@875108Express_
はしがき
この駄作は、私が私の意思で書いたものです。
私には兄と妹がいたのですが、兄は幼い頃に誘拐され、妹は少し前に樹海で死にました。兄は誘拐されて数年後に帰ってきましたが、そんな彼を受け入れてくれる場所は、もうどこにもなかったのです。
阿久津様から平手打ちをうけた従兄は、私のせいじゃないと言っては、一人で責任感を背負って今も生きています。
違うんです、全部私のせいなんです。
これは、私の罪滅ぼしです。駄作だろうがなんだろうが、私が書こうと思ったものを遺して、私はこの世から消えようと思います。
そのために髪を切り、自分が書いた証として血を残しました。
これが私なりの『けじめ』です。
友人の結婚式に行きたかったのに、友人を仮死状態にしたのは、私が悪い子になったからです。私がいい子だったら、私がお人形さんだったら、こうはならなかったと思います。
けれどそう思っても、もう手遅れです。
花宮治様、ならびに真於様。そして、搭乗人物の皆様。
もう私は、二度と小説を書きません。期待に応えられなくてごめんなさい。
書き手として、ブーケエクスプレスの車掌として、皆様に出会えたことへの感謝をこめて。
『日嘆メイズ』は、今日限りで活動を停止いたします。
この作品は、後々駄作として燃やされるでしょう。
けれど、いいんです。むしろそうしてください。そのかわり、お願いがあります。
どうか私の愛しい搭乗人物たちに、この物語を届けてください。満足のいく結末には仕上がりませんでしたが、これが私の作品だということを、知って欲しいのです。
身勝手な私を許さないでください。
最後に一つだけ。
あなたにとって『理想の最期(ハッピーエンド)』って、何ですか?
私を、あなたの最期にふさわしい友人にしてくれませんか?
生まれたときから「お前の声は醜い」と蔑まれていた。だから囀ずることを諦めた。そして自分に声があったことを、なかったことにした。
幼いころから「お前の羽は小さすぎる」と幻滅されていた。だからこの小さな羽が目立たないように、空を飛ぶことをやめた。そして空の飛び方を忘れた。
大人になっても「お前の体の色は汚い」と囁かれていた。だから「いっそどうなってもいいや」って気持ちで、雨に打たれて過ごすようになった。そして元の色がわからないくらい、泥だらけになった。
わたしの名前はフィーカ。泥まみれの体と醜い声を持つ、飛べない小鳥さ。
◇
ここはもうすぐ更地にされる予定の駅。コンクリートで出来た駅のホームを歩きながら、この駅と一緒にいなくなろうとしてる。ガタンゴトンという音をたてて列車は通りすぎていくが、この光景もあと少しで消える。
地面には人間が落としていったであろう、ブルーベリーのロリポップキャンディが落ちていた。舐めかけていたところを落としたのか、唾液と熱によってとけていった甘い汁が、コンクリートに染み込んでいく。蟻たちは一列で行進しながら、そこを目指していく。わたしは蟻たちの行進の、最後尾についた。
わたし、ブルーベリーが好きなの。それになんとなく、この列についていきたかったの。ちょっとしたお遊び程度にね。
「逃げろ!小鳥だ!」
わたしを見るなり、蟻たちが隊列を乱して逃げ惑う。歩幅が小さい癖に、とっさの隊列崩しに戸惑ってしまう。
「わっとっと…。急に列を乱さないで!わわわっ!」
歯止めが効かないわたしの足は、蟻たちを乱雑に踏み潰していく。羽で己の体をコントロール出来るわけもなく、そのままキャンディに追突した。
「…痛い」
頭の毛に、キャンディがまとわりつく。頭がベタついて気持ち悪い。ただでさえ泥だらけなのに、甘ったるい匂いを纏うと、まるで歩く生ゴミみたい。
「ごめんね、みーんな踏み潰しちゃった」
ぺちゃんこになった蟻たちを避けて、わたしはこの先にある改札へと向かった。足にも甘い汁がついたせいか、ベタベタした足跡を、コンクリートの上に刻んでいく。冷たい風がヒューッと入ってくるたびに、わたしは身震いをしてしまう。
