@toasdm
そういう家系の生まれだから、お互いに、理解が及ぶところは多かった。例えば、汚れを祓った後は普段色々なものを抑えつけている「理性」がうまく働かないのか「激しく」なることは不思議ではない、と察することができる。実際、怪我をしていたことなどまるで気にならないような雨彦との睦み合いは、乱暴ではなかったが激しかった。
葛之葉さん、と呼びかければ、なんだい、と返ってくる声は、疲れていはいたがやつれてはいなかった。雨彦の肩のあたりにこてんと預けた頭を優しく抱える雨彦の手は、いつも以上に優しく、穏やかだった。
「足……」
「骨まではいってないさ。大した怪我じゃない」
お前さんを護ったって勲章だな、と事後すぐに手当てをした足を、雨彦は布団の下から覗かせておどけてみせる。意識を保つために何度かわざと痛みを走らせたが、捻りを加えないようにまっすぐ地面に打ち付けたせいで変な曲がり方はしていなかったのが功を奏したのか、湿布で痛みを取りきつめに包帯を巻けばかなり軽減はされた。明日は朝イチで病院ですね、とスケジュールをうまく縫って、彼女は雨彦に一週間の休養を用意した。
「無茶しないでくださいよ……」
「っははは、俺の気持ちが少しでもわかったんなら安いもんさ」
「もう!」
口じゃ勝てない、と早々に諦めた彼女は雨彦の肩にぐりぐりと頭を押し付けて拗ねている。実際、心配をかけていたという自覚はあったが、直接的に汚れを祓えない彼女ができる最善策がそれだったのだから、彼女の中では仕方のないことだった。私も葛之葉さんみたいにきれいにできたらいいのに、とふてくされて呟いた彼女に、雨彦は苦笑しながらゆったりと語りかけた。
「お前さん、自覚がないだけでちゃんときれいにできてるんだぜ?」
「え?」
同業者だからわかるさ、と頭を撫でる雨彦を、彼女は見上げる。満ち足りたようなその表情には、どこか見覚えがある。ああ、ライブの後の顔と似てるんだ、と記憶を手繰り寄せた彼女に、雨彦は続けた。
「初顔合わせの時、覚えてるかい?」
「ああ……」
忘れもしない、出自を隠して汚れの中で生きてきた自分のことをあっさりと指摘して、その上で理解して、以後黙ってくれていた雨彦との初顔合わせだ。覚えてる、と随分懐かしく感じた記憶は、一年未満のものだった。
「すまなかったな」
「え……?」
「すまなかった。大人気なかった、ってずっと思っててなぁ……これでも結構、気にしてたんだぜ?」
突如始まる告解に、彼女は思い当たる節がない。ふぅ、と小さくため息をついて、雨彦はぎゅっと腕の中の彼女を抱きしめる。
「最初、そういう生まれなのに家も継がずに、好きなことやってニコニコしてるお前さんが妬ましくて仕方なかったのさ」
「……」
長くはないが決して短いとは言えない、特殊で濃密な付き合いの中で、雨彦の、葛之葉の家に生まれた目のいい男、という立場については、彼女は完全ではないにしろ、他の誰よりも理解が及んでいると自負していた。軽い掃除に関してはお目こぼしをいただいているのだろう、という程度ではあったが、雨彦がこの業界に飛び込んだ理由が「芸能界の汚れを掃除するため」という雨彦らしい理由であることも踏まえれば、家のしがらみに縛られず自由にしている特殊な生まれを、羨むことは自然だった。
「だからあんな風に、意地の悪い聞き方をしちまった、ってわけさ」
「そう、だったんですね……」
好き勝手やっている、という認識が誤解であることは、その初顔合わせの段階ですぐに理解できたものだから、解決済みなのではないかと彼女は雨彦の言葉を待つ。腕の力が少し緩み、彼女は雨彦の顔を見上げた。
「あの時、俺の中にもどす黒い汚れが生まれたのは覚えてるかい?」
「汚れ、っていうか……あの程度の揺らぎなら、誰でも」
二人が感じる「汚れ」とは、そういった感情の揺らぎが凝り固まって形になり、害をなすものの総称だ。「汚れ」の前駆体である感情の揺らぎ程度なら、誰にだって起こりうる正常な感情の働きだったし、それが雨彦にあったとしても別段おかしくはなかった。
「実際に害をなすような強い意志の力に対抗するだけの強さは、お前さんにはないんだろうな」
お前さんは優しい、と、優しい雨彦の手が自分を包むくすぐったさに、ああ、私の場所はここなんだ、と彼女は安堵を得る。
「だが、お前さんの献身的なところや優しさってのは、その汚れを人の心に生ませないような、そういう力があると思うぜ」
「私に……?」
ずっと、一族の恥さらしだと、落ちこぼれだと思っていた彼女の心を、その雨彦の優しい言葉がふんわりと包みこむ。
「あの時俺の中に生まれかけた汚れの種を、お前さんはまっすぐな言葉と態度で掃除してくれたんだぜ」
言葉と共に優しく、雨のように降ってくるキスが、雨彦の言葉を真実だと言外に伝える。そう、なのかな……?と戸惑いながらも、彼女はどこか、赦されたような気持ちになった。
「祓うだけが掃除じゃない。お前さんはお前さんにできることを一生懸命やってるよ」
一生懸命に、というその言葉には、聞き覚えと言い覚えがある。あの心臓に悪かった初顔合わせの時に彼女が、雨彦に言った言葉がそれだった。
「ま、無茶をするのは程々にしてもらいたいもんだがね」
「うぅ……ど、努力はしますよ」
とんだ意趣返しにぐぅの音も出ない彼女を優しく抱きしめて、雨彦はありったけの愛をこめて言った。
「これからも、よろしく頼むぜ、お前さん」
シーツの中で触れ合う裸身、温もりを分け合って。
同業者の二人はくすくすと笑いながら、これからをゆっくりと決め始めた。