Angel Bullet〜水の恵み Part.14〜

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2020-02-02 16:32:15

闇へと向かって放たれる天使の弾丸が、世界に光をもたらす。
白司書ラブストーリー、第14話。
※捏造設定注意!※

Posted by @natsu_luv

灰色の空に白い花弁がはらはらと舞い踊っている。
吐く息も真っ白になり、外は凍りつきそうなくらいに寒い。
中庭の池の水面も氷が張っている。
午前の潜書を終わらせた私は、白秋先生たちと紅茶を飲んでいた。
温かい紅茶は心身共に暖めてくれる。
白秋先生のお気に入りであるハニーアップルティーは、まったりとした甘さの蜂蜜と林檎の香りが特徴的な美味しい紅茶だ。
私の目の前で、白秋先生が文芸誌を読んでいる。
先生が手にしている号の特集記事は、生前の自分の作品がフォーカスされたもの。
現世に再び生まれた先生にとって、これほど興味深いものはないだろう。

「これは……君のお父上かい?」
「えっ、どうして白秋先生が私のお父さん知ってるの!?」
「顔がそっくりなのだよ」
「ほぉ、確かにおめえさんにそっくりだ」
「よく似てらっしゃいますね」

白秋先生の言葉に反応した牧水先生と露風さんが、私の顔と父の写真を交互に見ている。
ちなみに、父の写真が載っている特集のタイトルは『北原白秋と私』と書かれてある。
内容は白秋先生の詩歌をこよなく愛する父が、特に思い入れのある詩や短歌などについて語っているというものだ。
特集記事を見ながら騒いでいると、堀くんが談話室に入ってきた。

「司書さん、お客様がお見えなので僕と一緒に館長室まで来てください」
「うん、わかった。白秋先生たち、また後でね」

私は堀くんと少し駆け足で館長室へ向かった。
館長さんの元へ誰かが訪れるケースは、大体いつも桜川町で新たな有碍書が見つかった場合だ。
館長室の扉を開けると、随分と顔なじみの深い人が館長さんの向かいに座っていた。

「お父さん! どうしてここに!?」
「あぁ、歩美。実は僕の研究室で真っ黒な本が見つかったんだ」

私は席に着いて、堀くんと館長さんと一緒に父の話に耳を傾けた。
父が真っ黒な本を見つけたのは、今日の午前中の授業が終わって研究室に戻った時だった。
その本は黒い触手のようなものを生やして、本棚から飛び出してきたとのこと。
触手はすぐに引っ込んだけれど、父は思わず腰を抜かしてしまったそうだ。
それから、父は慌てて帝國図書館の館長さんに電話したという。
本のタイトルは『女神の唄』といって、色んな作家の詩が集約されたものらしい。

「僕の好きな詩集のひとつだったはずなのですが、内容が思い出せないんです……
「侵蝕の度合いが酷いな。早急に浄化しなければならないぞ」
「僕らに任せてください!」
「お父さん、必ずこの本は浄化するよ」
「歩美……。館長たちもありがとうございます」

館長さんから有碍書を受け取り、私達は図書館へ戻った。
先生方を招集して、今回の有碍書の概要の説明と潜書してもらうメンバーの発表を始めた。
会派筆頭は白秋先生に決めてあるけれど、今回は他のメンバーの選出に難航していた。
タイミングが悪いことに、朔ちゃんが高熱を出してダウンしてしまっている。
森先生にも診てもらったけれど、今日も熱が下がっていないようだ。

「犀星くん、三好くん、朔ちゃんの側についててあげて」
「あぁ、わかったよ。でも、俺の代わりになりそうな奴はいるのか?」
「私が参ります」
「露風さん。じゃあ、モニタリングは堀くんで、残りのメンバーは梶井くんと花袋くんにお願いするよ」
「了解、俺に任せてよ」
「よし、気合い入れていくぞ!」

潜書の準備が整った。
私は本の浄化へと向かう先生方の背中を見送った。
父を襲いかけた侵蝕者が巣食うこの本は、何としてでも浄化しなければならない。
モニターの電源を付けて、私は本の中を進んでいくメンバーを見守っていた。



