「お前さんさえよかったら、またこういう楽しみがあると嬉しいよ」
倉庫の片付けをしていた雨彦さんとPさんが埃被って死蔵されてた卓上フライヤーを見つけて串揚げパーティをする話、シメです。社長、あります。
@toasdm
チーズは失敗だったな、と皿を洗って雨彦が言う。ばっちり溶けちゃいましたね、と答える彼女は洗った皿を丁寧に拭いている。加熱時間の見極めが大切なんだろう、と蛇口を捻って水を止め、雨彦は手を拭いてから腰を反らせてとんとんと叩いた。雨彦の背丈では、どうやらシンクの高さが今ひとつ合わないようだった。
「海鮮系はどれも当たりだったな」
「はい! やっぱり王道の海老も最高でしたけど、鮭絶品でしたね!」
「刺身で食っても美味いやつだったからかもなぁ」
「ふふ……そうかも」
まとめて持ってきたビールの空き缶は、山だった。それらをひとつずつ、細く出した水で中を綺麗に洗ってぐしゃりと豪快に握りつぶして、雨彦はゴミ袋をあっという間に半分ほど埋める。潰さなかったら全部入らなかったかも、とそれをちらりと横目で見て、彼女は食器棚を閉めた。
「飲んだな……」
「飲みましたね……そして」
「食ったな」
「食べましたねぇ……」
一塊になった竹串をまとめてキッチンペーパーで包んで、彼女は燃やせるごみの方を担当する。途中チーズが溶けだしてだめになってしまった廃油に凝固剤を混ぜて溶かしておいたものも、するん、とごみ袋に入れて、宴の終焉は片付けで終わった。休日の朝、胃もたれも二日酔いも心配していたほどではないにせよ、まだまだ腹にはお互い余裕がなさそうだ。しばらく揚げ物はいいや、とソファに身を投げ出した彼女の前で、雨彦はこたつテーブルの上の油ハネを綺麗に拭った。
「夜通し飲み食いしていい歳じゃねぇな」
「ほんとに……」
お前さんまだ若いだろう、と雨彦が彼女の額をちょんと突けば、葛之葉さんだってそんなでもないじゃないですか、と負けじと太ももをちょんと突く。くすくすとこぼれた笑い、和やかな空気が満ちた部屋のベランダ窓を、雨彦はがらりと開け放った。
「ああ……空気が綺麗だな」
「花粉も飛んでますし、そろそろ春なんですね」
窓を開けるまでは気にならなかったが、部屋の空気はどうやら随分篭っていたようだ。夜通し串揚げを揚げに揚げて食べていたのだから当然なのだが、こうして落差を感じると、よりいっそう、外の空気が清々しく感じる。
「さて」
レースのカーテンをさっと閉め、雨彦は朝日を少し過ぎた陽光を背負って振り返る。
「そろそろ帰るよ」
「あ……そうですね」
何か朝ごはんでも食べますか、といえるほどの余裕は、色々な意味でなかった。来たときはあんなに大荷物を抱えていた雨彦は、つなぎのポケットの中に必要最低限の身の回り品を詰めた軽い身ひとつで玄関へと向かう。
あ、帰っちゃうんだ――。
途端に襲ってきた楽しさの後の寂しさは、落差が激しく感じられる。
「……」
「また」
トントン、とブーツを履いてつま先をうちつけて、雨彦はもう一度振り返る。
「お前さんさえよかったら、またこういう楽しみがあると嬉しいよ」
それだけで、十分彼女は満足してしまった。一瞬感じた寂しさを清々しい春の風で拭うように、雨彦は彼女の家を後にした。
「……また、かぁ」
まとめたごみと、綺麗に洗った卓上フライヤーとを眺めながら、ゆるいその約束が彼女の中の最後の寂しさを、期待に変換したのを感じて彼女は目を閉じる。寂しさはもう、どこにも残ってはいなかった。
「ふふふ……しばらくは、いいやぁ……」
ほぼ徹夜で飲み明かした疲労感を「心地よい」と感じたのは、それが確かに、楽しい時間だったからに違いないからだ。
後日。
事務所に顔を出した雨彦は、お疲れ様です、と声をかけ彼女の方を見てにやりと笑う。なんですか、尋ねれば、たっぷりと含みのある物言いで、雨彦は彼女の肩に軽く肘を乗せて答えた。
「いや、お前さんとはアツい夜を貪りあった仲だな、って思い出してな」
「は……?!」
「楽しかったな、お前さん。またやろうぜ」
今度はいつがいい?とニヤニヤ尋ねる雨彦をべしべしと叩く彼女の喚きと、嘘は言ってないだろう、とからから笑う雨彦のからかいとでにぎやかな事務所に、パッション満載の声が響いた。
「おお! ちょうどいいところに!」
「あ、社長っ!」
お疲れ様です、と雨彦からさっと逃げ出して、彼女は社長に近付いた。何かありましたか、と尋ねる彼女に、社長はよく通る声でこう言った。
「確か事務所の倉庫に、卓上に置ける電気フライヤーがあったのを思い出してな!」
「っ?!」
「……へぇ」
ぎくり、と固まる二人はちらりと目配せをして、どうしますか、お前さんに任せる、と無言で責任の押し付け合いを始める。しかし社長はそんなことは気にせずに、相変わらず、通りの向こうまで聞こえそうな声で言う。
「もしよかったら君が使うといい、あー、一人暮らしだったか」
「えっ?!」
「っははは」
チーズフォンデュやチョコフォンデュもできるそうだぞ!と元気よく彼女の肩をたたいて、社長は颯爽と去っていく。
「ぁぁぁ~……寿命縮みましたぁぁぁぁぁ~……」
「っはははははは!」
その場にへたりこんだ彼女と、大笑いする雨彦。よかったな、丸く収まった、と目線を合わせてしゃがみこんだ雨彦は、ニッと歯を見せて笑う。
「次は春のいちごでチョコレートフォンデュもいいかもな」
「あーーーー……ははー……そうですねぇー……」
悔しいことに雨彦の提案は、串揚げよりも魅力的に思えた。ミニたい焼きは禁止ですからね、と言ったのは、その悔しさの裏返しのようなものだ。そうかい、じゃあまた予定あわせようぜ、と去っていく雨彦の後姿を見送って、彼女は深い溜め息をついた。
いつになるか、予定は決まってないけれど。
よろめきながら立ち上がり、仕事を始めた彼女はデスクのメモに「取説読むこと」と書いてぺたりとモニタに貼っておいた。