@toasdm
放課後まっすぐ事務所に向かった玄武の足は、事務所のドアを開けた瞬間にぴたっと止まる。夕日のオレンジの差し込む中、見慣れた背中はデスクに突っ伏していた。
「番長さん……?」
恐る恐る声をかけ、玄武はその、小さな背中に近づいた。まさか具合が悪くて倒れてるんじゃねぇだろうな、と覗き込んだ顔はいつもの見慣れた顔で、眼鏡の奥、閉じた目の下にはうっすらとくまが浮いていた。
「……」
無茶してまた徹夜かい?とため息をついて、玄武は彼女の眼鏡にそっと手を伸ばす。眼鏡好きとしては言語道断、テンプルが曲がっちまう、と穏やかな寝息を邪魔しないように、玄武は彼女の眼鏡を外してやることにした。
「……?」
そういや番長さんは、俺が眼鏡を外したところは何度も見てるが――俺は、番長さんが眼鏡外したところは見たことがねぇな。
眼鏡のつるにかけられた人差し指が止まる。なにやら急に、とてつもなくいけないことをしているような気がして、玄武の中に躊躇が生まれた。
手入れのために眼鏡を外したところすら見たことがねぇ、もしかして番長さんは眼鏡外したところを見られたくない、ってことはねぇか?
迷う指は、彼女のセルフレームに触れたまま止まっている。いやしかし、このままじゃ、眼鏡にも番長さんにもよくねぇ、と思い直した玄武は、ふっ、と気合を息吹で入れなおして、ゆっくりと眼鏡を外した。
「番長さん、すまねぇ……」
比較的しっかりとしたつくりのフレームで助かったぜ、と、よたつきのないフレームを丁寧につまんですっと引く。耳から離れたつるの先端が一束、二束、彼女の髪を乱しておろす。
「……っ」
全ての瞬間がスローモーションのように、玄武の目に、頭に焼き付く。ブラインドに切り取られた細いオレンジが、彼女のちょうど、目のあたりを色づけて照らす。なんともいえない感覚、玄武は曲げた腰をすっと伸ばして彼女から目線をそらすと、丁寧にテンプルを畳んでデスクの脇に置いた。
「…………」
もう一度、顔を近づけて、すまねぇ、と心の中で呟いて、玄武は彼女の寝顔をまじまじと見る。意識して彼女の顔を観察するのはこれが初めてだ。
「……結構、幼い、のかい?」
鼻の付け根に残った眼鏡の跡、まつ毛は少し長く、化粧っ気の薄いナチュラルな肌はふっくらとしていて、寝不足で荒れていると言われてもにわかには信じがたいくらいにきめが整って見えた。頬の丸さと少し開いた唇、そしてなによりも、穏やかに、くぅくぅと寝息を立てて無防備に眠っている姿は、玄武よりも年上のはずの彼女の年齢を、ぐっと引き下げているように見えた。
「……フッ」
自分なんかよりもずっと大人で、頼りがいがあって、いつも元気にあちこち駆けずり回っている彼女の内側一枚入ったところに、こんな年不相応の幼さが隠れていたとは夢にも思わなかった。口をついて出そうになった言葉を飲み込んで、玄武は着ていた学ランを脱いで彼女の肩にかけてやった。
「学校で見るのと変わんねぇな」
自然に起きるのを待つか、起こしてやるか――…。
玄武は少し考えて、彼女が起きるのを待ってやることにした。ソファに身を投げ出して、読みかけの文庫本を広げて読み始めたが、喉の奥、胸の上の方で、さっき飲み込んだ言葉がじわじわと大きくなっていくような気がして落ち着かない。
「……」
彼女を照らすオレンジの領域が狭くなる。学ランを羽織ったまま、まるで自分と同い年の女子のように眠る彼女を起こすタイミングは、電気をつける頃合いにしようか、と勝手に決めて、玄武は再び文庫本に目線を落とした。
「……番長さん、可愛いんだな」
いったん飲み込んだ言葉を吐き出した後は、すんなりと本が読めた。