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[雨P♀]幸せの通過点

全体公開 1645文字
2020-02-17 12:51:50

「ここは通過点さ。幸せの、な」

夜間受付に婚姻届提出しにいった雨彦さんとPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 営業時間、と言っていいのかどうか、よくわからない。ただ、役所が開いている時間に届け出を出すことは、職のある二人には難しかった。
「別に大安吉日にこだわらなくてもよかったんですけど」
「そうかい? 結構大事だぜ?」
 そういうところも雨彦さんらしいですねぇ、とくすくす笑う彼女と繋いだ雨彦の左手、薬指には、彼女とそろいの約束がはめられている。なんの飾りもない、ただのシンプルなその銀色を証明するための紙切れ一枚。それを出すのは二人そろってがいい、という意見はぴったり息が合っていたが、大安吉日にこだわるかどうかについてはなかなか、二人の意見は合わなかった。それでも結局、雨彦の、言霊は馬鹿にできないという意見を汲んで、二人は大安吉日の今日、夜間受付をしている役所に婚姻届けを出しに来た。
「冷えるな……
「はい」
 春はもう少し先だろうか。寒の戻りの夜風の冷えは、一足お先に春が来たの二人を程よく冷やす。ぎゅ、と手をしっかり繋いだまま、二人は夜間受付の通用口へと向かった。
「あっちに抜けられるんだな」
「そうみたいですね」
 車止めのそこが受付らしく、しんと静かな暗い役所の窓口にだけ、遠目にもぼぅ、っと明かりが灯っているのが見える。その向こう側には賑やかそうな飲み屋街があるようで、随分と明るい。出したら言ってみるかい、と子供のように笑う雨彦との、今日は結婚記念日ということになるだろうか。はい、とはにかみながらぎゅっと手を握り返してくる彼女の手の甲を、寒くないように、と雨彦の親指が優しくずっと撫でている。
「婚姻届です、お願いします」
「かしこまりました。本日付けでお預かりいたします。不備がありましたらご連絡いたしますね」
「よろしく頼むよ」
 それは意外なほどあっさりと、受理された。もっと大きな、区切りのようなものだと身構えていた彼女にとって、そのあっさりは少し残念なような気すらした。
「さて、あっち行ってみるか」
「あ、はい」
 提出した雨彦の反応も薄い。親指は相変わらず手の甲を優しく撫でてくれているし、一仕事終えたな、という表情は見て取れたが、彼女はなんとなく、残念な気持ちになった。
 振り返ると、通用口の明かりは相変わらずぼんやりとしていて、他に人の気配もない。随分寂しいところを通ったな、と立ち止まった彼女の手をくいくいと引いて、雨彦は彼女を見下ろして言う。
「お前さん」
 案外あっけなかったですね、と言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。その代わり出てきたため息を、雨彦がどう捉えたのかはわからない。ただ。
「次来るときは出生届だな」
 そのあまりにも優しい声音に、彼女は役所から、雨彦へと目線を移す。道路を挟んで向こう側、賑々しい明かりをふわりと背負った雨彦は、この上なく幸せそうな表情で彼女を見ていた。
「お前さん、ここはゴールじゃない」
 雨彦の言う「ここ」は、この薄ら寂しい役所のことなのか、それとも、婚姻届けを出したということなのか、彼女にはどちらともとれた。じっと答えを待つ彼女に一歩近づいて、雨彦は優しく肩を抱き寄せて、彼女に並んで役所を見上げた。

「ここは通過点さ。幸せの、な」

 雨彦のその一言で、薄暗い中にぽつんと明かりが灯っていただけの寂しい通過点が、暗闇を照らす光明を灯した希望への道へと見えてくる。そうですね、と雨彦の温もりに身を寄せて、彼女はもう一度、雨彦を見上げた。
「雨彦さん」
「なんだい?」
 呼びかけて、返事があって、雨彦が笑ってくれている。なるほど確かに、幸せだ、と思えたのは、そこに愛があるからだろう、と確信して、彼女はにっこりと笑った。
「次の幸せの通過点はあっちですよ」
「ん? っはは」
 彼女が指さしたのは、道路の向こうの賑やかさ。雨彦は彼女とまた手を繋ぎ、幸せの通過点へと向かった。

「そうだな、幸せは明るくて温い方にある」

 繋いだ手の親指はずっと、彼女の手の甲を優しく、温めるように撫でていた。


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