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最期の友人

全体公開 12223文字
2020-02-02 19:53:36

 はしがき
 
 この駄作は、私が私の意思で書いたものです。
 私には兄と妹がいたのですが、兄は幼い頃に誘拐され、妹は少し前に樹海で死にました。兄は誘拐されて数年後に帰ってきましたが、そんな彼を受け入れてくれる場所は、もうどこにもなかったのです。
 阿久津様から平手打ちをうけた従兄は、私のせいじゃないと言っては、一人で責任感を背負って今も生きています。
 違うんです、全部私のせいなんです。
 これは、私の罪滅ぼしです。駄作だろうがなんだろうが、私が書こうと思ったものを遺して、私はこの世から消えようと思います。
 そのために髪を切り、自分が書いた証として血を残しました。
 これが私なりの『けじめ』です。
 
 友人の結婚式に行きたかったのに、友人を仮死状態にしたのは、私が悪い子になったからです。私がいい子だったら、私がお人形さんだったら、こうはならなかったと思います。
 けれどそう思っても、もう手遅れです。
 
 花宮治様、ならびに真於様。そして、搭乗人物の皆様。
 もう私は、二度と小説を書きません。期待に応えられなくてごめんなさい。
 書き手として、ブーケエクスプレスの車掌として、皆様に出会えたことへの感謝をこめて。
 『日嘆メイズ』は、今日限りで活動を停止いたします。
 
 この作品は、後々駄作として燃やされるでしょう。
 けれど、いいんです。むしろそうしてください。そのかわり、お願いがあります。

 どうか私の愛しい搭乗人物たちに、この物語を届けてください。満足のいく結末には仕上がりませんでしたが、これが私の作品だということを、知って欲しいのです。
 身勝手な私を許さないでください。
 
 最後に一つだけ。
 
 あなたにとって『理想の最期(ハッピーエンド)』って、何ですか?


 
 
 
 
 
 
 
 
 私を、あなたの最期にふさわしい友人にしてくれませんか?
 
 
 
 
 
 
 
 


 生まれたときから「お前の声は醜い」と蔑まれていた。だから囀ずることを諦めた。そして自分に声があったことを、なかったことにした。
 幼いころから「お前の羽は小さすぎる」と幻滅されていた。だからこの小さな羽が目立たないように、空を飛ぶことをやめた。そして空の飛び方を忘れた。
 大人になっても「お前の体の色は汚い」と囁かれていた。だから「いっそどうなってもいいや」って気持ちで、雨に打たれて過ごすようになった。そして元の色がわからないくらい、泥だらけになった。
 
 わたしの名前はフィーカ。泥まみれの体と醜い声を持つ、飛べない小鳥さ。
 


 ◇
 ここはもうすぐ更地にされる予定の駅。コンクリートで出来た駅のホームを歩きながら、この駅と一緒にいなくなろうとしてる。ガタンゴトンという音をたてて列車は通りすぎていくが、この光景もあと少しで消える。
 地面には人間が落としていったであろう、ブルーベリーのロリポップキャンディが落ちていた。舐めかけていたところを落としたのか、唾液と熱によってとけていった甘い汁が、コンクリートに染み込んでいく。蟻たちは一列で行進しながら、そこを目指していく。わたしは蟻たちの行進の、最後尾についた。
 わたし、ブルーベリーが好きなの。それになんとなく、この列についていきたかったの。ちょっとしたお遊び程度にね。
 「逃げろ!小鳥だ!」
 わたしを見るなり、蟻たちが隊列を乱して逃げ惑う。歩幅が小さい癖に、とっさの隊列崩しに戸惑ってしまう。
 「わっとっと。急に列を乱さないで!わわわっ!」
 歯止めが効かないわたしの足は、蟻たちを乱雑に踏み潰していく。羽で己の体をコントロール出来るわけもなく、そのままキャンディに追突した。
 「痛い」
 頭の毛に、キャンディがまとわりつく。頭がベタついて気持ち悪い。ただでさえ泥だらけなのに、甘ったるい匂いを纏うと、まるで歩く生ゴミみたい。
 「ごめんね、みーんな踏み潰しちゃった」
 ぺちゃんこになった蟻たちを避けて、わたしはこの先にある改札へと向かった。足にも甘い汁がついたせいか、ベタベタした足跡を、コンクリートの上に刻んでいく。冷たい風がヒューッと入ってくるたびに、わたしは身震いをしてしまう。
 


