@toasdm
先週はたい焼き、一昨日はプリン、そして今日はから揚げ――香ばしい匂いに食欲をそそられて、彼女はニコニコとから揚げをつまみながら、ちらりと雨彦を見る。
「ん?」
食わないのかい、と促されて、食べます食べます、と答えながらも、彼女は雨彦の意図がうまく飲み込めずにいる。もちろんから揚げはおいしく飲み込んで、口の中いっぱいに広がるジューシーな肉の脂と、スパイスの味付けに舌鼓を打っている。
「うまいな」
「おいっしーですね!」
たい焼きもプリンも、もちろんおいしかった。そのどれもが、彼女がちょうど「小腹が空いたなぁ」と思うようなタイミングで提供されていたせいもあるだろうが、実際に、味は確実に「おいしい!」と言えるものだった。雨彦の細い指がひょい、とから揚げを摘み、あんぐりと開いた口の中に飲み込まれていく様子を観察しながら、彼女は二個目のから揚げに手を伸ばす。おいしい。確実においしい。どこのだろう、とパッケージを見てみるが、無愛想な透明の容器には輪ゴムがかかっていただけで、店の名前やそれとわかるような特徴的なマークなどはなにもない。
「これ、どこのですか?」
「商店街の惣菜屋さ」
「ほぇー……」
体に見合うだけの大きな口は、彼女の三口分くらいを一口でぺろりと平らげてしまう。決して品のない食べ方をしているわけではなかったが、素手でから揚げを摘まむ様子はどこか、ワイルドにも見えた。雨彦の手のひら二つ分くらいの容器にみっちりと詰め込まれていたから揚げも、雨彦と彼女の手にかかればあっという間に、ものの十分程度で空っぽになる。ぷぁ、と満足気な二人の吐息は、同じから揚げの香りがした。
「お前さん、よく食ったな……」
「食べ過ぎですかね?」
「いや、もっと食っていいんじゃないか?」
毎度雨彦は同じことを言う。よく食ったな、と目を細め、それから――…。
「足りなかったかい?」
「いえっ、さすがにそんな、十分ですよ!」
「そうかい」
どちらかといえばクールで、飄々としていて、何を考えているのかよくわからない、人を食ったようなところがある雨彦の印象が、この時ばかりは少し変わる。まるで我が子を見るような、一番近い表現が「慈愛に満ちた」という印象だと、彼女は思っていた。さすがに葛之葉さんも私みたいな大きな子供はいないだろうけど、とお茶をすすりながらちらりと見てみるが、いいお父さんか、そうじゃなきゃ孫を甘やかすおじいちゃんみたいなことするなぁ、という感想は、胸の内にそっとしまっておいた。
そして、今日はマシュマロだ。
「駅で物産展をやっててな」
「はー……」
白と茶色、ミルク味とコーヒー味のマシュマロを牛柄のように混ぜて作ったマシュマロは、口に含むとコーヒー牛乳の風味が広がる。
「うまいな」
しゅわ、ふにゅ、と口の中でとろけるような柔らかく優しい食感に頬を押さえて、ふ、と彼女は雨彦の方を見た。
「……」
なんでそんなじっと見てるんだろう、と雨彦の、あの慈愛に満ちた何とも言えない幸せそうな顔に、彼女はふと、もしかして、と思い当たった。
「葛之葉さん」
「なんだい?」
「もしかして、私のこと餌付けしようとしてません?」
餌付け、と繰り返して、雨彦はくつくつと喉奥を鳴らして笑う。
「っははは……そうさな、餌付け、か」
そうだな、と苦笑して、マシュマロに合わせて彼女が用意してくれたコーヒーを一口すする。
「うまいもんたらふく食わせて手懐けて、警戒心がなくなって丸々と太った頃に頭からおいしくいただいてやろうと思ってるよ」
右手にコーヒーのマグカップを持ったまま、雨彦は左手を鉤爪のようにわっと曲げて、がおー、食っちまうぞー、とおどける。
「そう簡単に懐く私じゃないですからね!」
負けじと彼女も両手を鉤爪のように曲げて、がおー、返り討ちだー、と対抗する。
「……」
「……っふふ」
「っははは」
一瞬の沈黙の後、どちらからともなく、こみあげてきたおかしみにふきだして、けらけらと笑いあう。牛模様のマシュマロもあっという間になくなって、後に残ったのはおいしかった、楽しかったという記憶と満たされた小腹だけになる。
「さて」
ごみを軽くまとめて、雨彦は立ち上がる。そろそろ刻限か、とちらりと時計を確認してごみを捨てると、雨彦は事務所のドアの前で振り返り、また鉤爪の手を作る。
「がおー」
「がおー!」
けらけらと笑い、レッスンへと向かう雨彦をいってらっしゃいませ、と送り出した彼女は知らなかった。
おいしいものを見かけるとつい彼女の顔が浮かんで買ってしまうようになったのは、お前さんが食ってるところは愛嬌があっていいな、と思っているからだということを、彼女は全く、知らなかった。