ふと、蛍光灯からジジジ…という音が聴こえてきた。天井を見上げると、翅に穴があいたモンシロチョウが、蛍光灯に触れようとしていた。
「おーい!そんなとこにいたら、焦げちゃうわよー!」
私が地上から声をかけると、モンシロチョウは落ち葉みたいにふらふらと落っこちてきた。
「おっとっと…」
なんとか受け止めようと、モンシロチョウの着地地点に向かう。ペタペタする足の裏のせいで、歩くと何となく気持ち悪い。
落っこちてきたモンシロチョウを背中で受け止めると、そのままスッと地面に下ろしてあげた。モンシロチョウは触覚をうねらせると、穴があいた翅を休める。モンシロチョウは、歩く生ゴミみたいな小鳥(わたし)を見ても、臆することは全くなかった。
「あんなところで何してたの?」
掠れた声で訊ねると、モンシロチョウは告げた。
「太陽に、触れたかったのよ」
「太陽?」
「そう。太陽は眩しくて、暖かいから。それに触れれば、生まれ変われると思ったの」
何だか奇妙なことをいうモンシロチョウだ。
「あなたは…小鳥?」
「そう。フィーカよ。そっちは?」
「アンバー」
アンバーはパタパタと翅を動かした。
「私ね、アゲハチョウになりたいの」
アンバーの穴のあいた翅から、ヒューヒューと風が吹き込んでくる。アンバーは風に拐われそうになりながら、語り始めた。
「昔、蝶の標本を作ろうとした人間が、私を捕まえようとしたことがあるの。…その時にね、言われたの。何て言われたと思う?」
風に逆らいながら問うアンバーに、私は首を傾げた。
「わかんないや。何て言われたの?」
「『魅力が無い』ですって」
「えぇ~?捕まえようとしておいて、その発言は無いわぁ…」
私が言うと、アンバーは自嘲した。
「私ね、翅が生えてすぐに、人間の子供に捕まったことがあるの。夏休みの宿題で『昆虫のスケッチをしなさい』っていうのが、人間にはあるらしいの」
夏休みの宿題と聞いて、私も近くの学校に通う人間の子供たちの、スケッチのモデルをやっていたことを思い出した。スケッチをして、生き物のことを知ろうという主旨なのだろうか。
「それでね…『動くとスケッチ出来ないから』って理由でね…翅を釘で刺されて、それを油粘土に打ち付けられたの」
それを聞いて、私は思わず目をつむった。翅を釘で刺されて、何処にも飛べずにじたばたするアンバーの姿を想像した。
「だから翅に穴が…」
目をあけてアンバーの翅をじっと見つめると、穴があいているふちのところが、錆びたような色をしていることに気づいた。
「そうなの。それにね、子供たちのほんとの狙いは、モンシロチョウじゃなくて、アゲハチョウだったの。アゲハチョウの方が綺麗だからって。モンシロチョウよりも、アゲハチョウのほうが、スケッチのしがいがあるって」
アンバーはコンクリートから生えていた花を見つけ、その蜜を吸いに向かった。私もそれについていきながら、話を続けた。
「じゃあ、なんでモンシロチョウを?」
「私のほうが捕まえやすかったからみたいよ。大人になって間もなかった私は、まだ飛び方もままならなくて。子供たちはアゲハチョウを追っていたけど、なかなか見つからなかったみたい」
花に顔を埋め、羽ばたきながらアンバーが蜜を吸う。 彼女のその仕草は、とても上品だった。
「宿題を早く終わらせるために、たまたまそこにいたアンバーを捕まえたってことかぁ」
「きっとそうね。何だか同じ蝶なのに、見た目だけで魅力の有り無しを決められたのが、凄く悔しかったの」
花の蜜を吸い終わったアンバーは、私の頭の上に舞い降りた。
「だから、生まれ変わるならアゲハチョウになりたいの。魅力のある蝶になりたいの…」
ここまでのアンバーの話をきいて、私はふとある疑問が浮かんだ。
「…ねぇ、アンバー。あんた、さ…もしかしてさっき、死のうとしてた?」
恐る恐る問うと、アンバーは触覚を揺らした。
「このままじゃ私はモンシロチョウのままだから。生まれ変われるのなら、太陽の光と熱に抱かれて死にたかったの」
「でもあれ、蛍光灯だったけど…」
