@acbh_dmc4
弟子たちから導師(仮)の報告を聞く。
相変わらず隙だらけで頭を抱える。
誰もが目を瞠る美しい相貌なのだから、もっと気をつけて貰いたいものだが、たまにマキャベリと言う名のアサシンから
寄越される導師への扱い書の内容を思い出して頭を振る。
あの方は意外とガッチリ護られている。
流石にイタリアのアサシンは着いて来なかったようだが、現地のアサシンへ彼を頼む旨を先んじて書簡で送り、今回の様に周りをガッチリ堅めさせる。
導師はとても有能で実力のあるアサシンではあるが、同時にいろんな面で危うさを感じる。
弟子に連れられて帰って来た導師(仮)は、少しだけむくれた顔をしていた。可愛い。
機嫌を取るように導師用の茶や菓子を出してやると、ホッと息を吐いて幸せそうに目を細めた。とても可愛い。
しかし弟子たちから受けた報告は、聞き捨てならないものだった。
どうにも危機感の足りない導師(仮)にはちゃんと言い含めなければならない。
「王宮でアフメト王子とスレイマン殿下に求愛されたと言うのは本当ですか?」
「ブフッ!きゅ、求愛?!いつそんなものを私が受けたのだ?!勘違いも甚だしいぞ。王族に対して不敬ではないか」
「貴方は、現在の見た目がとてつもなく美しいのですから、もう少し自重してください。これでは貴方への護衛を倍に増やさねばならなくなります」
「倍?今朝から20人程いるが、常にこの位つけるつもりか?」
「導師には常に20人つけてますよ。倍の40人に増やしますよと言っております」
「は?!」
「結構撒かれていますからね。実力の確かなアサシンを厳選してつけなければ…」
「まままま、待て待て待て!!!つ、常に?!最初からあれだけつけていたのか??!」
「ここにマキャベリ様からの書簡があります」
導師の護衛指南書を渡せば、導師(仮)がそれを手に取り、読み進めると小刻みに震え始めた。
怒りか羞恥か、わなわなと震える手と、書簡の隙間から見える導師(仮)の耳は真っ赤になっていた。
「まさか、これを実践など非効率的な事をしているわけではあるまいな?」
「教団にとって不利益と、無駄だと思えばそんな事を指示されてもやろうと思いません。
が、導師に関しては必要と判断し、皆好きで貴方のガードを買って出ているので何ら問題はありません」
「問題大有りだろうっ!!!私の事など捨ておけ!それかもっと有意義な事をしろ!」
「ええ、ですから、有意義に貴方の護衛をしております。たまに私もついて行っているんですよ。今度から常につかなければなりませんな!」
弟子たちばかりが導師について行くなんて狡いことはさせない。私だって導師の可愛らしい行動を見守っていたい。
そう真実を伝えれば、導師(仮)は両手で顔を覆い、なんだか悲壮感を漂わせて呻いていた。
「まったく、貴方は自分の影響力をよく考えて行動して頂かねば。スレイマン殿下は元の導師にご執心のようですが、アフメト王子共々、あの反応が正常ですからね。貴方はやり手のアサシンですし、通常一般人は貴方に追いつけないので問題はありませんが、テンプル騎士団や調子に乗ったアサシンなんかには特に気をつけてくださいよ。あと権力者にもね」
「年を取って昔ほど持て囃されなくなったので、気が抜けていた。そこは認めよう。私は今若返っているんだものな」
はぁ、とため息を吐き、困り果てたように肩を落とす導師(仮)だが、やはり素直だ。
私達が話す道理を理解して協力してくれる。状況判断能力が高いのも指導者の器だ。
「しかしマキャベリは年々過保護が過ぎる。まさか私が移動するたびにこんな書簡を方々に送り付けているのではあるまいな?」
「恐らく送っていると思われますよ。でなければ貴方の弟子かそのマキャベリ殿自ら付いて来ている事でしょう」
「止してくれ。子供のお使いじゃないんだから…」
頭を抱える導師(仮)が、何かを気づいたように顔を上げ、迷子の子犬のような目で見つめてくる。
少しだけ逡巡してから意を決したように口を開いた。
「ユスフ。今後は十分気をつけるから、私の監視を増やすのは止めてくれないか?ちゃんと気配も消すし、外では常に気をつけるから」