 ふと、蛍光灯からジジジという音が聴こえてきた。天井を見上げると、翅に穴があいたモンシロチョウが、蛍光灯に触れようとしていた。
 「おーい!そんなとこにいたら、焦げちゃうわよー!」
 私が地上から声をかけると、モンシロチョウは落ち葉みたいにふらふらと落っこちてきた。
 「おっとっと
 なんとか受け止めようと、モンシロチョウの着地地点に向かう。ペタペタする足の裏のせいで、歩くと何となく気持ち悪い。
 落っこちてきたモンシロチョウを背中で受け止めると、そのままスッと地面に下ろしてあげた。モンシロチョウは触覚をうねらせると、穴があいた翅を休める。モンシロチョウは、歩く生ゴミみたいな小鳥(わたし)を見ても、臆することは全くなかった。
 「あんなところで何してたの?」
 掠れた声で訊ねると、モンシロチョウは告げた。
 「太陽に、触れたかったのよ」
 「太陽?」
 「そう。太陽は眩しくて、暖かいから。それに触れれば、生まれ変われると思ったの」
 何だか奇妙なことをいうモンシロチョウだ。
 「あなたは小鳥?」
 「そう。フィーカよ。そっちは?」
 「アンバー」
 アンバーはパタパタと翅を動かした。
 「私ね、アゲハチョウになりたいの」
 アンバーの穴のあいた翅から、ヒューヒューと風が吹き込んでくる。アンバーは風に拐われそうになりながら、語り始めた。
 「昔、蝶の標本を作ろうとした人間が、私を捕まえようとしたことがあるの。その時にね、言われたの。何て言われたと思う?」
 風に逆らいながら問うアンバーに、私は首を傾げた。
 「わかんないや。何て言われたの?」
 「『魅力が無い』ですって」
 「えぇ~?捕まえようとしておいて、その発言は無いわぁ
 私が言うと、アンバーは自嘲した。
 「私ね、翅が生えてすぐに、人間の子供に捕まったことがあるの。夏休みの宿題で『昆虫のスケッチをしなさい』っていうのが、人間にはあるらしいの」
 夏休みの宿題と聞いて、私も近くの学校に通う人間の子供たちの、スケッチのモデルをやっていたことを思い出した。スケッチをして、生き物のことを知ろうという主旨なのだろうか。
 「それでね『動くとスケッチ出来ないから』って理由でね翅を釘で刺されて、それを油粘土に打ち付けられたの」
 それを聞いて、私は思わず目をつむった。翅を釘で刺されて、何処にも飛べずにじたばたするアンバーの姿を想像した。
 「だから翅に穴が
 目をあけてアンバーの翅をじっと見つめると、穴があいているふちのところが、錆びたような色をしていることに気づいた。
 「そうなの。それにね、子供たちのほんとの狙いは、モンシロチョウじゃなくて、アゲハチョウだったの。アゲハチョウの方が綺麗だからって。モンシロチョウよりも、アゲハチョウのほうが、スケッチのしがいがあるって」
 アンバーはコンクリートから生えていた花を見つけ、その蜜を吸いに向かった。私もそれについていきながら、話を続けた。
 「じゃあ、なんでモンシロチョウを?」
 「私のほうが捕まえやすかったからみたいよ。大人になって間もなかった私は、まだ飛び方もままならなくて。子供たちはアゲハチョウを追っていたけど、なかなか見つからなかったみたい」
 花に顔を埋め、羽ばたきながらアンバーが蜜を吸う。 彼女のその仕草は、とても上品だった。
 


