@toasdm
ふらつく千鳥足を歩かせるのが、こんなに大変だとは思わなかった。飲んだ帰りに酔っ払いを介抱して無事に家まで送り届けること自体は未経験ではなかったが、まさかこんな往来で、密かに付き合っている恋人とはいえ、女性を担いで移動するのは憚られた。自分が恥ずかしいからではなく、彼女が恥ずかしいだろう、と思ってしまうのだ。
「歩ける?」
「んーーーーーー……?」
あー、じろーさんだぁー、と間延びした声ととろんとした瞳で、次郎を見上げて彼女はニコニコと機嫌よさそうに笑う。はいはい、おじさんですよー、と答えるこのやりとりも、店を出てからもう六回目だ。
「えへへ……かっこいいなぁー……」
「あーはいはい、どーもねぇ」
当然、これも六回目。嬉しいか嬉しくないかでいえば当然嬉しかったが、酔ってるときに言われてもねぇ、という微妙な心境だった。 かっこよかったですよ、と言われることは多かったが、それは「私の担当アイドルはかっこよかった」という意味合いばかりだ。二人きりで甘い雰囲気になっても、彼女は決して、次郎をそういう意味で褒めることはなかった。
きっと、照れ屋さんだから恥ずかしいんだろねぇ、と思えるようになったのは、実は今日、ついさっきだ。
一回目の「じろーさんかっこいいなぁ」で、次郎のハートは全て持っていかれてしまったのだ。
えー何、普段言わないだけで実はそう思ってたの?
にやける顔を隠す必要がない、夜の闇。とてもではないがお見せできないようなだらしのない顔になっているであろう自分の頬を、次郎は二度、三度、ぺちぺちと叩いてやり過ごしていた。
「ほんとに、はぁぁぁ……かっこいいなぁぁ……」
「ちょちょちょ、待って座り込まないでお尻冷えちゃうから」
「えーーーーんじろーさんがかっこいいよぉーーー」
うわーテレビでこんな酔っ払い見たことあるー!と頭の中で次郎は叫ぶ。手に負えないを体現したような手に負えない酔っ払いを、次郎は仕方なく背負うことにした。
「ほらもー、プロデューサーちゃん飲みすぎだから、ね」
「おんぶー?」
「そ、おんぶ」
はいどうぞ、と向けた背中に、ふにょん、と柔らかな彼女の体が当たる。じろーさんすきぃ、とべたべたくっついてくれるのは嬉しかったが、同時に心臓に悪かった。
「よ、っこい、しょっ!」
「あまえんぼーの気分ー」
気分じゃなくてほんとに甘えん坊さんだ、と苦笑しながら、次郎は彼女を背負って歩く。すりすりと、甘える猫のように頬をすり寄せてくるのも、じろーさんすき、と揺られながら繰り返すのも、頭がどうにかなってしまいそうなほど可愛らしくて、心臓に悪い。
「んぇー、じろーさんおなかすいたー」
「えー、いっぱい食べたでしょ?」
「たーべーたー気ーしーなーい!」
「たっははは……じゃあ、家ついたらなんか作ろっか?」
そう言われれば、宴会料理は食べた気がしないし、小腹が減った気がしてくる。次郎は頭の中で冷蔵庫の中身を思い出しながら、即席でレシピを組み立てる。
「じろーさん」
「んー? リクエストはなぁに?」
ふわふわがそのまま喋っているかのようなふわふわとした口調で、彼女は次郎に囁きかける。
「……私の、彼氏、かっこいいんですよ」
この場合、どう返事をするのが正解なのだろうか、と。
次郎は自分の耳が熱くなっているのを知覚して戸惑った。
「…………うん、そーだよ。おじさん実はかっこいいの。なんつって」
その戸惑いの一瞬で、彼女は眠ってしまったようで、返事は、穏やかな、幸せそうな寝息だけだった。
かっこつかなかった、の独り言は、背中の寝息がかき消していた。