「アフメト王子に見つけられてしまった今、そういう訳にもいきません。護衛は増やさせてもらいます」
「うう…実力を認めてもらうほかないか…では、こういうのはどうだ?弟子たちと私で追いかけっこをしよう」
先程まで頼りなく可憐な顔を覗かせていた導師(仮)が、自信をもった凛々しい表情に変わり、驚く提案をした。
導師(仮)が獲物役となり、我々アサシンから1日逃げ回る。
導師(仮)は武器の使用はなし。弟子たちは好きなものを使用していいと言う破格なものだ。
「見事私を捕まえて見せた者には報酬をやろう。一応街の復興のために店を買い取ったりして資金は十分にある。おまけになんでも一つ言う事を聞いてやろう。どうだ?」
「ど、導師…それは私も参加可能なので…?」
「ああ勿論。ただし、一日私が逃げ切れた場合、私の監視は5人までに減らしてもらう」
とても柔和な笑顔で私にそう提案する導師(仮)の甘言に思わず頷きそうになる。
しかし導師(仮)になんでも一つ要望を聞いてもらえると言うのは、私がその栄誉に預かれれば不満はないが、他の弟子たちにとんでもない要求をされては堪ったものじゃない。
それに導師(仮)の護衛の数を減らすなんてそんな恐ろしい事了承出来るはずもない!なんたって、私が護衛につく順番が物凄く遅くなるなんて耐えられない!今でさえ何かしらの理由をつけてついて行きたいのを我慢していると言うのに!
「やっぱり駄目です。特になんでも言う事聞くと言うのは危険極まりない!護衛の数も5人だなんて少なすぎます!」
「…何度か私の近くでトラブルが発生する事があった。うまく気配を隠し損ねた弟子が巡回兵とぶつかったのだろう。
20人も監視をつけられてはいつそうやって大事な任務を邪魔されるか分からん。私の邪魔をすると言うのなら、同じアサシンとて容赦はせんぞ?それに、この訓練で私の実力を知って貰えれば、監視の選考基準にもなるだろう?」
「うっ…そ、それは…そうですが…で、では…報酬の何でも言う事を聞くと言うのは止めてください…それと、導師が捕まったら護衛の数は増やs」
「護衛の数は20人で妥協しよう。それでよいな?捕まったら報酬と…そうだな、私からのキスなんてどうだ?」
「「「「「「「それは本当ですか???!」」」」」」
部屋の扉から弟子たちが雪崩のように押し寄せて来た。
私と導師(仮)を取り囲むように、目が血走って爛々とした弟子たちに承諾しろと詰め寄られて、導師(仮)共々ドン引きしてしまった。
そりゃあ導師(仮)からの甘い口づけを頂けるかもしれないとなれば、皆血眼になって追うだろう。
そんな機会なんて物凄い幸運でもない限り、あり得ないのだから。
「導師、やはり止めた方が…この分では弟子たちが殺し合いを始めてしまいます…」
「では互いの足を引っ張るような行為は禁止とする。殺し合いを始めたらアサシン教団から除名し、私の敵とみなす。
皆で協力して私を捕まえて見せよ。ただし、結託した場合は役割に応じて誰が一番貢献したかで功労者を決める。同率一位はなしだ」
導師(仮)がニヤリと悪魔のような妖艶な微笑みを見せる。
皆で協力して導師(仮)を追えば、確実に彼を捕まえる事は出来るが、自分が確実に導師からの口づけを貰えるかは分からない。
内部での蹴落とし合いがあるのは必然。
結託する術を潰し、そして殺し合いの禁止を持ち出せば、アサシン達皆が個々で導師(仮)を追わざる負えなくなる。
そして結託を封じられたことを抗議する者が居るかと思いきや、やはり導師が他の者にも同じように口づけをするとなると嫉妬心を感じるのだろう。物申したい顔をする事はあっても、同率一位廃止に難を示す者はいなかった。
本来の導師も時折サラッと恐ろしいことを言ってのけるが、この導師(仮)も変わらず悪魔のような提案を平気でする。
少し疑って導師(仮)と心の中で付け足して断言していなかったが、やっぱりこの方は本当に導師なのかもしれない。
「明日の日の出から日没までで追いかけっこをしよう。各々作戦を立てておくように」
「導師、自信がおありで?弟子たち全員を相手取って逃げ切れると?」