 「宿題を早く終わらせるために、たまたまそこにいたアンバーを捕まえたってことかぁ」
 「きっとそうね。何だか同じ蝶なのに、見た目だけで魅力の有り無しを決められたのが、凄く悔しかったの」
 花の蜜を吸い終わったアンバーは、私の頭の上に舞い降りた。
 「だから、生まれ変わるならアゲハチョウになりたいの。魅力のある蝶になりたいの
 ここまでのアンバーの話をきいて、私はふとある疑問が浮かんだ。
 「ねぇ、アンバー。あんた、さもしかしてさっき、死のうとしてた?」
 恐る恐る問うと、アンバーは触覚を揺らした。
 「このままじゃ私はモンシロチョウのままだから。生まれ変われるのなら、太陽の光と熱に抱かれて死にたかったの」
 「でもあれ、蛍光灯だったけど
 「そうみたいね。けど、私の翅じゃ太陽まで飛んでいけないから」
 なんとなく納得したような、しないような。アンバーは変わり者だなと思ったけど、話すのは面白い。
 「アンバーってさ、おしゃべりするの好きなんだ?」
 パタパタと羽を動かすと、パキパキという音がした。やっぱり私の羽は錆びてしまったようだ。
 「おしゃべりは好きよ。私ね、誰かとおしゃべりしないと、人恋しくなってダメになっちゃうの」
 「そうなんだ
 自殺願望とアゲハチョウになりたい願望を持つ、寂しがり屋なおしゃべりモンシロチョウか。個性的だ。
 「ねぇ、アンバー。 あんたが生まれ変わるならさ、私その瞬間に立ち会いたいんだけど」
 私の急なお願いに、アンバーの触覚がピンッ!と立った。
 「私も小鳥なんだけどさ飛べないんだ。おまけに囀ずることもできないし、ご覧の通り醜いからさ
 「そんなことないわ。フィーカは自分の美しさを知らないだけよ」
 「そうかなぁ?でも私たち、何となく似てると思うからさ。私を、あんたの最期にふさわしい友達にしてよ」
 こういう時、人間なら手を差しのべるんだろうけど、私は小鳥。そっと頭を差し出すと、アンバーはひらひらとそこに乗ってきた。
 「そういうことなら勿論構わないわ。フィーカ、よろしくお願いするね」
 「うん。よろしく」
 触覚を揺らすアンバーを頭に乗せて、私はベタベタする足で駅のホームを歩み始めた。
 


 ◇
 あれはなに?
 
 あれは時計塔さ。時間を知らせてくれるのよ。
 
 じゃああれは?
 
 あれは電光掲示板さ。皆が知りたいことを、すぐに知らせてくれるのよ。
 
 それじゃああれは?
 
 あれは寝台特急さ。快適な旅を届けてくれる、夢のような乗り物よ。
 
 ふぅん。それじゃあそこにあるのは?
 
 そこにあるの?あれは………
 
 ……あれ?あれは一体……なんなんだ?
 
