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[硲P♀]おやすみなさい、おめでとう。

全体公開 1328文字
2020-01-13 10:50:47

……………………ありがとう」
夜遅くまで起こしてられないから一番におめでとうを言うのを諦めたPさんと、眠くても一番におめでとうって言ってほしかったはざませんせのお話です。

Posted by @toasdm

 十二時を過ぎると眠ってしまう道夫のことを、彼女はよく知っていた。だから彼女は、拘る事を手放したのだ。

 別に、一番じゃなくても、いいよね。

 半ば言い聞かせるようにして無理やり導き出したその答えに、完全に満足しているわけではなかったが、一定の納得はできていた。次の日起きた道夫のスマートフォンに届いているであろうたくさんの「おめでとう」の中に、自分がいればそれでいい、と。順位に拘る事を諦めれば、あとは眠るだけだった。
「え」
 だからこそ。
「なんっ……も、もしもし?」
「私だ」
 二十三時五十五分の着信に、彼女は驚きを隠せなかった。
「今、大丈夫だろうか」
「はい、あの、道夫さん」
 営業先からわざわざ電話をかけてきてくれるとは、思ってもみなかったのだ。
 ひとまず、お疲れ様です、と声をかけながら、彼女は手放したはずの拘りが、自分の中でちりちりと、細かな音を立てているのを聞いた。
「そちらはどうですか?」
「うむ。問題ない。舞田くんも山下くんも頑張っている」
「すみません、随行できなくて」
「いや、君も忙しいのは理解している。撮影が終わればすぐに戻る、いい子で待っていなさい」
「っふふ……はぁい」
 スマートフォン越しのたった一言で、二人は恋人同士に戻る。誕生日に仕事を入れた件について、もう何度目になるかわからない謝罪をする彼女を嗜めるように、道夫はゆったりと語りかけている。
「今の私があるのは君のおかげだ。それに……この年齢になってしまうと……誕生日当日……というものに…………そこまでの思い入れはない……そちらへ戻ったら一日、一緒に…………過せれば……
「はい」
……
「道夫さん」
……うん…………?」
 どうやら、理路整然と話す道夫はこの時間になるとどこかへ行ってしまうらしい。会話のテンポが遅く、電話越しにもその眠たそうな表情が見えるようで、彼女は自分の中に沸き起こる愛しさに目を細めてくすりと笑った。
「もう、眠たいんですよね」
………………
 あ、これ寝てるんじゃないかな、と彼女はちらりと時計を見る。針はまもなく、全てが重なる。もぞ、と衣擦れを電話が拾い、ちゃんと寝かせてあげないと、と彼女はもう一度、呼びかける。
「道夫さん」
……うん」
 もう寝ましょうか、と声をかけようとして、は、と彼女は可能性を掴み取る。もしかして。もしかして、だけど。
「道夫さん」
「わたしは」
 今日が、たった今、昨日になる。三つの針がひとつに重なったその瞬間に、彼女は自分の中にある、道夫を思う全ての気持ちをひとつに重ねて、そっと道夫に手渡した。
「お誕生日、おめでとうございます」
……………………ありがとう」
 電話の向こう、微笑を含んだ吐息が寝息に変わったのは、その重なった針が再び回りだす前だった。

 おやすみなさい、おめでとう、道夫さん。

 一番じゃなくてもいいと手放したはずの彼女の拘りと、誕生日当日には拘らないという道夫の虚勢は、今、二つの眠りの中であるべき場所へと収まっている。

 ぷつりと切れた通話の後、満足げに寝落ちた道夫のスマートフォンは、二番目以降のおめでとうを断続的に受信していた。


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