよ、と荘一郎は冷めたケーキを一口大切り分ける。
「食べ過ぎたら同じですけど、甘さも控えめに作ってます」
それをひとつつまんだ指は、彼女の口の前に。
「じ、自分で食べますよ……」
たじろぐ彼女の腰を引き寄せ、荘一郎はにんまりと笑って続けた。
「甘さ控えめなんで、甘い食べ方させたろ、思いまして」
形容しがたい悲鳴のような呻きのような、そんな声とも音ともつかないようななにかを叫んで、彼女の頬はボッと一気に赤くなる。はい、あーん、と楽しそうに食べさせようとする荘一郎の「甘い食べ方」の甘さに異論はなかったが……。
「この甘いは糖質ゼロですよ」
「し、知ってますって!!」
「こっちの方がもっと甘いかもしれませんね」
「?!」
どうぞ、とケーキの端を咥えて差し出された「荘一郎のケーキ」は、この上なく甘かった。