「そうでなければお前たちが私をただのお飾りとしてしか見ないだろう?私は実力もなくアサシン教団の長になった訳ではない。本来、私一人でも問題ないのだ。だがそれを証明して見せるにはこの位しなければ納得しないだろう?」
真剣な顔で油断なく弟子たちを見渡し、不敵に笑って見せる。
その様になり過ぎる導師の笑みに、弟子たちは皆骨抜きにされていた。
「それに実力を示す良い機会にもなる。私と皆との親睦も深められるし、一石二鳥だ」
そして導師から本日は解散と号令をかけられ、弟子たちは明日の導師捕獲に関しての作戦を各々立てながら帰路に就いた。
*****
追いかけっこを提案し、アサシン達への解散を宣言すると、ユスフが心配そうに私にもの言いたげな視線を寄越してきた。
彼はこの地へ来てからというもの、とても親身に私に接してくれる。
この教団の長であり、思慮深い彼は律義にマキャベリの無茶ぶりにも応えていた。
そして純粋に私を慕って心配してくれている。
「ユスフ、何も無策にこの提案をしたわけではない。勿論、絶対に逃げ切れるとは思ってはいないんだが、長い時間捕まらなければそれだけでも私の力を皆認めてくれるだろう?本気になれば私一人でも充分己の身くらい守れる。それを示したい」
「ですが、万が一欲に駆られて導師に無体を働く者が現れたら…」
「そんなことになれば、お前や他の弟子達が黙っていない。これでも私は周りは見えている。自分がどういう対象に見られているかもな。久しくそう言った対象からは外れていたので気は緩んでいた。今も十分理解したかといえばそうではないから、多少は痛い目を見ねばな」
「…お覚悟の程は分かりました。ならばもう何も言いますまい。私もこの度のイベントには参加させていただきますから、他のアサシンに襲われそうになっていれば加勢いたしますし、処罰も考えましょう」
「ああ。お前を信じているよ」
にっこりと笑いかけ、ついでに軽くハグをして釘を刺す。
彼は教団の長だ。その長の協力を得られれば怖いものなどない。
勿論、そんな彼が一番私の監督権を欲していることは百も承知だが、明日の追いかけっこにおいて利用価値は大きい。
私のピンチに尽く助けの手を差し伸べてくれることだろう。
そして私は、私自身の利用価値も明日中に知るためにこの提案をした。自分の立ち位置を知るのは重要だ。
勿論、逃げ切るつもりでこれから方々に細工を施し、明日に備えて万全の対策を講じるつもりだ。
ユスフと和やかに別れ、私は自らの身を護るための仕掛け作りに夕暮れの街へと繰り出した。
***
朝の清廉な日差しに目を覚ます。
澄んだ少し冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、体を解す様に伸びをする。
定宿の女主人に爽やかに挨拶をして、うっとりと見惚れる視線を浴びながら優雅に大分豪勢な朝食を摂った。
元の年齢の私の時も大概上等な食事だったが、若返ってからは厨房を任されている旦那からもサービスを受けるようになった。
「今夜は食事はどうします?外で食べてくるのかい?」
「そうだな。今日は大仕事が控えているから他所へ行く気力がないかもしれない。とはいえ帰りがいつになるか分からないんだが…」
「そうかい。じゃあ夜食を作っておくよ。帰ってきたら部屋まで届けましょうね」
「そうして頂けると大変有難い。頼めるだろうか?」
「勿論よ!」
頼もしい女将さんの了承に、厨房から顔を出して頷いている主人共々感謝の笑みとともに礼を告げる。
温かい宿の主人たちに見送られて颯爽とガラータの隠れ家へと向かった。
昨夜行った準備も万端。睡眠も十分、気力が漲り知らず口元が弧を描く。
街行く人々がそんな私を遠巻きに見つめたり、振り返る様をみて、気を引き締めて冷徹な空気を醸し出す。
あまり気を抜きすぎると気軽に後をつけようとする者が現れるので、気が置けない。
久しいこの緊張感に現在の自由を思い知る。
自分が老いていくのに何とも言えない気持ちはあるが、煩わしさが無くなって自由を満喫していたことも自覚する。
