※自作の夢幻の枝シリーズに、フリオニール(FF2/DFF)を登場させています。なんでも許せる方向け。クロスオーバー、コラボ系のネタがお嫌いな方はお気をつけください。『アズラクルは永遠に』の後日談、ネタバレあり。
@nasumiso77
早口でスラングを言われると追いつけない。かろうじて聞き取れた価格を支払おうと、財布に手をかけた。
「ねえ、それ、ぼったくりじゃない?」
肩口からぐっと身を乗り出してきたフリオニールが、紙幣を握りしめた手首を掴んで止める。にこにこ笑っていながら笑っていない。背高で、見るからに強そうな男が出てきたものだから、悲鳴を上げた商人は金も受け取らずに商品だけを押しつけようとしてきた。
「あの……いくらお支払いしたらいいですか?」
「いえ! お、お代はいりませんから!」
「いいよって言われてるんだから、もらいなよ」
「……そういうわけにはいかないでしょ」
「全部で五ゴッズってところじゃない? 違う?」
「三ゴッズでいいです!」
「やったね」
これじゃあ恐喝だ。言い値は確かに高すぎたかもしれないけれど、最後の提示価格は笑顔の圧力割引だろう。
少し迷って、五ゴッズを手渡した。いろいろ相談に乗ってもらったからと付け加えて……あとで相場は六ゴッズだということを聞いた。悪いことをしてしまった。
「いつの間に戻ってきてたの?」
いたずらに店主を怯えさせては悪いので、露店から離れたところで聞いた。買いたい物があるといって少し前から別行動をとっていたのだ。
「ずっと近くにいたよ。お菓子を買ってたんだ。バクラバ、覚えてる?」
「……覚えてない」
「じゃあ、ちょうどよかった。ほら、食べてみて」
「いい匂いがする。これ、なんの香り?」
「バラ」
パイ生地の中に砕いたナッツが挟まっている。さくさくしていて、齧るとシロップが滲み出てきて、とても甘い。アルディアで食べるお菓子とはまた違った味だ。でも、懐かしい気がするだけで、覚えはなかった。
サリュでの事件の後、フリオニールとともに、かつてリシャルテの中心地であった町を訪れることに決めた。王宮や主要施設はロマリアに壊されたらしいが、町のすべてが作り変えられてしまったわけではない。かつて暮らした場所に行けば思い出が蘇るかもしれないなどと、呑気に考えてもいた。
そんな甘い話ではなかった。あのときシュウも言っていた、幼少期を思い出すことは困難だと。それでも、祖国の滅亡を覚えていない自分がひどく薄情に思えた。
昔から変わらない場所や文化を、フリオニールはひとつひとつ説明してくれた。時にエッダの過去に関わる場面もあった。ここで遊んだよ、ここで迷子になったよ……すべて自分ではない誰かの話を聞いているようで、いたたまれなかった。思い出せと言われなくても、思い出してほしいと思われていることは確かだ。そしてまた焦り、思い出はどんどん遠のいてゆく。
「おいしくなかった?」
フリオニールが顔を覗き込んでくる。そこに期待が浮かんでいる気がして、怖くて目を合わせられなかった。
「……おいしいよ。でも買いすぎじゃない? こんなに食べられないよ」
「お土産だよ。あとでラタにあげるんだ。甘いもの好きだって言ってたから」
「なんだか、いつの間にか師匠に懐いたよね」
「うん。ラタの怒りかたはエッダのお母さんにそっくりで、なつかしいんだ」
「それは……言えてる」
駄目なときは駄目だと言って、一切妥協しない。言いわけを許さず、滅多に褒めてもくれない。でも嫌いにならない。不思議だ。その裏側にたくさんの思いやりを感じるからかもしれない。
「母さんとも知り合いだったんだね」
「よくお小遣いもらったよ」
「えっ、母さんから?」
「エッダにとびきりのおやつを買ってきてくれって」
想像ができない。クラーフ島ではみんなの世話になって生活していた。贅沢はもちろんしてはいけないし、修行の邪魔になるといって遊ぶことだってなかなか許してもらえなかった。見かねた父が口添えをしてくれて、ぐずぐず泣きながら森に遊びに行った。
今思えば、自分の生の終わりを悟っただけでなく、それまでに失われた命のことを考えていたのかもしれない。シャーマンとして息子を独り立ちさせることが、彼らに報いる唯一の方法だと。
思い出を呼び起こさない故郷は、感傷だけは運んでくる。父や母のことを思い出すとたまらない気持ちになる。
「……エッダ、宿に行こう。今日はもう疲れた」
フリオニールが言う。疲れてなんかいないだろう。気遣ってくれている。たぶん、落胆とともに。
眠れなくて、でも、起きていたら何か話さなければいけないから、早くにベッドに入った。とても卑怯だ。そんなふうに逃げる自分が嫌になる。
寝返りすら躊躇われ、じっと体を丸めて息を潜めているうちに、物音ひとつしない静寂が気になってきた。たとえば、同じ部屋で寝ているはずの人の寝息だとか、身じろぎする音だとか。
