@toasdm
妙な仕事だな、と苦笑しながら、雨彦はミーティングルームのテーブルの上に並んだ食べ物の数々を見る。なんでも、ファンクラブの会報に掲載する記事のために必要なものなのだという話だ。照明のセットを簡単に終えると、プロデューサーはさて、と雨彦の前でカメラを構えた。
「というわけで、今日は葛之葉さんが食べてるシーンの撮影です」
「男が食ってるだけの絵面に需要があるもんなんだな……」
訝しむ雨彦の前に並べられている食べ物の中から、雨彦はまずアイスクリームを手に取って蓋を開けた。
「お、それから行きますか!」
「ん、食べる順番なんてのもあったのかい?」
「いえ、特にはないんですけど」
なぜそれから、と高級アイスクリームにスプーンを入れた雨彦に尋ねながら、プロデューサーはシャッターを切る。細かく砕かれたマカダミアナッツが品よくバランスよく混ざり合ったアイスクリームは程よい硬さで、放り込んだそばから雨彦の口の中で、とろりと溶けた。
「ん……こいつは冷凍もんだろう? 溶けちまう前に、と思ってこいつからにした」
「なるほど……」
「うまいな……」
す、と目が細められ、クールな雨彦の表情に柔和さが混ざり始める。濃厚だが濃厚過ぎない、クリーミーでリッチな味わいは、これをご褒美に仕事を頑張る人がいる、というのも頷けるスペシャルなテイストだ。普段こういうの食べるんですか?と尋ねながら、プロデューサーは夢中でシャッターを切った。
「昔はよく、でかいアイスを独り占めしたりもしたもんだが、この歳になるとこのくらいのサイズ感がちょうどいいからな。たまに食うよ」
「へぇー……何味が好きですか?」
「味かい? よく食ってるのは抹茶だが、期間限定の凝ったやつが出たりすると、つい買っちまうな」
「あー、和風シリーズとかありましたもんね」
「ああ。定番になってくれ、って味もいくつかあったな」
話しながら上品に、雨彦はナッツの風味をあっという間に平らげる。ごちそうさん、と空になった容器をプロデューサーに見せたのは、撮れ高を意識してのことだろう。さすがは葛之葉さん、と雨彦の仕事ぶりを褒めながら、プロデューサーは撮影を続ける。
「さて……お次は」
菓子やカップうどんが並ぶ中、ひとつだけ異彩を放つこげ茶色の佃煮に、雨彦はなんの躊躇いもなく手を伸ばした。
「え、それいっちゃうんですか?」
「まずかったかい?」
「いや、あの、それイナゴですけど」
「長野なんかじゃ昔から食われてるもんだろう」
海産物の少ない山間部では昔から貴重な栄養源として食文化に馴染んでいたそれは、現代社会で広く一般的に食べられているとは言えない。なにせ、原材料はただのバッタだ。若干引き気味のプロデューサーに、雨彦は怪訝そうな顔を向けてニヤニヤと笑った。
「お前さん、食えないものを置いたのかい?」
「いえ、リクエストがあったから、なんですけど」
どこに需要があるんだろうな、と苦笑しながら、雨彦は割り箸をパキンと割って、ひょい、とつまんでぱくりと食べる。
「見た目に虫、って感じはほとんどないし、味は普通の佃煮だぜ? 干した小エビみたいな触感だな、お前さんも食うかい?」
「ぎゃーーー!! 裸眼にはモザイクかけられないんですよ!」
「っははは!」
箸でつまんでプロデューサーの方へ向ける雨彦の「いい表情」はバッチリカメラに収めながらも、プロデューサーは叫んで慌てて身を引いた。足、足が、と気味悪がっているその反応に満足したのか、雨彦はけらけらと笑いながら、ついでに、と箸を、皿の上に乗った肉へ向けた。
「こいつは……ジンギスカンかい?」
「はい。北海道名物ですね」
