「初詣じゃない。初デート、ドライブデートさ。酒は抜けてる、お前さんとゆっくり話しながら、今までとこれからを決めようと思ってな」
ようやくPさん口説き落とした雨彦さんが付き合い二日目にしてPさんに3回目くらいの恋をするお話です。
@toasdm
いつもの流れで一緒に酒を飲み、いつもの流れで口説く。それは雨彦にとっていつも通りの、片恋ながらも愛しい彼女との束の間の逢瀬のはずだった。どうせお前さんはなびいちゃくれないんだろう、という諦めと、それでも俺はお前さんが好きだよ、という諦めの悪さとをつまみに飲む酒は、一人だったら御免被りたいところだが、彼女と一緒ならば楽しい。二人の休みが重なる前夜は、そんな酒宴の日だ。
「お前さんはいつ俺に落ちてくれるんだろうな」
「じゃあ今日落ちますか」
「そうだな、お前さんは俺を袖にし続けて」
「今日落ちました」
「は?」
飲み始めてから随分、時計の針と酒とが回っていたとはいえ、雨彦は一旦スルーしかけた彼女の返事を聞き返す。
「なんだって?」
「いえ、もう抵抗するのも無駄かと思いまして」
「飲んでるのにかい?」
「飲んでるからかもしれません」
「そいつは不誠実だな」
「その不誠実でずっと口説いてきてたの誰ですかぁ?」
まずいな、顔が熱いぞ、とビアグラスを頬に押し当てて、雨彦は目を閉じる。個室居酒屋の雑音は、随分遠くに聞こえる気がした。
「お前さん、念の為確認しておくが」
「はい」
「酔っぱらった俺が都合のいい幻覚見て幻聴でお前さんから色いい返事もらったってセンはねぇのかい?」
「葛之葉さん落ち着いてください」
掘り炬燵の中、彼女はそこそこの勢いで向かいに座っている雨彦の脛を蹴り上げる。
「痛っっ……!」
「現実の痛みをくらえ、です!」
向かいの席の彼女が真っ赤になってそっぽを向いたまま、女に恥をかかせないでくださいよ、と言ってから、何をどうやって、何を話して、何を決めて、どう帰ったのかは正直よく覚えていない。
ただ、珍しく深酒をして、起きたら彼女の部屋でそれなりの格好をして、腕の中に彼女を抱いたままだった、という現実が、ガンガンとやむ雨彦の頭を一気に覚醒させた。
「……そうかい」
腰まわりに残る気怠さと、それらを裏付ける僅かな部屋の乱れ。酔った勢いで不誠実だったな、と猛省したところで、さぞかし舞い上がったんだろうな、と昨夜の自分を肘で小突いてやりたくなるようなおかしみで、雨彦は一人、くつくつと笑いをかみ殺す。初めて見る彼女の寝室の天井にすら祝福されているようで、雨彦は記憶をゆっくり手繰り寄せながら目を閉じる。
二の腕に乗る、彼女の重み。すぅすぅと穏やかな寝息、体温、存在と髪の香り。朝起きて一番に、彼女の顔がすぐそばにある現実。蹴られた脛は全然痛くなかったが、甘い痺れにも似た締め付けるような幸福感が、胸を心地よく痛ませる。
「はぁ……っはは」
俺のため息ってのはこんなに幸せそうな色だったかい?と自分でまたつっこんでは笑い、雨彦は額に手の甲を当てて目を開ける。そのままゆっくり壁に目線を下ろしていくと、シンプルな壁掛け時計は昼過ぎを指していた。
「さすがに、起きるか……」
喉の渇きと汗のべたつき、それと、これからのこと。片付けたいことは山積みだな、と腕の中の彼女をぎゅっと抱きしめて、雨彦は耳元で囁いた。
「お前さん」
掠れた声が、昨日とは違うニュアンスで彼女を呼ぶ。うぅん、と唸ってすりすりと甘えてくる仕草に、雨彦は思わず苦笑した。
「堪らんなぁ」
こんな愛しい存在が自分にできるとは思わなかった、と思ったのは実は二度目だ。
「ほら、お前さん起きろ、初デート行こうぜ初デート」
やけに浮かれた雨彦の声にうっすらと目を開けた彼女が、はつもうで?とひらがなみたいに喋るのもまた堪らない。
「初詣じゃない。初デート、ドライブデートさ。酒は抜けてる、お前さんとゆっくり話しながら、今までとこれからを決めようと思ってな」
んー、とまた甘えてくる彼女が起きるまでの間に、雨彦はまた、三度目の愛しさに堪らなさを重ねていく。
「好きだよ」
愛しさの原点、その一度目は、雨彦が恋に落ちた時だった。