「そうみたいね。けど、私の翅じゃ太陽まで飛んでいけないから」
なんとなく納得したような、しないような。アンバーは変わり者だなと思ったけど、話すのは面白い。
「アンバーってさ、おしゃべりするの好きなんだ?」
パタパタと羽を動かすと、パキパキという音がした。やっぱり私の羽は錆びてしまったようだ。
「おしゃべりは好きよ。私ね、誰かとおしゃべりしないと、人恋しくなってダメになっちゃうの」
「そうなんだ…」
自殺願望とアゲハチョウになりたい願望を持つ、寂しがり屋なおしゃべりモンシロチョウか。個性的だ。
「ねぇ、アンバー。 あんたが生まれ変わるならさ、私その瞬間に立ち会いたいんだけど」
私の急なお願いに、アンバーの触覚がピンッ!と立った。
「私も小鳥なんだけどさ…飛べないんだ。おまけに囀ずることもできないし、ご覧の通り醜いからさ…」
「そんなことないわ。フィーカは自分の美しさを知らないだけよ」
「そうかなぁ?でも私たち、何となく似てると思うからさ。私を、あんたの最期にふさわしい友達にしてよ」
こういう時、人間なら手を差しのべるんだろうけど、私は小鳥。そっと頭を差し出すと、アンバーはひらひらとそこに乗ってきた。
「そういうことなら…勿論構わないわ。フィーカ、よろしくお願いするね」
「うん。よろしく」
触覚を揺らすアンバーを頭に乗せて、私はベタベタする足で駅のホームを歩み始めた。
◇
あれはなに?
あれは時計塔さ。時間を知らせてくれるのよ。
じゃああれは?
あれは電光掲示板さ。皆が知りたいことを、すぐに知らせてくれるのよ。
それじゃあ…あれは?
あれは寝台特急さ。快適な旅を届けてくれる、夢のような乗り物よ。
ふぅん…。それじゃあ…そこにあるのは?
そこにあるの?あれは………。
……あれ?あれは一体……なんなんだ?
ガサゴソと動く、小さな白い箱。
灰色の棘の絵が描かれていて、中にあるのは…。
青い、花。
◇
パリパリと青い花を貪る、一匹のハリネズミがそこにいた。
駅構内のゴミ箱の脇にいたそれは、白い箱のなかで青い花を食べながら、ごろんごろんとのたうち回っていた。
「なにしてるの?」
私がとうと、ハリネズミは手足をじたばたさせた。
「箱から出してほしいんじゃないかしら?」
アンバーがひらひらと翅をはためかせ、ハリネズミの足の上に舞い降りた。
「こんにちは。ここで何をしているのかしら?」
アンバーが問うと、ハリネズミはぎょっとして体を丸めた。箱の底に顔をうずめて、針の山になっている背中をこちらにむける。背を向けられたので、アンバーが私のそばに舞い戻ってきた。
「あら?恥ずかしがり屋さんかしら?」
「そうみたい…?だね」
ハリネズミは背を向けたまま、花を食べ続けた。
「花食べてるけど、美味しいのかな…」
心配そうにつぶやくと、アンバーが合いの手をいれてくれる。
「花の蜜はとても美味しいわよ。花そのものの味はわからないけど」
「そっか、アンバーは花の蜜がご飯なんだね。あ、私ブルーベリーが好きなんだ」
「ブルーベリーって、あの青くて綺麗な実のことよね?とても甘くて美味しいって聞いたわ!」
わいわいと女子同士の話で盛り上っていると、ハリネズミがちらりとこちらを見た。
「おっ」
目があったので何か話題を出そうとしたけど、ハリネズミは目があうなり、また慌てて背を向けた。
「もしかして、五月蝿かった?」
「…そんなことないよ」
私が問うと、ハリネズミは口を開いた。
「ごめん…僕は臆病者なんだ」
残っていた花をすべて咀嚼し終えると、ハリネズミは体を伸ばして此方に近づこうとする。しかし箱に高さがあるのか、なかなか箱から出られない。
「手貸そうか?」
「お、お気になさらず…って、うわぁ!」
ハリネズミがじたばたしていると、箱がコテンッと傾いた。
ハリネズミは少し恥ずかしそうに、そこから這い出てきた。
「えっと……」
ハリネズミが私とアンバーを交互に見た。
「私、フィーカ。こっちはモンシロチョウのアンバー」
「アンバーよ。あなたのお名前は?」
それぞれ名乗ると、ハリネズミはもじもじし出した。