クセがあって苦手な人は苦手、と言われる羊肉を、タレに漬け込んで野菜と一緒に炒めてある。鍋の形が特徴的だったか、と皿を手前に持ってきて、雨彦はもぐもぐと咀嚼した。独特のクセが旨味になっているのは、この漬け込んでいるタレがいい仕事をしてるんだろうな、と雨彦は目を閉じ味わう。しっかりとした肉の噛み応えは食べづらさもなく、バーベキューのメニュー混じっていても違和感なく馴染むように、雨彦には思えた。
「ど、どうですか」
「……ビールが欲しくなっちまうな」
「仕事なんでだめです」
「お前さんカタいなぁ」
肉は柔らかいがね、と皿を一瞬で空っぽにして、雨彦はカップうどんにポットからお湯を注ぐ。
「あの、自分で用意しておいてなんなんですけど」
「なんだい?」
慣れた手つきで蓋をして、スマートフォンのタイマーを五分にセットしながら雨彦は聞き返す。その間に海苔で巻いた磯辺巻きの餅を手でつまみ、雨彦はみょーーーん、とそれを伸ばしながら食べた。
「それ、全部食べ切るの量多くないですか?」
「食い物は残すな、って育てられてな」
だからこんなにでかくなっちまったよ、と茶目っ気たっぷりにウィンクをするファンサービスもカメラに収めて、やっぱり体が大きいと食べる量も違うのかな、とどこか他人事のようにプロデューサーは呟いた。
「正月でたらふく餅食ったが、腹持ちがよくて食べやすくていいと思うぜ」
「太らないですよね、葛之葉さん」
「そういう体質でね」
筋肉量からくる基礎代謝が違うのだろう、どれだけ食べても太らないというのはなかなかに羨ましい体質だ、と言わざるを得ない。食べ方が汚いという印象もなければ大食いという雰囲気もなく、ただひたすらに、男性らしく、一口ひとくちが大きい雨彦の食べっぷりは、見ていて気持ちのいいものがあった。ファンクラブ会報で「食べてる葛之葉雨彦特集」が企画されるのも、プロデューサーにとっては頷けるものだった。
「こいつは……かえる、かい?」
「はい、そうです。ういろうで有名な名古屋の老舗の、看板商品ですね」
「へぇ……可愛いな……」
愛嬌がある、とそのかえるの顔のまんじゅうに、雨彦は手を伸ばす。食っちまうのが可哀想だ、と眉尻を下げたその表情は、ステージ上で見るきりっと引き締まった雨彦の、ミステリアスでクールなイメージとは随分とかけ離れているように見えた。
「ん、中はこしあんか……」
「ひ、一口ーーーっ!?」
「かじると可哀想だろう?」
基準そこなんですか、と苦笑するプロデューサーの目の前で、かえるが一匹消えていく。豪快な食べ方になった理由の愛らしさに、ああ、葛之葉さんってそういうギャップもありですよね、とプロデューサーは妙な納得をしていた。
「皮がしっとりしてて、うまいな」
ひとつひとつ手作りで顔をつけているのだろうか、それぞれに味わいのあるかえるの表情を、どうやら雨彦は気に入ったようだ。お茶もらえるかい、と言われて、はいどうぞ、と差し出すプロデューサーもそれは同じで、可愛いですね、と二人はしばし、かえるを眺めた。
「っと、できたか」
「お、葛之葉さんの本領発揮ですね!」
良く見かける、なんの変哲もない、普通のかっぷうどん。きつね、とでかでかと書かれた赤い蓋を、雨彦の指が待ってましたとばかりにべりべりと剥がす。
ほわん。
あたりに漂うだしの香りと、スープに浮かぶ二枚の油揚げ。だしのたっぷり染みた油揚げが好きなもんでね、とにやけを隠そうともしない雨彦の顔をカメラに収めながら、プロデューサーはどうぞどうぞと促した。
「ヘぇ……贅沢だな、二枚入ってる」
「ええ、コンビニ限定、油揚げ二枚入りなんです」
「こいつを考えた奴に金一封包もうぜ」
悪戯を思いついた子供のような表情で、雨彦はさっとかき混ぜて、まずは油揚げにかぶりつく。待ちきれない、と伸ばした舌先にあつあつのだしをたっぷり吸った油揚げが乗り、ぢゅ、と至福の音を立てながらあっという間に吸い込まれる。