 ガサゴソと動く、小さな白い箱。
 灰色の棘の絵が描かれていて、中にあるのは
 
 青い、花。
 


 ◇
 パリパリと青い花を貪る、一匹のハリネズミがそこにいた。
 駅構内のゴミ箱の脇にいたそれは、白い箱のなかで青い花を食べながら、ごろんごろんとのたうち回っていた。
 「なにしてるの?」
 私がとうと、ハリネズミは手足をじたばたさせた。
 「箱から出してほしいんじゃないかしら?」
 アンバーがひらひらと翅をはためかせ、ハリネズミの足の上に舞い降りた。
 「こんにちは。ここで何をしているのかしら?」
 アンバーが問うと、ハリネズミはぎょっとして体を丸めた。箱の底に顔をうずめて、針の山になっている背中をこちらにむける。背を向けられたので、アンバーが私のそばに舞い戻ってきた。
 「あら?恥ずかしがり屋さんかしら?」
 「そうみたい?だね」
 ハリネズミは背を向けたまま、花を食べ続けた。
 「花食べてるけど、美味しいのかな
 心配そうにつぶやくと、アンバーが合いの手をいれてくれる。
 「花の蜜はとても美味しいわよ。花そのものの味はわからないけど」
 「そっか、アンバーは花の蜜がご飯なんだね。あ、私ブルーベリーが好きなんだ」
 「ブルーベリーって、あの青くて綺麗な実のことよね?とても甘くて美味しいって聞いたわ!」
 わいわいと女子同士の話で盛り上っていると、ハリネズミがちらりとこちらを見た。
 「おっ」
 目があったので何か話題を出そうとしたけど、ハリネズミは目があうなり、また慌てて背を向けた。
 「もしかして、五月蝿かった?」
 「そんなことないよ」
 私が問うと、ハリネズミは口を開いた。
 「ごめん僕は臆病者なんだ」
 残っていた花をすべて咀嚼し終えると、ハリネズミは体を伸ばして此方に近づこうとする。しかし箱に高さがあるのか、なかなか箱から出られない。
 「手貸そうか?」
 「お、お気になさらずって、うわぁ!」
 ハリネズミがじたばたしていると、箱がコテンッと傾いた。
 ハリネズミは少し恥ずかしそうに、そこから這い出てきた。
 「えっと……
 ハリネズミが私とアンバーを交互に見た。
 「私、フィーカ。こっちはモンシロチョウのアンバー」
 「アンバーよ。あなたのお名前は?」
 それぞれ名乗ると、ハリネズミはもじもじし出した。
 「な、名前?えっと……この間までは、カリソンって呼ばれてた
 妙な名乗られ方をされて、首をかしげた。
 「じゃあ今の名前は?」
 「今の名前?………わかんない」
 自信無さそうに言うと、彼は身を丸めて地に伏せた。
 「おうちを出ていったから、名前を名乗っていいのか、わからないんだ」
 「あら、あなた捨てられたの?」
 アンバーが心配そうにハリネズミに近づく。ハリネズミはそれに気づくと、地に伏せたままずるずると後ろへと下がろうとした。アンバーはめげずにハリネズミに近づき、私はその後ろについていく。
 「違、違うんだ。僕から出ていった僕は皆を傷つけてしまうから
 ハリネズミは後ろへと下がっていくのをやめると、しくしくと泣き始めた。
 「何があったのよ」
 励ますように問いかけ、涙を拭うかわりに体を側によせた。すこしチクチクした感触が気になるけど、彼はこういう生き物だから仕方ない。アンバーもハリネズミの頭の上に移動し、二人で彼の話を聞くことにした。
 