本の中の世界はまるで廃墟のようだった。
荒れ果てた大地が果てしなく広がり、白秋先生たちの目の前にギリシャのパルテノン神殿のような建物がそびえ立っている。
先生たちが神殿へと足を進めていると、死神の鎌のような出で立ちの侵蝕者が上空から襲いかかってきた。
花袋くんが素早い弓捌きで侵蝕者たちを撃ち落した。
後に続くように、白秋先生と露風さんが鋼色の銃弾を敵たちに浴びていく。

「一体何なんだ、この敵は!」
「貴方たちのような悪の化身には、神の裁きを下しましょう!」
「僕らは先を急いでいるからね。君達に構っている暇はないのだよ」

墜とされた侵蝕者たちが透明になって消えていった。
だけど、侵蝕者たちは次々と数を増やしている。
おびただしい数の侵蝕者たちを相手にすれば、親玉の元に辿り着く前に疲弊してしまう。
梶井くんが何か気配を感じ取ったようだ。
敵の攻撃をかわした梶井くんは、剣を地面に突き立てて、不敵な笑みを見せた。

「桜の木の下じゃなくて、廃墟の下に埋まっていたんだね」

地面の下には黒い宝玉らしきものを持ったしゃれこうべが埋まっていた。
どうやら、これが鎌型の侵蝕者たちを無尽蔵に生み出していたらしい。
空中を飛び回っていた侵蝕者たちが跡形もなく消え去り、神殿へと続く道が開けた。
白秋先生たちは駆け足で神殿の入り口へと乗り込んだ。
中に入ると、ズタズタになった赤絨毯が視界に入った。
赤絨毯を辿っていくと、ぽつんと寂れた玉座が残されていた。

「何だか不気味だな……
「中には誰もいないみたいだね」

花袋くんと梶井くんが辺りを見廻している。
神殿の中はあまりにも静かで、みんなの話し声が響き渡るくらいだ。
侵蝕者の親玉はここにはいないのだろうか。
モニタリングを続けていた私と堀くんも、何処か拍子抜けしてしまっていた。
その時だった。
黒いもやが現れて、玉座を取り囲み出した。
もやはだんだんと色濃くなり、小さなブラックホールを創り出していく。
そこから現れたのは、得体の知れない生物のものであろうごつごつとした大きな手。
グロテスクな両腕が飛び出てきて、さらにぼろ布を纏った女性の胴体も現れた。
これが侵蝕者の親玉なのだろうか。

(無に還れ……。我と共に永久の闇へ堕ちるのだ……

忌々しい声が神殿の中に響き渡る。
侵蝕者の親玉のものであろう声は、私の脳内にも山びこのように聞こえてくる。
侵蝕者が完全に姿を現した。
その姿を見た白秋先生たちの顔が酷く青ざめていた。
侵蝕者の親玉は首の無い異形の女だったのだ。
こんな恐ろしい化け物が父を襲いかけたのか、そう考えただけでもおぞましい。

(我はこの世界の神。ひとの子よ、跡形も残さずに消し去ってやろう……
「首の無い女神ということですか。ただ、私は貴方を神とは認めません!」

強い口調でそう言い放ち、露風さんが首無し女神に銃口を向けた。
放たれた弾丸が首無し女神へと向かって飛んで行く。
露風さんに続いて、白秋先生も銃弾を撃ち放った。
だけど、首無し女神はふたりが放った弾丸をいとも簡単に跳ね返してしまった。

(我にそのような攻撃は効かん。諦めろ)
「言ってくれるね……!」
「私達は諦めません……!」

白秋先生と露風さんは怯むことなく、鋼色の弾丸を放ち続けた。
梶井くんと花袋くんも首無し女神の方へと攻め込んでいった。
梶井くんが舞い踊りながら剣をふるい、斬撃を浴びせにかかる。
花袋くんは彗星のように弓矢を放って、梶井くんを援護している。
それでも、首無し女神は倒れることはなかった。
鋭く尖った爪を伸ばし、梶井くんの四肢を突き刺してしまった。
その場に倒れ込んだ梶井くんを庇いながら、花袋くんは攻撃を続けた。