「んまっ……」
「やっぱり好きですか」
「ああ、好きだぜ」
ずぞぞぞぞ、ずぞっ、と豪快に、だしの中から救出されたうどん達がまとめて雨彦の口の中へと飛び込んでいく。にんまりと笑みを浮かべたまま、雨彦は夢中で食べ進めた。全身が、うまい、うまいと喜んでいるようだと、プロデューサーも夢中になってシャッターを切る。ここに至るまでにそこそこ、腹が膨れるものを食べていることをまったく感じさせないような鮮やかな食べっぷりで、雨彦は最後にもう一枚の油揚げにかぶりついた。
「ん……」
「ほんっと、幸せそうな顔しますよね」
「そうかい? だったら、今度こういう仕事とってきてくれよ。全力でやらせてもらうさ」
茶化すようにそう言って、雨彦はカップを置いた。さすがにスープを全部飲み干すことはしなかったが、その表情はとにかく満足げで、幸せそうで、そして余裕があった。
「お、飴ちゃんかい」
食べ終えた充足感、余韻に浸る間もないまま、雨彦はミントキャンディに手を伸ばす。これ食ってるところの何がいいんだろうな、と苦笑しながら口に放り込み、ころころと、口の中で雨彦は飴を転がした。
「雨彦だから飴、かもしれないですね」
「駄洒落かい?」
「っふふ、そうかもしれません」
和やかな雰囲気の中で生まれた自然な笑顔は、貴重といえた。いい顔しますね、とまた言いながらシャッターを切るプロデューサーに、雨彦はそういや仕事だったか、と思い出してきりりと表情を作った。
「最後は……金平糖、か」
「懐かしいですねぇ」
小瓶の中にきらきらと、色とりどりの金平糖が詰まっている。コルクの蓋をポンと開けると、雨彦はそれを手のひらに取り出してカメラの前に差し出した。
「きれいだな」
「はい」
時間をかけてゆっくりと、とげを成長させて作られることから、結婚式の引き出物にも使われるんだぜと雨彦は言う。そうらしいですね、とそれを受けながら、プロデューサーは角度を変えて何枚も写真に収めていく。
「地上にある、食える星さ」
「確かに、お星様です」
「俺たちは」
淡いブルーの金平糖を三粒つまんで、雨彦はそれを目の前にかざす。
「手の届かない星もいいが、こういう星になりたい、って気持ちもあるぜ」
「……なるほど」
雨彦の言いたいことは、なんとなく理解できた。いつでも身近にいて、でも特別感があって、食べると甘くて元気になれるような、そんな星になりたいのだ、という雨彦の気持ちは、十分に理解できるものだった。
「人を元気付けて、前を向かせて、でも寄り添うような、そんなアイドルに」
「はは……言葉にすると嘘っぽくなっちまうが、そういうもんかもしれねぇな」
にっこりと微笑み、その三粒を雨彦は噛み砕く。じわりと広がる上品な甘さは、先ほど食べたミントキャンディの爽快感とあいまって、なんともいえない、上質な幸福感を雨彦にもたらした。
「はぁ……うまかったな。こんなもんかい?」
「はい、バッチリです!」
お疲れ様でした、とカメラを下ろしたプロデューサーは、次の雨彦の一言に度肝を抜かれる。
「さて、飯でも食いに行くかい?」
今あなた何してました?!と思わず大声でツッコミを入れたプロデューサーの肩をばしばしと叩いて、雨彦は笑った。
「俺は食ったが、お前さん昼まだだろう? 付き合うさ」
「いやいやいやいや、あんだけ食べてまだいけちゃうんです?!」
底なしだ、と驚くプロデューサーに、雨彦は立ち上がりにやりと笑って言った。
「こんなにでかいもんでな、まだまだ余裕はあるぜ?」
イナゴ食うかい?のお誘いだけは丁重にお断りをして、プロデューサーはさっと片付けて、底なしの雨彦と一緒に昼食をとることにした。
その月の会報は、いろいろな意味で反響が大きかったと後に聞いた。