うっすら瞼を開けて、キルトの隙間から隣を盗み見た。フリオニールはベッドの上に片膝を立てて座ったまま、剣を抱え、じっと窓の外を眺めている。月明かりに照らされた横顔には、遠い昔を求めるさびしさがあって、見ないふりなんてできなくなってしまった。
「……眠れないの?」
しばらく返事はなかった。ささやかな微笑みのまま、どんな言葉を選ぼうか悩んでいるようにも見えた。
結局彼は、問いかけには答えなかった。胸がしめつけられる響きで、溜め息みたいに囁いた。
「あのさ、エッダ……思い出さなくていいんだよ」
「…………」
「エッダはそれでいいんだ。前を向いていてほしい。シュウは新しい時代が来たと言った。俺もそう思う。俺は相変わらず過去ばかり見てるけど、その過去は俺の荷物なんだ。だからエッダは何の責任も感じなくていい」
「……僕じゃ、その荷物は持てないってこと?」
「違うよ。俺一人で持てるってこと。後からのんびりついてくから大丈夫だよ」
抽象的な表現は、彼の本当の気持ちを煙に巻くようで、ありのままに言い表してもいた。何故かとても悲しかった。ありのままの気持ちが、彼自身の願いではないことが。
ベッドから体を起こし、躊躇いながら聞いた。
「……どうして兵士になったの?」
「俺のことはいいよ」
「聞きたいんだ、聞かせてよ」
そのことを尋ねていいのかわからなくて、ずっと触れられずにいた。自分の過去を取り戻すより、彼のことを知りたかった。どうして兵士になったのか、いつ父や母と知り合ったのか。石碑の最後に名前を刻まれたとき、そばにいてくれたのか……そしてそれらは、真実をていねいになぞるやさしさに満ちた、夜というこの時間にしか聞いてはならない気がした。
「……俺の生まれた小さな村は、ロマリア軍とのゲリラ戦に巻き込まれて滅びた。まだ赤ん坊だった俺は兵士に拾われて、そのまま養成所に送られたらしい。そこで、戦う方法と、戦うための知識と、祖国への忠誠心と、ロマリアへの復讐心を学んだんだ」
風の具合を確かめるような、さりげない語り口だ。生まれた村と生まれた国、ふたつの故郷を失いながら、その悲劇性を遠ざける穏やかさだった。
フリオニールはちらりと振り向き、笑って聞いた。
「それって、可哀想だと思う?」
「……わからない」
「仲間のことは好きだったし、カイスイさんはジョークを言っていつも笑わせてくれた。俺が初めて実戦に出る少し前に、エッダが生まれたんだ。そしたらマイラさんが、この子のイニシエーションの日までに帰ってくるのよって、小さな手に触らせてくれた。本当に本当に小さくて、かわいかったよ。戦う理由があるだけで、こんなに強くなれるんだって知った。俺は、可哀想だったのかな」
「わからない……それがあなたの人生であることを、僕では証明できないから」
「エッダは誠実だね。可哀想という気持ちはエッダの思いやりなんだから、後ろめたくなんて思わなくていいんだ」
「僕が思い出さないことを悲しんでた……あれはあなた自身の気持ちだったはずだよ」
「邪霊って、やなやつだな。人の心の秘密まで勝手に明かすなんて……そうだよ、俺は思い出してほしい。何故って、さっきも言ったけど、俺がいつも過去を向いてるからだ。俺が過去を向いてるのは、エッダとの思い出が、そこにしかないからだよ」
穏やかに聞こえても、それは本気の言葉だ。おかしくて、せつなくて、泣きたくなるような無条件の包容だった。家族だけが持つことのできる特別なもの。
「……僕の部屋で好き勝手したのは、思い出じゃない?」
「思い出だけど、俺は未来の話をしたいな」
「じゃあ、またおいでよ。双子の目玉焼き、好きだよ」
うれしそうに顔をほころばせている。過去の証明の代わりに未来の約束を許してくれる。戦いの明日ではなくて、オムレツに卵は何個使うとか、味つけはまろやかなほうがいいとか……明確な答えやドラマがなくとも、人と人とはそうやって擦り合わせて、少しずつ進んでゆくのだ。
でも、本当なら思い出したかった。苦い痛みを抱えて。
目的も尽きてしまって、あと一泊の予定を切り上げ、翌日の昼にアリバーシャに戻った。土産を渡すために立ち寄ったサリュの村では、急な予定変更に何か問題でもあったのではないかと、ラタにいたく心配された。
「エッダ、フリオニールさんにご迷惑をかけたのでは?」
「違うよ、俺が飽きちゃったんだ。だからもう帰ろうって」
「フリオニールさん……あなたはエッダを甘やかしすぎです。もう少し厳しく接してくださらないと」
その口調がなんだか面白くて、無意識に言っていた。
「あはは、また怒られたね、フリオニール」
ラタは首を傾げている。フリオニールは一瞬目を見開いて、やがて照れくさそうに笑った。
「うん……怒られるのは、慣れてるよ」
おわり