@toasdm
無表情ではないものの無反応なその横顔に、彼女は思わず平手を打ちたくなる。うん?と寝起きの彼女に気が付いて、圭は洗濯物の向こうからおはようと穏やかに微笑んだ。
「おは! よう! じゃ!」
「お、っと」
「ないですーーーーっ!」
彼女の絶叫は脱衣所の一角、アンダーウェアを干しているハンガーを中心に響いた。
「ふふ、今日も元気いっぱいだね」
「これを元気と言うんですか、これを、元気と」
寝起き一発目の大音量は、からからの体(の主に喉)に程よい疲労感を与える。ぜぇぜぇと肩で息をする彼女の前、圭は洗濯物の香りを漂わせながらのんびりのんきに最後の一枚を手に取ってピンチに挟む。
「……おや?」
「なっ」
疲労感に支配された寝起きの体は、頭ほどうまく動かない。だから、圭が手にした最後の一枚をまじまじと見つめていても、彼女にはそれを、どうこうするだけの気力も体力もなかった。
「こんな下着、持っていたかい?」
「デリカシーーーー!!」
ないものは、振り絞れ。彼女は圭の手に飛びついてぱっとそれを取り上げて胸に抱える。きょとん、としている圭の前、真っ赤になった彼女は怒りなのか羞恥なのか、ぷるぷると震えながら呼吸を整え、ふぅ、と落ち着いてから言った。
「お洗濯、ありがとう、ございます」
「うん。たまたま早起きができたから、ね」
「でもあの、これ、下着とか、あるので、私やりますから」
「そう? 僕は気にしないけど」
「わーたーしーがー! 気にする!」
元気だね、とくすくす笑う圭の落ち着きとは対照的に、彼女の方は赤くなったり青くなったり、叫んだり虚無になったりと忙しい。デリカシーがない、と繰り返す彼女の方へと一歩近づいて、圭は頭をぽんと撫でた。
「気にしなくてもいいのだけど」
「気にしますよ!」
「そう」
柔和な表情には一ミリの申し訳なさも、ひとかけらの悪びれも、なにもない。純白の彼女の下着と同じ色をしたような圭のイノセンスに、彼女は圭の悪気のなさと同じくらいのデリカシーのなさを感じてため息をついた。
「疲れているのかい?」
「誰のせいですかぁ……」
「ふふっ……うん、僕のせい、だね」
ごめんね、と顔を覗き込むように小首を傾げた圭は、確かに配慮に欠けていたかもしれない、と眉尻を下げる。外に干してはいけないと思ったから中に干したのだけど、と割とズレたことを言う圭の反応に、ほんとにこの人、純粋に、手伝ってあげようかなって思っただけなんだよね、と騙されかけた彼女は、圭の一言で冷や水を浴びせられる。
「でも、それは僕が見たことのないものだと、思うのだけど」
実のところ、これは昨日買ってきたもので、圭の言う通り、デビュー前のものだ。っていうかよく覚えてますね、とぽつりと言った彼女の言葉を、よく聞こえる圭の耳が拾ってくすくすと、悪戯っぽく笑う。
「お披露目を、楽しみにしていてもいいのかな?」
悪気のない、純粋な一言だからこそ圭の言葉は彼女に鋭く、甘く刺さる。その言葉の意味するところがわからないような年齢でも間柄でもないことを把握していてそういうことを言うのだから、圭は本当に、たちが悪い。
「きっと、似合うと思うよ」
「そ、そういうのは」
せめて一矢報いたい、と寝起きの頭に血を回して、彼女はキッと圭を睨み上げて言った。
「見てからにしてください」
「うん、そうさせてもらおう」
ああダメだ、全然効いてない。
圭さんあっち行ってて、と華奢で広い背中をぐいぐいと脱衣所の外に押し出して、彼女は一人、真っ白な下着を干す。
デリカシー云々の問題はなくとも、その白のデビュー戦は今夜と初めから決まっていた。