「な、名前…?えっと……この間までは、カリソンって呼ばれてた…」
妙な名乗られ方をされて、首をかしげた。
「じゃあ今の名前は?」
「今の名前?………わかんない」
自信無さそうに言うと、彼は身を丸めて地に伏せた。
「…おうちを出ていったから、名前を名乗っていいのか、わからないんだ」
「あら、あなた捨てられたの?」
アンバーが心配そうにハリネズミに近づく。ハリネズミはそれに気づくと、地に伏せたままずるずると後ろへと下がろうとした。アンバーはめげずにハリネズミに近づき、私はその後ろについていく。
「違、違うんだ…。僕から出ていった…僕は皆を傷つけてしまうから…」
ハリネズミは後ろへと下がっていくのをやめると、しくしくと泣き始めた。
「何があったのよ」
励ますように問いかけ、涙を拭うかわりに体を側によせた。すこしチクチクした感触が気になるけど、彼はこういう生き物だから仕方ない。アンバーもハリネズミの頭の上に移動し、二人で彼の話を聞くことにした。
「僕は、お屋敷のペットとして飼われてたんだ。奥様が焼いてくれた『カリソン』が好きで、それをつまみ食いしてたら、いつの間にか『ハリネズミのカリソン』って呼ばれるようになってたんだ」
ハリネズミのカリソンは、少し嬉しそうに語った。
「晴れた日には日向ぼっこ、雨の日は子供たちと遊んだんだ。僕のこと、かわいいかわいいっていってくれたの、凄く嬉しかったんだ。皆僕のことを大事にしてくれてる。それだけで幸せだったんだ」
「へぇ、結構愛されてたんだ」
少しだけわざと嫌みっぽく言ってみたのに、カリソンはポリポリと頬をかいた。
「そ、そうかな…?奥様は、僕のために毎日お菓子を焼いてくれたし…。子供たちは、いつも僕の側にいてくれた。正直自分より大きい『人』が怖いと思ったこともあったけど、お屋敷で暮らしてた時は、凄く楽しくて…幸せだった」
目を閉じると、彼がお屋敷で楽しそうに過ごしている光景が浮かんできた。
「でもどうして?どうしてその幸せを手放してしまったの?」
アンバーが不思議そうに問う。
「だって、奥様や子供たちは優しい人たちだったんでしょ?」
アンバーは、カリソンがどうして自分から出ていったのかが理解出来ず、納得がいかないといわんばかりに彼に詰め寄った。
「えっと…それは、僕が『針』を背負っているからだよ」
「『針』って…その背中のこと…?」
「そう」
私がカリソンの背中に目を向けると、彼はため息をついた。
「僕はハリネズミ。背中に針を背負っている。この針は、人を傷つけてしまうものなんだ」
「『皆を傷つけてしまう』って、そういうこと?」
ここで私は、カリソンが出ていった理由がなんとなくわかった。
「そういうことだよフィーカ。これはこの間起きたことなんだけど、僕はいつも通り子供たちと遊んでいたんだ。木登りをしていた一人の子供を、僕は地上からじっと見上げていた。どんどん上へと登っていこうとしていた彼は、途中で足を滑らせて、木から落っこちたんだ。それがちょうど僕がいるところにめがけてさ」
「まぁ!それじゃあカリソンがぺっちゃんこになるじゃない!」
アンバーが目を丸くして、触覚をピンと張った。
「まぁそうだね。でも僕は無傷だった。代わりに落っこちてきた子の足が…着地先にいた僕の背中の針に、刺さっちゃってさ」
背中を丸めて、カリソンは暗い表情をみせた。
「落ちた衝撃と、針が刺さった痛みで、その子が大泣きしちゃって…しばらく歩けなくなっちゃったみたい」
カリソンの言葉に、私とアンバーは言葉を失っていた。
「僕、それで人が怖くなっちゃって…また誰か傷つけてしまうまえに、おうちを出ていこうと思ったんだ…」
カリソンがひとしきり語り合えると、私とアンバーは彼の頭に自分の頭を擦り付けた。人間でいうところの、頭を撫でるような感じのやつね。
「僕さぁ…一人になるのが、一番嫌いなんだ…。僕は臆病だから、誰かと一緒じゃないと上手く生きていける自信が無いんだ。…背中に針を背負っていなければ、誰かを傷つけるんじゃなくて、誰かに抱き締めて貰えたのかな…」