 「僕は、お屋敷のペットとして飼われてたんだ。奥様が焼いてくれた『カリソン』が好きで、それをつまみ食いしてたら、いつの間にか『ハリネズミのカリソン』って呼ばれるようになってたんだ」
 ハリネズミのカリソンは、少し嬉しそうに語った。
 「晴れた日には日向ぼっこ、雨の日は子供たちと遊んだんだ。僕のこと、かわいいかわいいっていってくれたの、凄く嬉しかったんだ。皆僕のことを大事にしてくれてる。それだけで幸せだったんだ」
 「へぇ、結構愛されてたんだ」
 少しだけわざと嫌みっぽく言ってみたのに、カリソンはポリポリと頬をかいた。
 「そ、そうかな?奥様は、僕のために毎日お菓子を焼いてくれたし。子供たちは、いつも僕の側にいてくれた。正直自分より大きい『人』が怖いと思ったこともあったけど、お屋敷で暮らしてた時は、凄く楽しくて幸せだった」
 目を閉じると、彼がお屋敷で楽しそうに過ごしている光景が浮かんできた。
 「でもどうして?どうしてその幸せを手放してしまったの?」
 アンバーが不思議そうに問う。
 「だって、奥様や子供たちは優しい人たちだったんでしょ?」
 アンバーは、カリソンがどうして自分から出ていったのかが理解出来ず、納得がいかないといわんばかりに彼に詰め寄った。
 「えっとそれは、僕が『針』を背負っているからだよ」
 「『針』ってその背中のこと?」
 「そう」
 私がカリソンの背中に目を向けると、彼はため息をついた。
 「僕はハリネズミ。背中に針を背負っている。この針は、人を傷つけてしまうものなんだ」
 「『皆を傷つけてしまう』って、そういうこと?」
 ここで私は、カリソンが出ていった理由がなんとなくわかった。
 「そういうことだよフィーカ。これはこの間起きたことなんだけど、僕はいつも通り子供たちと遊んでいたんだ。木登りをしていた一人の子供を、僕は地上からじっと見上げていた。どんどん上へと登っていこうとしていた彼は、途中で足を滑らせて、木から落っこちたんだ。それがちょうど僕がいるところにめがけてさ」
 「まぁ!それじゃあカリソンがぺっちゃんこになるじゃない!」
 アンバーが目を丸くして、触覚をピンと張った。
 「まぁそうだね。でも僕は無傷だった。代わりに落っこちてきた子の足が着地先にいた僕の背中の針に、刺さっちゃってさ」
 背中を丸めて、カリソンは暗い表情をみせた。
 「落ちた衝撃と、針が刺さった痛みで、その子が大泣きしちゃってしばらく歩けなくなっちゃったみたい」
 カリソンの言葉に、私とアンバーは言葉を失っていた。
 「僕、それで人が怖くなっちゃってまた誰か傷つけてしまうまえに、おうちを出ていこうと思ったんだ
 カリソンがひとしきり語り合えると、私とアンバーは彼の頭に自分の頭を擦り付けた。人間でいうところの、頭を撫でるような感じのやつね。
 「僕さぁ一人になるのが、一番嫌いなんだ。僕は臆病だから、誰かと一緒じゃないと上手く生きていける自信が無いんだ。背中に針を背負っていなければ、誰かを傷つけるんじゃなくて、誰かに抱き締めて貰えたのかな
 カリソンはぼろぼろと涙を流し始めた。
 「カリソンカリソンは悪くないさね、アンバー」
 「そうよ。貴方は優しすぎるのよ。自分を責めちゃだめ」
 アンバーは思い立ったかのように、改札の側においてあった鉢植えのもとまで飛んでいった。そして、鉢植えから生えていた四つ葉のクローバーを引きちぎろうとしていた。
 「アンバー、手をかそうか?」
 「えぇ、お願い。私だけじゃ厳しいわ」
 アンバーに頼まれ、私もてちてちと鉢植えのほうまで歩いていった。カリソンも不安そうな顔で辺りを見渡しながら、私の後ろについていく。
 動かない羽を懸命に伸ばし、アンバーと共にクローバーを引っぱる。ブチッ!という音と共に引きちぎられたクローバーをみて、アンバーはそれを手にとって、カリソンに手渡した。
 「くれるの?」
 カリソンはアンバーとクローバーを交互に見た。
 「えぇ。私とフィーカからのプレゼント」
 アンバーが私に向かってウインクをした。
 「んまぁ、そういうことにしておきなよ」
 ちょっと照れ臭いながらもそう言うと、カリソンはクローバーを手に、柔らかく微笑んだ。
 「ありがとう嬉しいよ」
 そういいながらカリソンは、はぐはぐとクローバーの茎をかじり始めた。カリソンはどちらかと、うさぎみたいだなぁと私は思った。
 「いいのよ。私も寂しがり屋だから、仲良くしない?フィーカがね、私の最期にふさわしい友達になってくれるって。良かったらあなたもどう?」
 アンバーの提案に、カリソンは不思議そうにこちらをみた。
 


