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[雨P♀]昼食返上

全体公開 1979文字
2020-01-15 12:27:15

「無害とは言えないぜ」
「気持ち悪い……です、ね」

お互い同業者だと知ってる雨彦さんとPさんがリハーサル中に見つけた見過ごせない汚れに立ち向かう(?)お話です。

Posted by @toasdm

 参ったな、と彼女の方を一応見てみると、案の定硬直していた。そこにあるのはわかっていても、祓う力は確か彼女には、なかったと記憶している。祓う事に関しては、葛之葉の家の「お目こぼし」で黙認されている雨彦には可能だが、彼女にはそもそも、汚れをきれいにすること自体が不可能だったはずだ。

 お前さん、わかるかい?

 二人の目線の先にある、ひどく歪に膨れ上がった脈動する新鮮な汚れに意識は向けたまま、雨彦は「よく見える」目で彼女に尋ねてみる。
 わかります、とでも言うように、注意してみていなければわからない程度に小さく頷いた彼女の眼には視えていないのかもしれないが、耳はその、不気味な脈動の音を拾っているのだろう。難儀な体質だ、と苦笑して、雨彦は彼女にそっと耳打ちをした。
「無害とは言えないぜ」
「気持ち悪い……です、ね」
 ストレートな物言いに、雨彦はまた苦笑する。
「そうだな、気色悪い」
「ほっといたら、大変なことに」
 その意見には雨彦も完全に同意だ。もぞ、と不規則に変形しながら蠢く汚れの粘着質な音を、彼女は雨彦よりも敏感に感じ取っているらしく、時折小さく、うわ、と漏らしている始末だ。
「時間、作れるかい?」
 ステージで最終リハーサルをしている間だけは、雨彦が睨みを利かせて悪さをしないようにできるだろうが、本番はそうはいかない。ステージで余所事を考えるようなプロ意識の低さは、雨彦にも彼女にも容認できるようなものではなかった。
「リハが終わった後、少しなら作れます」
「よし」
 同業者の彼女の、そういった能力に関しては口を閉ざすと決めていた雨彦にとって、致し方ないとはいえあまり好ましくない状況にはなってしまったが、説明不要の気楽さは、正直に言うとやりやすくて仕方がなかった。
「人払いは任せたぜ」
「はい」
 うわめんどくさい、と呟いたのは、雨彦や人払いに対してではなく、薄気味悪い汚れからの「声なき声」に対してだろう。彼女にははっきりと、その汚れの黒い要望が聞き取れるのはよくわかる。できるだけ急いで片付けてしまいたいという思いは一緒か、と雨彦は気を引き締めた。
「リハの後、休憩で私が皆さんをご飯に連れ出しますので」
「は?」
 しかし、彼女のその提案に、雨彦の気が一瞬緩んだ。
「いや、お前さん、俺の飯はどうするんだい?」
 つまり彼女は、雨彦に、昼食返上で掃除をしろ、と押し付けてきたのだ。ちゃんと睨んでてくださいよ、と雨彦を肘で小突く彼女の作戦は、確かにうまくいくように思えたが、犠牲はあまりにも大きすぎる気がしたのだ。
「そんなの、五分くらいでちゃちゃっと片付けちゃってください」
「五分だって?!」
 五分がどうしたのー、と間延びした声が返事をするくらい、雨彦の声は大きかった。なんでもないさ、と適当に誤魔化して、雨彦はひそひそと、彼女に恨み言を言った。
「無茶言ってくれるなよ、そこそこでかいんだぜ?」
「葛之葉さんならいけます。今こそ掃除屋の力が必要なんですよ」
「お前さんなぁ……
 一通りの合わせが終わり、休憩入ります、の号令で、それぞれが口々に、空腹を口にする。ああ、空腹なら俺だって同じだぜ、と彼女を見下ろし睨んでみたが、少し意地悪そうに口元を歪めた彼女は、後はお任せしました、と舞台袖へ消えていった。
「はぁ……クソが!」
 ダンッ!
 人気のないステージ、雨彦は怒りを込めてデッキブラシを床に叩きつけ、汚れに向かって意識を一気に集中させた。
「てこずらせるな、よっ!」
 長い足で一気に間合いを詰め、滑り込んだ汚れはしかし、ヴン、と鈍い音を立てて三つに分裂する。本体はお前さんだな、とその三つの後ろに隠れた「核」の汚れに向かって、雨彦は高く跳躍して雑魚を飛び越えデッキブラシを一気に振り下ろす。
「俺のっ!」
 グジュッ!
 粘着質な音を立て、汚らしく飛び散る汚れに、まるで八つ当たりでもするように雨彦は蹴りをくれてやる。
「飯がっ!」
 ぶわ、と膨れ上がって縦に積み重なった雑魚の汚れの一段、二段、三段にそれぞれ足をお見舞いしながら、雨彦はやけくそ気味に叫んでいた。
「かかってんだ、ぜっ!!」
 ジュゥゥゥゥーーーーー
 最高のステージに拍手でもするかのように、黒い霧が散っていく。ふぅ、と溜め息をついた雨彦の周り、清浄な空気がステージに戻ってきて、ちら、と見た時計に雨彦はにやりと笑って呟いた。
「上等だな」
 すっかり片付いたステージから降りて、雨彦は渾身の「してやったり」の顔をしながら彼女に電話をかけた。

「お疲れさん。三分で済ませたぜ、今どこだい?」

 流石は葛之葉さんですね、は嫌味だったのかなんだったのか、空腹状態で一仕事終えた雨彦にとっては取るに足らない気がかりでしかなかった。


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