X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

[雨P♀]星流れ

全体公開 1589文字
2020-01-10 12:42:26

「い、一瞬……
「三回唱えるには速いだろうな」

雨彦さんと流星群を見に行くお話です。

Posted by @toasdm

 高速を二時間弱。都会の灯を背中に走り、たどり着いたのは人気のない、ただの広い場所だった。
「夏場ならそこそこ人はいるがね」
 さっとシートを広げると、雨彦はその上にクッションを持ってくる。車の後部座席に敷いてあったそれは、一人で座るには大きすぎたが、二人で座るには身を寄せなければならない程度の敷地面積だ。
「今日はテントはいらないだろう」
「空を見るからですか?」
「ああ。空を見るだけだからな」
 キャンプ場にテントを持たずに訪れたのは、彼女の要望と雨彦の提案がぴったりと合致したせいだ。ニュースでやっていた流星群の知らせと絶好の天体観測日和、見てみたいな、の彼女の言葉に、行かない手もないだろう、と雨彦は、彼女を車で攫った。
「願い事は決めたのかい?」
「人を強欲みたいに言わないでください」
「っはは」
 クッションの上に腰を下ろした雨彦が、ぽんぽんと空いているスペースを軽く叩いて彼女を誘う。え、と一瞬彼女が戸惑ったのは、その空いているスペースが雨彦の隣ではなく、雨彦の前だったからだ。
「立ち見じゃ疲れるだろう」
「いや、あの」
 どうして隣じゃないんですか、と困惑しながらも、彼女はおとなしく、雨彦の長い脚の間に収まる。いらっしゃいませ、とおどけたように言う雨彦に背中側から抱きしめられて、気恥ずかしさはもちろんあったがそれよりも、ほぅ、と息を吐きだして、彼女はその安心感にゆったりと目を閉じた。
「あったかい……
「冷えるからな」
 こうしていれば風邪もひかないだろう、と雨彦は大判のブランケットを羽織って彼女を抱きしめる。なだらかな丘陵地帯は地平線こそ見えないが、わざわざ上を見上げなくとも視界のほとんどをビロードの星空が占めている。
「意外と行動力あるんですね」
「ん?」
 雨彦のフットワークの軽さを彼女は意外だと言ったが、行動力がなきゃこの年でアイドルオーディションなんて受けないぜ、と返されて、それもそうかと納得する。昨日までの毎日が全く別な日々にがらりと変わった雨彦にとってみれば、流れ星が見たいという彼女の些細な願望など、難儀するようなものではなかったのかもしれない。
「もうすぐですかね」
「そうだな。お前さん、流れ星は見たことあるのかい?」
「いえ、一度も」
 星見が趣味だと言う雨彦にとっては、もう何度も見てきた新鮮味のないものなのかもしれない、と、付き合わせてしまった後ろめたさに少し沈んだ彼女の声に、雨彦はゆったりと語りかけた。
「俺も初めてだよ」
「え?」
 それは意外だ、と顔を上げた彼女の額に優しい口づけがひとつ。星を拝借してきたような柔らかなきらめきを宿した瞳が、にんまりと、満足げに見下ろしている。
「こんな気持ちで誰かと星を眺めるのは初めてさ」
……っふふ」
「お」
「あ」
 雨彦の視線の先、空の中ほどできらめきがすっと筋を描く。
「い、一瞬……
「三回唱えるには速いだろうな」
 雨彦の苦笑を背中で聞いて、むぅ、と彼女は頬を膨らませ、次を待つ。が。
「わ……!」
「始まったか」
 待つまでもなく星屑は、空のあちこちからきらりと音を立てるように流れていく。
「これだけ流れ星があるなら! ひ、ひとつくらいなら!」
「お前さん、ひとつに絞れなかったのかい?」
 くつくつと笑う雨彦の方を気に掛ける暇はなかったが、願い事を唱えるよりも今はこのショーを楽しみたい、という気持ちの方が強くなり、彼女は願いを手放しただひたすらに、幾筋も流れる星の輝きにぽつりとつぶやいた。
「雨彦さんは、お願いごと、ないんですか?」
 願いなどどうでもいい、と思えるほど無欲ではなかったが、雨彦は心底満たされたような声音でぽつりと漏らした。

「今、叶ってるよ」

 ぎゅ、と抱きしめた腕の中の小さな温もりは、只今流れ星に夢中のようだった。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.