 カリソンは背中をまた丸めると、静かに首を横に振った。
 「素敵なアイデアだけど、僕じゃ駄目だ」
 「あら、どうして?」
 アンバーはカリソンの顔を覗き込む。詰め寄ってくるアンバーに戸惑いながら、カリソンはため息をついた。
 「最期にふさわしい友達じゃ、駄目だ。最期にふさわしい友達じゃなくて、最期まで信頼しあえる友達ならいいよ。その誘いかたじゃ、看取ってくれる人を探しているようじゃないか
 カリソンは両手で顔を覆った。
 「私、死にたいの。死んで生まれ変わって、アゲハチョウになりたいの」
 一呼吸おいてアンバーは告げた。
 「………は?」
 信じられない、と言わんばかりにカリソンが顔をあげる。アンバーは触覚を揺らしてうつむく。
 「何だよ、何だよそれ何でそんな
 何て言おうかわからなくなりながらも、カリソンはアンバーに反論しようとした。
 「カリソン、これは私の夢なの。私の夢は、一度死なないと叶わないの」
 「わかんないよなに………?何をいってるの?」
 混乱するカリソンに、私はアンバーの生い立ちについて話した。
 アンバーの生い立ちを聞いたカリソンは、力なく背を向けた。
 「何で……アンバーはそのままでも十分魅力的だろうに……
 「私もそう思うんだけど、これがアンバーなりの夢の叶えかただからさぁ
 「………
 ひらひらと舞うアンバーを、カリソンはじっと見上げる。
 「カリソンは、夢とかあるの?」
 私がとうと、カリソンは目を閉じて頷いた。
 「抱き締めて貰うのが夢だよ。こんな体だから、かないっこないけども」
 「へぇ、いい夢じゃん」
 「フィーカは?夢はあるの?」
 「私?あー…………なんだろ、特にないや」
 思い返して見たけど、私は囀ずることも飛ぶことも出来ない、魅力のない小鳥。夢を抱いた試しがない。
 「いっそのこと、人生をやり直したら見つかるのかな、夢」
 私が呟くと、カリソンはどんどん険しい顔になっていった。
 「僕は誰かを失うくらいなら、夢なんて叶わなくてもいいし、見つからなくてもいいと思う」
 「カリソン?」
 「……ごめん、酷いことを言っちゃったね。僕、もう行くよ」
 カリソンはクローバーをくわえると、とぼとぼと何処かへ去っていった。
 私とアンバーは追いかけることなく、カリソンの背中をじっと見送った。
 


 それからというもの、私はアンバーと二人で数日を過ごしていた。だんだん駅に寄り付く人がいなくなって、花壇の花もしおれていった。冬が近づいてきているのか、最近アンバーの飛びかたがままらなくなってきていた。
 「アンバー大丈夫?」
 「えぇ、大丈夫よ。フィーカは?」
 「私は平気。それにしても、最近雲が厚いせいで、なかなか太陽が見えないわね」
 「そうね。はぁ
 アンバーは深いため息をついた。
 「ねぇ、フィーカ。カリソンは今頃元気にしてるかしら?」
 「うーんわかんない。まぁでも、元気にしてたらいいね」
 そんなことを話していると、突風が吹いてきた。ヒュン!という音と共に、突風がアンバーを連れ去っていく。
 「アンバー!!」
 「フィーカ!!」
 穴があいた翅では、風に逆らえない。あっけなく風にさらわれたアンバーは、これがきっかけで私の前に姿を現すことがなくなった。
 突風が止んだ後、雲は綺麗さっぱりなくなり、太陽が丸裸になる。アンバーの影が太陽に飲み込まれるような、そんな瞬間的が見えたような気がした。
 不思議とその光景がとても眩しくて、綺麗だと思った。