「このままやられっぱなしでたまるか!」
(何をしている。我への攻撃は無駄なだけだ)
「何……! うわぁぁっ!」

瞬時に移動した首無し女神が花袋くんの背中を斬りつけた。
なす術もなく、花袋くんは地面に突っ伏してしまった。
首無し女神が何か呪文を唱えている。
建物から轟音が聞こえてくる。
このままでは巻き添えをくらうと判断したであろう白秋先生と露風さんは、外へと足を向けた。

(貴様たちも虚無の世界へと運んでやる……!)
「うわぁぁっ!」

首無し女神の両手から放った衝撃波が、白秋先生と露風さんに直撃した。
超新星爆発が起きたかのように、モニターの画面が真っ白になった。
私と堀くんはモニターに映し出される光景をただ見ていることしかできなかった。



モニターの画面が元に戻った。
私と堀くんはまず最初に第一会派の様子を確認した。
神殿の建物が跡形もなく消え去っており、その跡地に白秋先生たちが倒れていた。
首無し女神は傷ひとつもない状態で、倒れている先生たちを見下ろしていた。

(現世に転生した文豪とはいえ、所詮はひとの子。我にとっては赤子そのものだ……

首無し女神のせせら笑いのような声が私の脳内に響き渡る。
やはり、犀星くんか朔ちゃんがいないと倒せない強敵なのだろうか。
そう判断して、第一会派を撤退させようとした時だった。
椅子の上にいた紺色のテディベアがモニターの方へとことこ歩いてきた。
テディベアは指示用マイクの真ん前で足を止めた。

「再び生まれた文士たちよ、わたしの声が聞こえますか……?」
「えっ、クマのぬいぐるみが喋った!?」
「わたしは創造神、この世界を創り出した神でございます。文士たちよ、神の加護を授けましょう。虚無の象徴を打ち砕くのです」

眩い光が第一会派のメンバーを包み込んでいく。
創造神さまの言葉が聞こえたのか、白秋先生たちが目を覚ました。
まず最初に、花袋くんが起き上がった。

「うおおぉっ! 舐めんじゃねぇぇぇっ!!」
(何……!)

背中の傷の痛みを堪えながら、花袋くんは力いっぱいに弓を引いた。
流星のように弓矢が飛んで行き、首無し女神の胴体に強い衝撃を与えた。
梶井くんもじりじりと首無し女神の方へと近付いている。
一寸の隙を突いて、梶井くんは舞い踊るように剣を振りかざした。

「君に一縷の光を与えるよ」
(くっ……! 我としたことが……!)

剣の鋒の描く軌道が首無し女神の胴体をなぞり、傷口から洋墨の血飛沫が噴き出した。
ひらりと身体を翻し、梶井くんは傷ついた四肢を庇いながらその場に倒れ込んだ。
首無し女神がよろめいている。
あと少しで倒せそうだ。
白秋先生と露風さんが二人揃って銃口を向け、一斉に銃弾を放った。

「これが真実(ほんとう)の神の裁きです!」
「僕らが鎮魂歌を歌ってあげるよ!」
(こんな……! ひとの子ごときに……ぎゃぁぁっ!!)

首無し女神の身体が砕け散り、溢れんばかりの光が解き放たれた。
天空からいくつもの白い羽が舞い落ちて、灰色がかった空がだんだんと蒼くなっていく。
枯れた大地に草花が咲き、緑の絨毯が敷かれたように広がっていった。
跡形も無くなっていた神殿までも、すっかり元通りだ。
光の道が白秋先生たちの目の前に現れた。
浄化完了の証というべきだろうか。
先生たちは真っ直ぐに一筋の光を辿って行った。

