:

広告表示切替

why do you remember 1/13

@erindyll
Publish to anyone
2020-01-19 02:25:56

野々村烏

 
 
 
 
 夜明けの時代5 次元旅団
 「remember」
 
 
 
 
 1
 
 ぱしゃんと水を叩く音が止んだ遠く向こうから、子供たちがはしゃぐ声が聞こえた。
 オールが掻いた水面の揺れが収まると、そこには青い空が細い水路を挟む建物の間に狭く映っている。
 水面に映った青空に浮かぶ丸まった猫のような形の雲が気になり、僕は視線を上へと向けた。
 反射されずに視界に収まるその小さな白雲は、実際に見てみるとそこまで猫っぽくなかった。
 推進力を失ったゴンドラはしばらく慣性ですうと水路を進んでいく。
 セレスティアの気候はだいたい春から夏にかけてのやや暑いか過ごしやすい気候で、天気も晴れが多い。
 今日はどちらかと言えば春に近くて暖かさで、真夏のガイアから避暑に逃げ込むにはちょうどいい。
 島と島を続く短い橋。
 ガイアの道路にかかる横断歩道よりも短いそれの下をゴンドラがくぐり、見上げていた僕の視界を覆う。
 視線を前に戻してオールを握り直すしたところで、頭上から声がかかった。
「チョコじゃん」
 振り返って橋の上に目をやると、カラスがいた。
 黒い鳥のことではない。野々村烏。人の名前だ。僕と同い年の女性。
 橋から少し身を乗り出していて、長い黒髪が肩から滑り落ちた。
 成人しているとは思いにくい幼さを残していて、大人の女性というより少女と言った方がしっくりくる。
 何より目立つのは、その背にある翼のようなもの。
「よっと」
 烏はひょいと橋を飛び越えてゴンドラに飛び乗った。
「わっ、危ない」
 一応小型のゴンドラとは言え二、三人乗せられるが、女子でも飛び乗られると大きく揺れる。
 オールで必死に舵を取りながら横にひっくり返らないようにする。
「おー、鈍ってないねー。ちょっとそこまで乗せてって?」
 烏は僕の舵捌きを見て、どこか緊張感のない感嘆の声を上げる。
 彼女の背には鳥の翼のような羽があるが、それは実は翼ではなく狙撃時の制御ユニットならしい。詳しいところは僕も知らない。
「乗った後に言わないでよ」
 つまり、彼女はただ橋の上から船に飛び乗っただけだ。危ないことするなあ、と僕は不満を込めて口にする。
 いいじゃんいいじゃん、とにこやかに彼女は微笑んだ。
 烏も僕も“パラレル・トラベラーズ”と呼ばれる異能を持っている。
 それはイデアに干渉する力を持ち、異世界間を繋ぐゲートを用いずとも、世界の垣根を飛び越える力を持つ。
 有体に言えば、昨今ガイアで流行りの異世界転生ってフィクションのような力だ。
「それで」
 まったく、とため息交じりに溢しながら僕は続ける。
「どこに行くのさ」
「ありがと。プリズンの方まで。いい?」
 十字路の水路の前でゴンドラの速度を落としながら言うと、彼女は嬉しそうに答えた。
 それから、はいはいと生返事を返しながら、ゴンドラを右折させる。
 道幅が少し細くなって、日の光が建物の影で差したり差さなかったりするような水路を進む。
 彼女と僕のやり取りはこんな感じだ。
 年が近いこともあって、彼女は幼馴染の司に次いで付き合いが長い。
「お使い?」
「うん」
 マリーさん、今日おやすみの日でさあなんて水路の先を眺めながら彼女は片手を船の外に出し、指先で水面をなぞる。
「危ないからそーゆーことしないの」
「はーい」
 壁と船の側面に挟まれて怪我しても知らないぞ、と溢しながらも壁にあまり近付き過ぎないように操舵する。
 今度は左折。船の頭を左に向けながらオールで壁を突いて右へと寄せる。ゴンドラはするりと曲がった。
 今日はセレスティアの方が涼しいね、と彼女は言う。
 そうだね、と返した後はしばらく会話も無く舟は進んでゆく。
 そこに特に気まずさはなく、僕と彼女が何か喋っていようが喋ってなかろうが、この街と似たどこか穏かな空気がゴンドラの隣を流れている。
 少し広い水路に出て、陽射しを反射してきらきらする水面に一瞬目を細めた。右折。
「からちゃん」
 特に深く考えず、寝言のような無意識さで彼女の名前を呼んだ。
「なーに?」
 こちらを振り向いて返される返事を受けて、それから改めてたった今ふっと思い出したような話題を言うべきか悩んだ。
 でも結局僕は言うから、眉は寄っていたかもしれない。
「セレスティアには、戻ってくる気無いの?」
「んー」
 生返事を返しながら烏は進行先にある小島をぼんやりと見つめる。
 オールが水面を切るように打つ。
 ぱしゃんと水を叩く音が止んだ遠く向こうから、子供たちがはしゃぐ声が聞こえた。
「少なくとも今は、向こうにいるつもり」
 烏はこっちを振り向いて、いつも通りの明るくもどこか暢気な調子でにかっと笑った。
 その笑顔になんだか毒気を抜かれる。
 ふと思い浮かべた意識の中の司が「ちょっと過保護ですよね」と呆れながら語りかける。
 煩いよ。
「さいですか」
 僕は本来裏方なんだからな、と誰に向けてなのかわからない悪態をついて、ほんの僅かだけゴンドラを加速させた。
 
 
 
 ここは“水の妖精郷”セレスティア。
 いい加減で、澄み切った、無知と神秘の世界。
 変わらない日常が、ゆっくりと続いている。
 
 
 
 


You have to sign in to post a comment or to favorites.

Sign in with Twitter


@erindyll
ラウニー
Share this page

Theme change : 夜間モード
© 2020 Privatter All Rights Reserved.