カリソンはぼろぼろと涙を流し始めた。
「カリソン…カリソンは悪くないさ…ね、アンバー」
「そうよ…。貴方は優しすぎるのよ。自分を責めちゃだめ」
アンバーは思い立ったかのように、改札の側においてあった鉢植えのもとまで飛んでいった。そして、鉢植えから生えていた四つ葉のクローバーを引きちぎろうとしていた。
「アンバー、手をかそうか?」
「えぇ、お願い。私だけじゃ厳しいわ」
アンバーに頼まれ、私もてちてちと鉢植えのほうまで歩いていった。カリソンも不安そうな顔で辺りを見渡しながら、私の後ろについていく。
動かない羽を懸命に伸ばし、アンバーと共にクローバーを引っぱる。ブチッ!という音と共に引きちぎられたクローバーをみて、アンバーはそれを手にとって、カリソンに手渡した。
「くれるの?」
カリソンはアンバーとクローバーを交互に見た。
「えぇ。私とフィーカからのプレゼント」
アンバーが私に向かってウインクをした。
「んまぁ、そういうことにしておきなよ」
ちょっと照れ臭いながらもそう言うと、カリソンはクローバーを手に、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう…嬉しいよ」
そういいながらカリソンは、はぐはぐとクローバーの茎をかじり始めた。カリソンはどちらかと、うさぎみたいだなぁと私は思った。
「いいのよ。私も寂しがり屋だから、仲良くしない?フィーカがね、私の最期にふさわしい友達になってくれるって。良かったらあなたもどう?」
アンバーの提案に、カリソンは不思議そうにこちらをみた。
カリソンは背中をまた丸めると、静かに首を横に振った。
「素敵なアイデアだけど、僕じゃ駄目だ」
「あら、どうして?」
アンバーはカリソンの顔を覗き込む。詰め寄ってくるアンバーに戸惑いながら、カリソンはため息をついた。
「最期にふさわしい友達じゃ、駄目だ…。最期にふさわしい友達じゃなくて、最期まで信頼しあえる友達ならいいよ。その誘いかたじゃ、看取ってくれる人を探しているようじゃないか…」
カリソンは両手で顔を覆った。
「私、死にたいの。死んで生まれ変わって、アゲハチョウになりたいの」
一呼吸おいてアンバーは告げた。
「………は?」
信じられない、と言わんばかりにカリソンが顔をあげる。アンバーは触覚を揺らしてうつむく。
「何だよ、何だよそれ…何でそんな…」
何て言おうかわからなくなりながらも、カリソンはアンバーに反論しようとした。
「カリソン、これは私の夢なの。私の夢は、一度死なないと叶わないの」
「わかんないよ…なに………?何をいってるの?」
混乱するカリソンに、私はアンバーの生い立ちについて話した。
アンバーの生い立ちを聞いたカリソンは、力なく背を向けた。
「何で……アンバーはそのままでも十分魅力的だろうに……」
「私もそう思うんだけど、これがアンバーなりの夢の叶えかただからさぁ…」
「………」
ひらひらと舞うアンバーを、カリソンはじっと見上げる。
「カリソンは、夢とかあるの?」
私がとうと、カリソンは目を閉じて頷いた。
「…抱き締めて貰うのが夢だよ。こんな体だから、かないっこないけども」
「へぇ、いい夢じゃん」
「フィーカは?夢はあるの?」
「私?あー…………なんだろ、特にないや」
思い返して見たけど、私は囀ずることも飛ぶことも出来ない、魅力のない小鳥。夢を抱いた試しがない。
「いっそのこと、人生をやり直したら見つかるのかな、夢」
私が呟くと、カリソンはどんどん険しい顔になっていった。
「…僕は誰かを失うくらいなら、夢なんて叶わなくてもいいし、見つからなくてもいいと思う」
「カリソン?」
「……ごめん、酷いことを言っちゃったね。僕、もう行くよ」
カリソンはクローバーをくわえると、とぼとぼと何処かへ去っていった。
私とアンバーは追いかけることなく、カリソンの背中をじっと見送った。