有碍書から光が溢れ出ている。
黒い染みが段々と消えていき、本来の表紙の絵が鮮明になってきた。
第一会派の凱旋の合図だ。
眩い光の中から、白秋先生たちが姿を現した。
花袋くんは森先生に、梶井くんは三好くんに補修室へと運ばれていった。
露風さんには堀くんが寄り添っている。
私はゆっくりと歩いてきた白秋先生を視界に捉えた。
少しふらついた様子の白秋先生が、私をぎゅっと抱き締めた。

「無事に……帰って来られて……良かったよ……
「白秋先生……

掠れた声で白秋先生が囁いた。
怪我の程度は他の三人と比べると軽いけれど、精神的にも肉体的にも疲弊している様子だった。

「もう少し君に触れていたいけれど……ちょっと休ませてもらいたいかな……
「うん……。早く手当てしようね」

私は白秋先生にぴったり寄り添って、補修室へと足を進めた。
まずは、寝台に先生たちを寝かせた。
一定量の洋墨をフラスコの中に入れて、治療薬を作り、先生たちの本へと注いでいった。
今にも裂けそうになっていた本の表紙が元に戻っていく。
青白い光が勇敢に戦った文士たちの身体を包み込み、深手を負った心身を癒していく。
館長さんから部屋に来るように呼び出しを受けた。
ひと通り補修を済ませた私と堀くんは、館長室へと足を運んだ。



館長室へ赴いた私と堀くんは、今回の有碍書の件を報告した。
今回の侵蝕者はかなりの強敵で、第一会派全員が耗弱状態になる程であったこと。
創造神さまにピンチを救ってもらったことなどを説明した。
全て聞いてくれた館長さんは、父に『女神の唄』の浄化が完了したことを伝えてくれると言った。
父は既に研究室に戻っていて、経過報告を待っているという。

「ご苦労だった。君たちは第一会派のケアを引き続き頼む」
「かしこまりました」

館長室を後にして、私達は補修室へと戻った。
補修室には森先生以外には誰もいなかった。
第一会派のメンバー全員、傷は無事に癒えたとのこと。
今はみんな揃って談話室にいると森先生に言われた。
早速、私と堀くんは談話室へと足を運んだ。
談話室に入ると、浄化された『女神の唄』を閲覧している第一会派のメンバーがいた。
創造神さまが宿っていたテディベアもソファーに鎮座していた。

「それにしても……あなたが神だったのですね」
「驚かせてしまってごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。私達を救っていただき、ありがとうございました」
「礼には及びません。これからもあなた達のご活躍を見守っておりますよ」

何処か不思議そうな表情を浮かべる露風さんと創造神さまが会話を交わしていた。
白秋先生に声を掛けられ、私も『女神の唄』に載っている一片の詩を読んでみた。
心優しく美しい女神たちの愛情に満ち溢れた物語が、言葉となってこの本に綴られている。

「世界は愛に満ちて美しい……か。女神の慈愛に満ちた詩だね」
「お父さんがこの詩集を愛してやまない理由がわかったような気がするよ」
「何はともあれ、女神たちの愛する世界を守れて良かったよ」
「うん!」

白秋先生がそっと私を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。
こうして白秋先生の温もりを感じることが出来て嬉しい。
私の名前を呼ぶ三好くんの声が聞こえてきた。
朔ちゃんの熱が下がったと報告してくれた。
今は犀星くんが側についていて、少しずつ食欲も取り戻しているという。

「歩美さん、温かい紅茶を朔先生のところに届けたいッス。淹れていただいていいッスか?」
「うん、わかった。ちょっと待っててね」
「朔太郎くんも回復しているみたいで安心したよ」
……そうですね」

私はお湯を沸かして、魔法瓶の中にティーバッグを入れた。
朔ちゃんも大好きなハニーアップルティー、これで身体を温めてくれたら、明日か明後日には元気になってくれるだろう。
三好くんに淹れたての紅茶が入った魔法瓶を渡し、朔ちゃんの部屋へ持って行ってもらった。
平穏な日常が戻ってきた。
虚無の象徴に消し去られそうになった美しい詩の世界を元に戻せて良かった。
私は労いも兼ねて、勇敢に戦ってくれた文士たちの分の紅茶を淹れ始めた。


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