 アンバーが消えてから数ヶ月後。人がいなくなった駅に、大きなショベルカーが突っ込んできた。コンクリートの上を歩いていたアリたちが逃げ惑い、花壇の花は次々と根から引きちぎられた。
 私はその光景を呆然と見ていた。あぁ、やっと壊れるのか。割れていくコンクリートの床と、埃まみれになる改札だったもの。
 醜い私は、埃を被るたびにコンクリートと同化していく。
 「私、元々の羽の色何色だっけなぁ
 そんなことを考えていると、唐突に羽を引っ張られた。
 「うわっ!?」
 引っ張られながら、私は駅から引き離される。ふと振り向いてみると、そこには見覚えのある顔があった。
 「カリソン?!」
 そう、あのカリソンだ。カリソンは私を安全な場所に連れていくなり、声をあげた。
 「何でまだあんなところにいたの!」
 「えっ、いやなんとなく?てか、カリソンこそなんであんなとこにいたの?」
 私が問うと、カリソンは呆れたように答えた。
 「この間歩いてたらさ、アゲハチョウの幼虫に出会ったんだよ。幼虫がさ、僕を見つけるなりこう言ってきたんだ。何だと思う?『よく覚えてないけど、友達が駅と共にいなくなろうとしてるから、迎えにいってほしい』だって!」
 アゲハチョウの幼虫と聞いて、思わずはっとした。
 「その幼虫って、まさか!」
 「あぁ、多分その『まさか』さ。とにかく来て、いなくなるなんて許さない」
 カリソンが手招きすると、私は足を動かした。あぁ、やっぱり飛べないのは不便だ。羽が動かせたら、今すぐにでもカリソンをつれていく、あの子のもとまで飛んでいけるのに。
 「フィーカ!」
 「な、なに?!」
 名前を叫ばれて我にかえると、いつの間にかカリソンの目の前に大きな蛇が立ちはだかっていた。
 「いい?僕が気をそらしているうちに、フィーカは東にある海岸へ向かって。海岸の近くに花畑がある。彼女はそこにいる。いいね?」
 「カリソンだけじゃ危ないわよ!」
 「僕のことはいい!!言っただろ『僕は誰かを失うくらいなら、夢なんて叶わなくてもいい』って」
 「カリソン
 「さぁ行って。僕は背中に針を背負っているんだぞ」
 カリソンに促されて、私は東へと向かった。振り向かずに、私は前だけを見て走る。時々後ろからカリソンの悲鳴らしきものが聞こえた気がしたが、私は進んだ。
 カリソンは臆病者なんかじゃないと、私は思った。
 


 夜。ひたすら走っていた私は、迷いながら海岸近くの花畑へとたどり着くことが出来た。花畑には色とりどりの花が眠りについていた。
 ふと、とある蛹が目についた。
 「アンバー?」
 恐る恐る声をかけたが、反応はなかった。
 「……私だよ、フィーカ。蛹になったってことは、次は蝶になるのかな」
 生ぬるい風がふく。カリソンは今頃大丈夫なのだろうか。
 「綺麗な蝶になったら、私とまた友達になってよね。それまでに私は……そうね、ちゃんと飛べるようにしておかないと」
 パタパタと羽を動かしてみると、ギシギシとぎこちない音がした。
 その時だった。
 ぐしゃ!!という音が聞こえたと同時に、私の羽が片方千切れた。羽があったところから血が流れ、突然のことに目を見開くことしか出来ない。
 振り向くと、私の羽を食いちぎったであろう蛇がこちらを睨んでいた。蛇は羽だけじゃ物足りないらしく、さらに私に襲いかかろうとしてきた。
 
