X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

[雨P♀]髭

全体公開 1 1709文字
2020-01-30 12:46:22

「触ってみるかい?」
ドラマの役作りで髭を伸ばしてる最中の雨彦さんとついつい見ちゃうPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 やっぱり男の人だから、生えるんだ……見慣れない雨彦のマスクの下に、彼女の目線は吸い寄せられる。彼女が先日取ってきた次の二時間ドラマの配役は、髭の生えた犯人役だ。撮影までまだゆとりがあるから、と雨彦は特殊メイクでの髭ではなく、自前の髭で挑むことにした。
「番宣でもなかなか評判よかったぜ」
 結構いじってもらえるもんだな、と事務所に顔を出した雨彦はマスクを顎下にずらして、ふぅ、と息をついてソファに身を投げ出している。もちろん、犯人役であることは伏せての番宣だが、バラエティに出るとだいたいの出演者が「葛之葉さん髭?!」といじってくれるのだと笑う。お疲れ様です、と声をかけながらも、彼女はその、そこそこ生えそろってきた雨彦の髭をちらちらと盗み見てしまう。
「サスペンスドラマの犯人役ねぇ……
 あちこちに付箋の飛び出した台本は随分と読み込まれているようで、補修が必要というほどではなかったが、いかにも使い込まれました、という開いた時の折りしわや曲がりのクセがついている。その台本を開きながら、雨彦は伸びかけている顎鬚をさすさすと触った。
「んー……そうだ、お前さんの意見を聞こうか」
「へ、あ、はい」
 何をぼんやりしてるんだい、と苦笑して、雨彦は手招きをする。ここなんだが、とひときわクセの強くついた台本のページを開いて台詞を指さすが、突然声をかけられた彼女の目線は、その台本と雨彦の髭とを何往復もしている。
「お前さん、聞いてるのかい?」
……は、はひ」
「お前さんなぁ……
 呆れたような声で隣に腰かけた彼女の顔を覗き込み、雨彦はにんまりと笑った。
「そんなにこいつが気になるのかい?」
「い、いえ」
 どうだかね、と今度は口髭をさすり撫で、彼女の泳ぐ目線に雨彦はニヤニヤと笑みを深める。
「触ってみるかい?」
「えっ!?」
 ほら、とマスクを外し、雨彦は顔を突き出して彼女の方を見る。無精髭のような不衛生な、不潔な印象は全くないが、とにかく見慣れない雨彦の髭面に、彼女は意を決して恐る恐る手を伸ばした。
「わ! な、なんかじょりじょりしてますね」
「髭だからな」
 くつくつと喉奥を鳴らす雨彦の、すっきりとしたシャープな顎のラインを強調するように、生えそろいかけた髭が縁取っている。頬にも生えるがそれはちゃんとあたってる、と手入れのされた雨彦の顔は、髭ひとつでこんなに印象が変わるものかと彼女は目を丸くした。
「髭、って、どんな感じなんですか?」
……難しいな」
 あいまいな彼女の問いかけに、雨彦は髭をじょりじょりと撫でられながら考える。
「しいて言うなら、痒い、か」
「痒いんですか?!」
「っはは、伸びかけだからな」
 痒いんだ……と呟いて、何を思ったか、彼女は人差し指で雨彦の顎をこしこしと掻いてやる。
「っん!?」
「あ、っえ、えっと、あの」
 ありがとうございました、と訳の分からない礼を述べて、彼女は慌てて手を引っ込める。私なんであんなことしたの?!と書いてあるような彼女の顔に、雨彦の悪戯心がこしょこしょと刺激される。
「ん」
「え……
 先ほどと同じように顔を突き出して、雨彦はニヤついて言う。
「痒いから掻いてくれよ」
「えぇぇ!?」
 そんなの自分でやってくださいよ、とわたわたする彼女の肩に顎を乗せ、雨彦はごしごしと顎をこすりつける。
「痒いなぁ」
 明らかに楽しんでいる口ぶりに、彼女はからかわれていることを知る。葛之葉さん、と猫のように顔をすりつけてくる雨彦をぐいぐいと向こうへ押しやって、彼女はなんとか雨彦から逃れて立ち上がる。
「自分で! 掻いて! くださいっ! 猫じゃないんだからっ!」
「つれないな、お前さん」
 ニヤニヤと今日一番のにやけた髭面が彼女を見上げる。ぽりぽりとフェイスラインを人差し指で掻きながら再び台本に目を落とした雨彦の、硬い髭の感触が残る肩と手から必死で意識を逸らしながら、彼女はデスクワークに逃げる。

 台本をめくる音と、カタカタと、キーボードを打ち込む音だけが響く事務所の中。彼女は背中でひとつ、大型の猫があくびをしたのを聞いた気がした。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.