それからというもの、私はアンバーと二人で数日を過ごしていた。だんだん駅に寄り付く人がいなくなって、花壇の花もしおれていった。冬が近づいてきているのか、最近アンバーの飛びかたがままらなくなってきていた。
「アンバー大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。フィーカは?」
「私は平気。それにしても、最近雲が厚いせいで、なかなか太陽が見えないわね」
「そうね…。はぁ…」
アンバーは深いため息をついた。
「ねぇ、フィーカ。カリソンは今頃元気にしてるかしら…?」
「うーん…わかんない。まぁでも、元気にしてたらいいね」
そんなことを話していると、突風が吹いてきた。ヒュン!という音と共に、突風がアンバーを連れ去っていく。
「アンバー!!」
「フィーカ!!」
穴があいた翅では、風に逆らえない。あっけなく風にさらわれたアンバーは、これがきっかけで私の前に姿を現すことがなくなった。
突風が止んだ後、雲は綺麗さっぱりなくなり、太陽が丸裸になる。アンバーの影が太陽に飲み込まれるような、そんな瞬間的が見えたような気がした。
不思議とその光景がとても眩しくて、綺麗だと思った。
アンバーが消えてから数ヶ月後。人がいなくなった駅に、大きなショベルカーが突っ込んできた。コンクリートの上を歩いていたアリたちが逃げ惑い、花壇の花は次々と根から引きちぎられた。
私はその光景を呆然と見ていた。あぁ、やっと壊れるのか。割れていくコンクリートの床と、埃まみれになる改札だったもの。
醜い私は、埃を被るたびにコンクリートと同化していく。
「私、元々の羽の色何色だっけなぁ…」
そんなことを考えていると、唐突に羽を引っ張られた。
「うわっ!?」
引っ張られながら、私は駅から引き離される。ふと振り向いてみると、そこには見覚えのある顔があった。
「カリソン?!」
そう、あのカリソンだ。カリソンは私を安全な場所に連れていくなり、声をあげた。
「何でまだあんなところにいたの!」
「えっ、いや…なんとなく?てか、カリソンこそなんであんなとこにいたの?」
私が問うと、カリソンは呆れたように答えた。
「この間歩いてたらさ、アゲハチョウの幼虫に出会ったんだよ。幼虫がさ、僕を見つけるなりこう言ってきたんだ。何だと思う?『よく覚えてないけど、友達が駅と共にいなくなろうとしてるから、迎えにいってほしい』だって!」
アゲハチョウの幼虫と聞いて、思わずはっとした。
「その幼虫って、まさか…!」
「あぁ、多分その『まさか』さ。とにかく来て、いなくなるなんて許さない」
カリソンが手招きすると、私は足を動かした。あぁ、やっぱり飛べないのは不便だ。羽が動かせたら、今すぐにでもカリソンをつれていく、あの子のもとまで飛んでいけるのに。
「フィーカ!」
「な、なに?!」
名前を叫ばれて我にかえると、いつの間にかカリソンの目の前に大きな蛇が立ちはだかっていた。
「いい?僕が気をそらしているうちに、フィーカは東にある海岸へ向かって。海岸の近くに花畑がある。彼女はそこにいる。いいね?」
「カリソンだけじゃ危ないわよ!」
「僕のことはいい!!言っただろ『僕は誰かを失うくらいなら、夢なんて叶わなくてもいい』って」
「カリソン…」
「さぁ行って。僕は背中に針を背負っているんだぞ」
カリソンに促されて、私は東へと向かった。振り向かずに、私は前だけを見て走る。時々後ろからカリソンの悲鳴らしきものが聞こえた気がしたが、私は進んだ。
カリソンは臆病者なんかじゃないと、私は思った。
夜。ひたすら走っていた私は、迷いながら海岸近くの花畑へとたどり着くことが出来た。花畑には色とりどりの花が眠りについていた。
ふと、とある蛹が目についた。
「アンバー…?」
恐る恐る声をかけたが、反応はなかった。
「……私だよ、フィーカ。蛹になったってことは、次は蝶になるのかな」
生ぬるい風がふく。カリソンは今頃大丈夫なのだろうか。
「…綺麗な蝶になったら、私とまた友達になってよね。それまでに私は……そうね、ちゃんと飛べるようにしておかないと」
