X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

[みのP♀]ブランケットの奥

全体公開 2129文字
2020-02-25 17:09:27

「あと五分……

健全に二人で夜明かしをしたPさんとみのりさんの朝のお話です。

Posted by @toasdm

 いくつになっても知見を広めるという体験は新鮮で、面白くて、楽しい。例えそれが仕事絡みのものであっても、知らないことを知る喜びがあるからこそ、人類は文明を栄えさせて現代まで来たのだろう。
……
 そんな小難しいことを考えているのは、彼女なりの現実逃避だ。実際は、おかれている現状に少し困惑している。いつ寝たのかという記憶はあまりなく、ちょうど今、開けたカーテンのレース越しに見るいつもの景色くらいぼんやりとしている。
 こたつテーブルの上に広げられたままのスナック菓子、ビールとチューハイの空き缶、脇に転がるサインライトと、それらに囲まれて幸せそうに突っ伏して眠っているみのり。つきっぱなしのテレビの画面はアイドルのライブコンサートBlu-rayのタイトル画面で入力を待っている有様だ。
 おすすめのライブ円盤ならいっぱいあるよ、とニコニコ顔で彼女の部屋を訪れてくれたみのりは、その言葉通り一抱えどころかレンタルショップの棚一段分くらいのライブ映像と酒とつまみとを携えていた。夜通しみようか、と水を得た魚状態のみのりの気合に多少引き気味だったのは本当に最初の、玄関の部分だけで、あとは画面いっぱいに映し出された白熱のライブの平たい臨場感に引き込まれた。
「痛てて……
 こたつからそっと抜け出した彼女は、夜通しみのりと一緒に振っていたサインライトの重みでダメージを受けた二の腕の筋肉痛に苦笑する。渡辺さんあんなの全然平気なんだろうな、とまだすやすやと寝息を立てているみのりにそっとブランケットをかけてやると、彼女はよろめきながら立ち上がった。
「楽しかったなぁ……
 それは紛れもない彼女の本心だった。ぽろりとこぼれた本音の充足感にくすりと笑いながら、彼女はキッチンへ向かった。まずはお水、とできるだけ音をたてないように水を汲んで飲み干してから、ちら、とリビングのこたつを見る。
 まだ寝てるけど、さすがにそろそろ起きるよね……
 そのまま壁際に視線を上げれば、壁掛け時計は休日仕様の朝の時間を指していた。時間的にはブランチの時間だけど、と彼女は冷蔵庫を確認する。さしものアイドル好きとて、減るものは減るだろう。軽い空腹を覚え始めた覚醒した体と頭で、彼女は軽朝食を考え始める。
……渡辺さん、って、どっちなんだろう……?」
 この場合の「どっち」とは、二種類だ。朝はしっかり食べたいのか、と、朝はご飯派なのかパン派なのか――一緒の朝を初めて迎える、というと語弊があるが、天地神明に誓って健全に盛り上がった夜の先にある朝、彼女は普段のみのりの朝を知らない自分に気が付いた。
「どっちも、ってわけにもいかないし……
 炊飯器の中には何も残っていなかったし、さすがに冷凍ご飯をチンするのも気が引けるよね、と彼女は無難に、パンを選択した。焼くだけだし、目玉焼きとベーコンと野菜つければそれなりに見えるかな、という安直な考えももちろんあったが、疲労はまだ、完全に抜けているとはいえない体にも、パン朝食は優しい。作る労力と食べる労力を計算して、いつもの量の倍より少しだけ多い朝食を準備して、彼女はみのりのところへ戻った。
「渡辺さん」
……
「渡辺さん、あの」
「ぅん」
 起こそうと優しく叩いた肩は、もぞ、と動いてブランケットを引き寄せる手がすっぽりとみのりの頭まで覆い隠す。寝起き悪いのかな、どうしよう、ともう一度声をかけようとした彼女を遮るように、みのりはブランケットの向こうからもごもごと喋りはじめた。
「おきてるよ」
「あの、ご飯」
「知ってる」
 ご機嫌悪いのかな、と思ったのは、普段表情豊かに話すみのりの顔が見えないからと、言葉数が若干少ないような気がしたせいだ。
「朝ご飯、ご飯なのかパンなのか、どっち普段召し上がってるのかわからなかったんですけど」
「うん」
「トーストと、目玉焼き程度の軽いものですけど」
「知ってる」
 やっぱりご飯の方がよかったのかも、と少し暗くなった彼女の表情を見ることなく、みのりは続ける。
「起きてたから、知ってるよ」
……食べますか?」
 食欲ないなら無理に、と言いかけた彼女の一瞬の躊躇が生んだ隙間、みのりの呟きがブランケットの奥から響く。

「後でも、いいかな。今ちょっと、幸せ過ぎて、顔全然、作れそうになくて」

 幸せって何ー?!と面食らった彼女の前、ぶつぶつとみのりが言う。
「誰かが作ってくれた朝ご飯の匂いで目を覚ますなんてさ、俺には、幸せ過ぎて」
 どんな顔していいかわかんない、とブランケットの奥で、みのりは今、どんな顔をしているのだろうか。確かめたい気持ちと、伝染っちゃいそうで見るに見れないな、という気持ちとが、彼女の中でせめぎあう。冷めちゃうから、と言うのが精一杯の彼女よりもっと精一杯な雰囲気で、ブランケットがもぞ、と蠢く。
「あと五分……
 少し変わった「あと五分」に苦笑しながら、彼女は仕方なく、こたつテーブルの上を片付け始める。その時彼女は初めて明確に、結婚したらこんな感じなのかな、という淡い甘さを感じた。

 もしかしたら、ブランケットの奥も、そうなのかもしれない。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.