四六時中発情した視線に曝されるのは不快なものだ…持て囃されるのは嫌いではないが限度がある。
ガラータの隠れ家へと足を踏み入れると、奥の談話室いっぱいに弟子たちが待ち構えていた。
先頭にユスフが立ち、私に一礼する。
私は一つ頷くと、皆に外へ出る様に号令をかけた。
「では、これから追いかけっこを開始する。私が先にここを離れ、100を数えたら後を追ってこい。
私が逃げ回る範囲はコンスタンティノープル全域、私から武器を使用しての攻撃はない。唯一フックブレードのみ移動の為に使用する。また私を捕獲し、ガラータの隠れ家まで連行した者を勝者とする。日没までが期限だ」
「導師、もし弟子たちが貴方に武器で怪我などを負わしてしまったらどうするのです?」
「その後の任務に支障をきたさない程度なら不問にしよう。ただし、身の危険を感じれば反撃も辞さない。私には刺客も放たれているからな」
「隠れ家に導師を連れていく際、他のアサシンが手伝った場合はどうなります?」
「私を追い詰め連行した者が勝者となるが、同程度の場合は他に勝負をしてもらおうか」
私の宣言に弟子たちが騒めき、内心でほくそ笑む。
私の争奪戦が起これば足の引っ張り合いが起こるのは必至だ。拠ってもし私が捕まっても私の抵抗と他のアサシンの妨害の2つを対処しなければならなくなる。
私が捕まらず時間を稼げば、万が一捕獲されても逃げ出せる機会は山とある。
武器を使用しての攻撃こそしないが、反撃して相手を沈めるくらいはさせてもらう。
簡単ではないという事は十分承知したようで、皆緊張感に顔を引き締めた。
「では、始めよう。ユスフ、カウントを」
「はい。では開始する。1―」
ユスフのカウントと共に私は颯爽とガラータの隠れ家前から全力疾走で地下通路への入口へと向かった。
先ずは海を渡り対岸へ。あそこの方が逃げられる範囲は広い。
ちんたら地下を移動したのでは直ぐに捕まってしまうので、直ぐ近くの出口から外へと出て、商店街へと向かった。
服屋に既存の女物の衣装を一式買い上げる。
人目のない場所にて、購入した緋色のゆったりした衣を羽織り、顔をヒジャブで隠して人通りの多い場所を買い物客に交じって優雅に歩く。
女人の振りをするのは初めてだが、体の線を隠せるこの国の衣装のおかげでそんなに苦も無く溶け込めていた。
私の近くを何人ものアサシンが通り過ぎる。
熟練の者であれば尾行を覚らせないよう気配を殺すのが上手いのだが、現在はライバルを蹴落とす為か、気配を殺しきれていない。
周囲に警戒を怠らず、方々を歩き続け、また秘密裏に購入していた屋敷へと立ち寄る。
暫し隠れ家で衣装を変えてまた外へと繰り出す。教団の知らぬ私の持ち家に身を隠すのは流石に狡いので、衣装を変えるのみに留めている。
案外誰にも見つからず、一日中街中を練り歩くのにも疲れて来て、休憩と昼食がてら食堂に寄った。
幾つか注文をして腹を満たしていると、近くで銃声が上がった。
人々が恐ろしい襲撃者に悲鳴を上げて逃げ惑っている。何が起こっているのか少しだけ様子を見れば、アサシンとイェニチェリ数名が抗争状態になっていた。
負傷し蹲ったアサシンに向かい、マスケット銃を構えるイェニチェリに飛び掛かり銃をはたき落とし、同時に他のイェニチェリの手元目掛けて投げナイフを放った。
3人のイェニチェリの手から銃を落として弟子を庇い、ここから離れる様にと号令を出す。
弟子は心から安堵した顔をして、礼を言ってこの場を離れた。
私もイェニチェリから距離を取って対峙する。屈強なイェニチェリは仮面から除く鋭い目が怒りで血走っており、腰の剣を取って私に向かってきた。
鋭く突き出される剣を避け、イェニチェリのみぞおちに一発蹴りを見舞い、同時に後頭部への鋭い一撃をくれてやる。
これで一人昏倒させると、他の二人に体を向けた。
手からナイフを引き抜いて私の方を振り向くと、二人は私を指さして大声を上げた。
「居た!ドメニコ・アウディトーレはここだ!捕まえろ!!」
予想外の指名にギョッとして、素早く回りを確認する。
声に反応して近くから他の番兵やイェニチェリが駆け着けてくる。私は素早く懐から煙幕爆弾を取り出し、足元へと放った。