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[古論P♀]人魚姫

全体公開 1965文字
2020-01-20 12:45:54

「人魚姫」
「へ……?」
クリスさんとパンツスーツのPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 都内でここまで雪が降ることはほとんどないし、積もることはそれよりさらにないものだからと、彼女はすっかり油断していた。おろそかになった足元は見事に溶けた雪で濡れ、運の悪いことに通りがかったタクシーが跳ねていった雪解け水(泥混じり)が、彼女のパンツスーツの膝から下を台無しにしてしまった。
「痛てて……
 足の指がしもやけになりかけながらもなんとかたどり着いた事務所で、彼女は慌ててストッキングを穿き替えて仕方なく、ほぼほぼ出番のなかったタイトスカートに着替える。パンツとスカートがセットになった吊るし売りのビジネススーツの、彼女は好んでパンツばかりを穿いていた。
 だってこの方が動きやすいし、というのは半分本音で半分建前だ。本当は、よく転ぶ自分のおっちょこちょいでドジな部分を加味して、いわゆる「事故」を防ぐ為のパンツスーツだ。これなら万が一、派手に転んだりしても見えることないもんね、と年相応より少々可愛らしさにステータスを振ったような下着が見えないように気を付けながら、彼女は着替えを済ませて汚れてしまったスーツのパンツを給湯室の隅に広げて干した。
……落ち着かない」
 なんかすーすーする、と落ち着かない足をたまにばたつかせながら、彼女はデスクワークをふわふわした気持ちで片付け始める。膝から下は防御が薄い、と気休めにかけたひざ掛けブランケットの下、そわそわと、足はちっとも落ち着きがなかった。
「おはようございます!」
「あ、古論さん」
 おはようございます、と落ち着かない彼女が立ち上がったタイミングで、クリスは事務所のドアを元気に開けて挨拶と共に飛び込んでくる。さすがにこの時期は髪が濡れていることもなかったが、暖かい時期ならば、一本海に潜ってから顔を出すこともざらだった。今日はミーティングの予定もなく、律義にレッスン前に事務所に顔を出してくれたのか、とほっこりする彼女の足元をみて、おや、とクリスは怪訝そうな顔をした。
「今日は……いつもと、違うのですか?」
「あ、はい……濡れてしまって」
 予備なんですけど、とタイトスカートの裾を直す仕草に、クリスの視線は釘付けになる。おかしいでしょうか、と不安げな彼女に、いえ、そんなことは、と生返事をしながら、クリスは自分があまりにもまじまじと、彼女の脚を見ていることに気付きすらしなかった。

 普段のパンツスーツ姿よりも、少しセクシーな気がしますね――

「っは、あ、いえ、すみません、女性の脚を」
「い、いっ、いいえ」
……
……

 沈黙が、空間を満たす。
 しかしクリスの頭は、珍しい、彼女の脚のことでいっぱいになっていた。
「人魚姫」
「へ……?」
 そしてようやくでてきた一言に、彼女はいたたまれなされどうしようもなくなりはじめる。人魚姫ってなに?!と混乱する彼女から顔を背けて目線を逸らし、クリスは続けた。
「普段は腰から下は魚ですが、王子様に会いたくて魔女にお願いをして、人間の脚を手に入れた人魚姫です」
「は、はぁ……
 それは知ってるんだけどな、と相変わらず困惑顔の彼女に、クリスはぽつぽつと、呟くように語りだす。
「代償に、声が出なくなってしまいましたが、王子様と結ばれることができれば、泡になって消えずに人間として過ごすことができるのですよ」
「はい……?」
 もしかして古論さん、なんか混乱してるのかな?と逆に冷静になった彼女は、そのクリスのとりとめもない話に耳を傾けた。
「普段見えない部分が見えているせいで、どうやら私は混乱しているようですね」
「は、え?」
 自分でわかってるんだったらいいんだけど、でもなんか、なんだろう、と彼女は思わずブランケットで脚を隠した。
「あっ」
「えぇっ!?」
 残念そうなクリスの声に、彼女は再び混乱し始める。何その反応?!とうろたえた彼女に、クリスはさらに、無意識に、追撃をする。
「隠されると見たくなるものですが」
「み、見たいんです?!」
「いえ目の毒なので隠してくださった方が」
「どっち?!」
「どっちでもいいですよ!」
 なにそれーー!?とわけがわからなくなりながら、彼女は思いきってブランケットを外す。うわあ、と思わず顔を覆ったクリスの手の下から、もごもごと、何か言っているのが聞こえて、彼女は今度こそ、硬直してしまった。

「人魚もいいですが人間も素敵ですよ」

 普段のパンツスーツも素敵ですが、タイトスカートも素敵だと思います、ということだと気づいた彼女は、私最初から人間ですけど、とあさってな返事をするより他になくなってしまった。

 恋をするのは人魚の方でしたよね、の呟きだけはなんとか堪えて、クリスは右手と右足を同時に出してぎこちなく事務所のドアから出て行った。


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