パタパタと羽を動かしてみると、ギシギシとぎこちない音がした。
その時だった。
ぐしゃ!!という音が聞こえたと同時に、私の羽が片方千切れた。羽があったところから血が流れ、突然のことに目を見開くことしか出来ない。
振り向くと、私の羽を食いちぎったであろう蛇がこちらを睨んでいた。蛇は羽だけじゃ物足りないらしく、さらに私に襲いかかろうとしてきた。
そのあとのことは覚えていない。
気づいたら両方の羽と足がなくなっていた。誰かが私を引きずって、土に埋めようとしていた。
「フィーカ、ごめんね…。助けてあげられなくて」
聞きなれた声がした。ゆっくりと目を開けると、片腕と片耳を食いちぎられたであろう、見慣れたハリネズミがそこにいた。
「カリソン…?」
掠れた声で名前を呼ぶと、カリソンは目を丸くした。
「フィーカ!!あぁ、よかった…よかった……生きてた……てっきり、もう駄目かと思ってた…」
カリソンは涙を流してうずくまった。
「カリソン…その腕と耳、どうしちゃったの?」
「蛇にやられちゃったんだ…。なんとか逃げてきたんだけど、あの蛇、一匹だけじゃなかったみたい。フィーカが襲われてたから、助けようと思って頑張ったんだ。頑張ったんだけど…」
カリソンはとある方向を指さした。そちらに視線をやると、無残に潰されたアゲハチョウの姿があった。翅はもげ、胸がえぐれ、腹から液体が流れていた。
「ちょうど蛹からかえったところだったんだ。そしたらこの子が、僕とフィーカの身代わりになってくれたんだ」
アゲハチョウの亡骸を、私はじっと見つめた。
「…あの子、なんかいってた?」
「うん。『私のことはいいから、その子を助けてあげて。私その子と、友達になる約束をしてた気がするの』って…」
「あぁ…」
彼女はアンバーだったのかもしれない。アンバーは身を削って、私とカリソンを助けてくれたのだ。
「カリソン、あの子を土に埋めてあることはできる?」
「…やってみるよ」
カリソンは慎重に彼女の翅をつまみ、出来るだけ傷つけないように土の上へと乗せた。もはやもげていない方の翅しか原型はとどめていないが、カリソンは丁寧に彼女の亡骸に土をかけた。
「綺麗な蝶になったんだね、アンバー…」
私が語りかけると、カリソンは近くにあった花を引っこ抜いた。それを土の上に乗せて、彼はそっと祈りを捧げた。
その姿を見届けた後、だんだん瞼が重たくなってきた。
「あぁだめ…私ももうここでおしまいだなぁ…」
そんなことを呟くと、カリソンが私の体をゆする。
「だめだフィーカ!しっかりするんだ!まだ死んでない、諦めないでくれ!」
「そんなこと言われたって、もう私、動けないもん…」
「僕が手伝ってあげる!だから…生きよう?」
カリソンが叫ぶが、私の意識はどんどん遠退いていく。
「ごめんねカリソン。今度はすっごくイケてる鳥になってみせるから、そんときがきたら遊んでね…」
そうして私は目を閉じる。ゆっくりと今までの記憶が逆再生されていき、カリソンの声も徐々に消えていこうとする。
「当……たり前じゃないか!!僕とフィーカとアンバーは、何度生まれ変わっても友達でいるんだから…!だから…」
その先カリソンが何て言ったのかはわからない。
ただ、最後に暖かい何かが、私の胸に落ちてきた気がした。
時は流れ、20年後。
アリの隊列を辿り、青い花を手にした少年が歩く。少年の肩には、とても綺麗なアゲハチョウが止まっていた。それをみて少年は「今日も来てくれたの?」と微笑んだ。
少年は生まれつき、片耳が聞こえない上に、片腕がなかった。けれど少年にとっては、そんなことはたいしたことではなかった。
アリの隊列を辿り、アゲハチョウをつれた少年が訪れたのは、とある湖だった。少年は湖に花を投げ入れると、空から一羽の白鳥がやって来た。
白鳥は花をくわえると、何処かへと飛び去っていく。アゲハチョウもそれについていくように、少年の肩から空へと飛びたった。
少年はそれを見上げると、愛おしそうに呟くのだった。
「とても綺麗だね、フィーカ、アンバー」と。