 そのあとのことは覚えていない。
 気づいたら両方の羽と足がなくなっていた。誰かが私を引きずって、土に埋めようとしていた。
 「フィーカ、ごめんね。助けてあげられなくて」
 聞きなれた声がした。ゆっくりと目を開けると、片腕と片耳を食いちぎられたであろう、見慣れたハリネズミがそこにいた。
 「カリソン?」
 掠れた声で名前を呼ぶと、カリソンは目を丸くした。
 「フィーカ!!あぁ、よかったよかった……生きてた……てっきり、もう駄目かと思ってた
 カリソンは涙を流してうずくまった。
 「カリソンその腕と耳、どうしちゃったの?」
 「蛇にやられちゃったんだ。なんとか逃げてきたんだけど、あの蛇、一匹だけじゃなかったみたい。フィーカが襲われてたから、助けようと思って頑張ったんだ。頑張ったんだけど
 カリソンはとある方向を指さした。そちらに視線をやると、無残に潰されたアゲハチョウの姿があった。翅はもげ、胸がえぐれ、腹から液体が流れていた。
 「ちょうど蛹からかえったところだったんだ。そしたらこの子が、僕とフィーカの身代わりになってくれたんだ」
 アゲハチョウの亡骸を、私はじっと見つめた。
 「あの子、なんかいってた?」
 「うん。『私のことはいいから、その子を助けてあげて。私その子と、友達になる約束をしてた気がするの』って
 「あぁ
 彼女はアンバーだったのかもしれない。アンバーは身を削って、私とカリソンを助けてくれたのだ。
 「カリソン、あの子を土に埋めてあることはできる?」
 「やってみるよ」
 カリソンは慎重に彼女の翅をつまみ、出来るだけ傷つけないように土の上へと乗せた。もはやもげていない方の翅しか原型はとどめていないが、カリソンは丁寧に彼女の亡骸に土をかけた。
 「綺麗な蝶になったんだね、アンバー
 私が語りかけると、カリソンは近くにあった花を引っこ抜いた。それを土の上に乗せて、彼はそっと祈りを捧げた。
 その姿を見届けた後、だんだん瞼が重たくなってきた。
 「あぁだめ私ももうここでおしまいだなぁ
 そんなことを呟くと、カリソンが私の体をゆする。
 「だめだフィーカ!しっかりするんだ!まだ死んでない、諦めないでくれ!」
 「そんなこと言われたって、もう私、動けないもん
 「僕が手伝ってあげる!だから生きよう?」
 カリソンが叫ぶが、私の意識はどんどん遠退いていく。
 「ごめんねカリソン。今度はすっごくイケてる鳥になってみせるから、そんときがきたら遊んでね
 そうして私は目を閉じる。ゆっくりと今までの記憶が逆再生されていき、カリソンの声も徐々に消えていこうとする。
 「当……たり前じゃないか!!僕とフィーカとアンバーは、何度生まれ変わっても友達でいるんだから!だから
 
 その先カリソンが何て言ったのかはわからない。
 ただ、最後に暖かい何かが、私の胸に落ちてきた気がした。
 


 時は流れ、20年後。
 アリの隊列を辿り、青い花を手にした少年が歩く。少年の肩には、とても綺麗なアゲハチョウが止まっていた。それをみて少年は「今日も来てくれたの?」と微笑んだ。
 少年は生まれつき、片耳が聞こえない上に、片腕がなかった。けれど少年にとっては、そんなことはたいしたことではなかった。
 アリの隊列を辿り、アゲハチョウをつれた少年が訪れたのは、とある湖だった。少年は湖に花を投げ入れると、空から一羽の白鳥がやって来た。
 白鳥は花をくわえると、何処かへと飛び去っていく。アゲハチョウもそれについていくように、少年の肩から空へと飛びたった。
 少年はそれを見上げると、愛おしそうに呟くのだった。
 
 「とても綺麗だね、フィーカ、アンバー」と。


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