@toasdm
部屋についてる方がいい、と雨彦が言った台詞はそのまま、一緒に入るなら、という言葉が頭につく。和の設え、広縁の脇に据えられたドアの向こうは、高い垣根と湯煙が広がっていた。
「な?」
「な、じゃないですよ!」
雪の積もった東屋の屋根の下には檜造りの湯船があって、二人で入っても大丈夫そうだな、と雨彦は背景に音符を散らせながら部屋付き露天風呂を検めている。湯加減もちょうどいいな、と温泉旅館を堪能する気満々の雨彦は、雨彦にしては珍しくはしゃいでいるように見えた。
「さて」
「えっ!?」
実際、はしゃいでいるようだ。道中から「結構大きい荷物だなぁ」とは薄々思ってはいたが、雨彦が旅行バッグから取り出した一升瓶に、彼女は目を丸くする。
「飲もうぜ、お前さん」
「さっそくですか?!」
お風呂もまだですよ、と漸くコートをハンガーにかけた彼女が振り返ると、雨彦はちゃちゃっと風呂の支度と謎の支度を整えていた。部屋に備え付けのタオル類、客室露天風呂においてあった木桶、まではなんとなくわかったが……。
「雨彦さん」
「なんだい?」
「お風呂は遊び場じゃありません」
「遊びじゃないぜ?」
楽しむがね、と取り出した徳利に、雨彦は持ち込んだ一升瓶からとくとくと酒を注ぐ。部屋に置かれた電子レンジをピッピッとやって、雨彦はただの徳利を、飛び切り燗の徳利へと変えてしまった。
「いやいやいや、お風呂まだですって」
「風呂と熱燗を同時に楽しめるのも、部屋についてる醍醐味だろう?」
つまり、あれか。
彼女の頭の中にぽかんと浮かんだのは、露天風呂に浮かんだ木桶に入った徳利、という普遍的なイメージだ。やるんですか?!と驚いた声の中にほんの少しの期待が含まれていたのを、もちろん雨彦は聞き逃さない。ほら、とバスタオルを差し出して、雨彦は豪快に服を脱いだ。
「わ、えっ」
「雪見露天で熱燗、やってみたかったのさ……」
そういえばこの人、はしゃぐと顔と心が小学校低学年になるんだった、と彼女はくすりと笑いを零す。バスタオルをくれたのは恐らく、湯船にたどり着くまでの寒さ対策と、恥ずかしいだろう?という雨彦なりの気遣いだろう。そこだけは大人の心で助かった、と彼女は後ろを向いて服を脱ぎ、バスタオルを巻いた。
「っふは、寒いな……」
「雪、ですからね……」
湯船までの七歩がやけに遠く感じて、彼女は足を踏み出せずにまごつく。
「こういう時は」
「っちょ、待っ」
「落とすなよ」
俺も落とさないからな、と彼女に徳利入りの木桶を持たせて姫抱きに抱えると、雨彦は彼女の七歩を三歩半に短縮して湯船にそっと足を浸した。
「雨彦さん強引!」
「ほら、いいからお前さんも浸かれよ」
冷えちまう、と顔をくしゃっとさせて笑う雨彦が、そぅ、っと彼女を湯船に着地させる。預かった大切な木桶をひっくり返さないように湯船の淵に置いて、彼女も渋々、露天に浸かった。
「あ」
「な?」
あったかい、とほぅっとした声に、雨彦は満足そうに笑う。ふぅ、と一息ついたところで、雨彦は「さて」とにんまり笑って木桶をそっと湯船に浮かべた。
「これがやりたくてなぁ」
「……気持ちは、わかりますけど」
休み合わせて宿とって、酒まで自分で用意して、となると相当本気だったんだろうな、と思えば思うほど、おかしくてくすぐったくて、可愛らしくて愛らしくてたまらなくなる。
「大人の贅沢、しようぜ」
「っふふふ……はい、どうぞ」
大人の贅沢、と彼女のお酌を受ける雨彦の表情は、どうみても、小学校低学年の顔lにしか見えなかった。