@toasdm
きっかけはどうあれ、やはり荘一郎はスイーツを作るのが好きなのだと彼女は改めて認識した。今でこそアイドルをやってはいるが、こうして、季節やイベントに合わせて、なにかにつけて新しいものを作りたがるのなんかは、その最たるものだと。漂う甘い香りにひくひくと鼻を誘われて、彼女はキッチンの荘一郎に近づいた。
「まだできてませんよ」
「知ってます」
シャカシャカと、ホイッパーでチョコレートクリームを泡立てている荘一郎の涼しい顔に、彼女は頬を寄せてみる。邪魔です、ともなんですか、とも言わずに彼女の好きなようにさせながらスイーツを作っている荘一郎にこうして絡むのが、彼女は実は、結構気に入っていた。
「何できるんですかー?」
「おいしいものです」
「おいしいもの」
荘一郎がそう言う時は、現時点ではほぼ作るものは決まっているものの具体的に何をどう、という最後の決め手に欠けている時だ。バレンタインの時期だからチョコレートの何かだ、というのはわかるものの、半分ほど眠たくなってしまっている彼女には予想もつかないものであることは確かだ。んー、と唸る彼女が腕に添えてきた手の温かさに、荘一郎はため息混じりに言った。
「眠かったら先寝ててください」
「んー」
「一人で寝られないような子供じゃないでしょう」
「荘一郎の前では子供です」
「私の作るものの前では、でしょう」
おっしゃるとーりです、と眠そうな声が言うものだから、荘一郎はくすぐったくなってしまう。しかし彼女が寂しいと感じていることは本当だろうな、と夜更かしをして彼女を放っておいている罪悪感に、荘一郎はやれやれ、と泡立てていたクリームをひと掬い、指で彼女の口に入れてやる。
「ん」
「どうです?」
「甘い、けど……なんか、入ってる?」
「オレンジの香りするでしょう?」
「あ、オレンジだこれ」
リキュールで淡く香りづけられたオレンジが、すっと溶けていくチョコレートクリームの甘さを引き立て、引き締めている。クリームだけでこんなにおいしいなら、とキッチン脇にどんと大きく据えられた、家庭用と業務用の中間くらいの、存在感のあるオーブンの中をちらりと見て、彼女は頭の中で味を組み立てた。
「おいしいものだ」
「おいしいものです」
ほらいい子はもう寝る時間です、と彼女の唇の端についたチョコクリームを唇でちゅっと拭ってやって、荘一郎もついでに味見をする。
「……一味足りないような、工夫が必要なような……」
うーん、と考え始めた荘一郎の様子に、これは夜明けまでかかるなぁ、と彼女は共寝を諦めて、体壊さないようにしてくださいね、と荘一郎の背中に抱きついてから、ゆっくり離れる。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
明かりの灯るキッチンと、そこに立つ荘一郎から離れることは寂しかったが、ああなったら最後、荘一郎は止まらない。彼女にできることは、荘一郎を好きにさせてやることだけだった。
寝起きのベッドはうすら寒く、一人分の場所を空けて眠った時とさして変わらない。ほんとに徹夜しちゃったんだ、とのそのそベッドから這い出して、彼女はカーディガンを羽織ってキッチンへと向かう。
「……やっぱり」
案の定、キッチンのテーブルに突っ伏した荘一郎は、夜通し納得のいくまでケーキを作っていたようだった。甘い残り香の中を進んで近づくにつれ、試作品と思しきケーキたちが乗った皿が見えてくる。
アーモンドの乗ったもの、オレンジスライスがきれいに飾られたもの、シンプルなハート形に、真っ赤なコーティングが包んだ一口サイズのケーキ。どれもこれも、荘一郎が、自分の感性のままに生み出した、特別なものたちだ。
「どれもおいしそう……」
しかし、荘一郎が一番納得のいったものは、きっとこの中のどれでもないはずだ。起こさないようにそぅっと、足音を忍ばせて荘一郎の脇を通り抜け、彼女は冷蔵庫へと向かった。
「わ……!」
豪華で、繊細で、大胆で、華奢で、控えめで華々しくて、食べ物なのに美しい。荘一郎の渾身のケーキは、彼女の想像通り冷蔵庫の中でしゃん、と胸を張って誇らしげに優雅に、そこにあった。荘一郎さんやっぱりすごいな、と冷蔵庫の中の芸術品をそっと閉まって振り返ると、彼女はすっかりくたびれて寝こけている荘一郎にまた近づいた。
「……お疲れ様です、荘一郎さん」
一心不乱に創作していたのがよくわかる。頬に、腕に、努力の痕跡と言わんばかりにチョコレートクリームがついたままだ。風邪ひかないでくださいね、と羽織っていたカーディガンを脱いでそっと荘一郎の肩にかけると、彼女はその、努力の痕跡をなぞるようにそっと頬にキスをした。
「……おいしい」
二度目に味見したオレンジ味のチョコレートクリームは、一度目よりもうんと甘い気がした。