@kyuri_akita
赤い鳥居をくぐり抜けると、途端に陰鬱とした空気がまとわりついてくるような気がした。
退廃した空気はカガチの気のせいでしかないと、首を振って歩みを進める。
この場所は陰鬱としたものが集合してはいても、なぜか定まっていないはずのルールがそこかしこに敷かれ、適度な衛生を保っている。何かか誰かが勝手に掃除をし、そこらに転がった死体は勝手に消える。腐敗臭がする前に肉は片付けられていく。
通りごとに区分けのされていれるのは、入ってしまえば一目瞭然だった。もっとも、その区分けとルールが見えないものは端から消えていくので、ある意味では選別されているのかもしれない。
折り重なった塔のような建物を見上げて、カガチは何階だったかと首をかしげた。久方ぶりに足を踏み入れる場所は、なんとなくなじみがあるような安堵するような気配すらあった。それだけ、カガチが退廃とした空気に馴染みすぎた証拠でもある。
がたがたの歩かれすぎて丸みを帯びた石階段を上り始める。行きかうひとはお互いに顔を隠すようにしているか、反対にこれでもかときらびやかにしているかのどちらかだ。
そこは城、と称されているものの、城とは以て異なるものだった。がらくたが積み重なった末に塔になったような、秩序のない雑然さが上へ伸びてしまった、というほうが正しい。
それでもこの場所を、あるいはこの塔らを示して呼ぶのは『百重城』だ。折り重なり、法にも乗らぬ適当な建設をして広がっていくこの場所にはある意味ではふさわしいのかもしれない。
「あ、カガチ!」
そう声がして、カガチは狭い通路で足を止めてしまった。
呼ばれた声に四方へと顔を向けると、うふふ、と楽しそうな声が降ってきた。
「上よ、上!」
言われて顔を上げれば、赤い格子のある建物のそばに吊るされたブランコに腰かけて、足を揺らす少女がいた。
癖のあるふわふわとした赤い髪を二つに分けて、鶴と亀が刺繍された着物を着ている。裾は膝上までしかなく、その下にふわふわとしたスカートのような、綿のようなものをつめているようにカガチには見えた。
縁起物の赤い地の着物はこの地に似合わぬ不自然さを強烈に植え付ける。迷い込んだ人間をさらに落としていくような、強烈な違和感。
もっとも、娼館にせよ、別の意図の店にせよ、こうしたちぐはぐさはこの城ではよく目にするものである。ふらりと迷い込んでしまった男であれば、こういうものを目にしてしまえばひとたまりもないだろう。
だが、倫理とはとうに決別してしまったカガチは、この手の演出に、残念ながら落ちることができなかった。
「ああ、キンギョか・・・」
なんだ、とカガチは足を止めたことを少し悔やみ、歩行を再開しようとした。
「ひどぉい!」
しかしすぐにちゃりん、と音がして、上からどさりと何かが降ってきた。それは見事にカガチにのしかかり、カガチはう、と呻いて膝をついた。
「なんだって言ったでしょう!ひどいわ!ひどいんだから!」
煩い、と眉根を寄せて、ふわりとあまいにおいを漂わせる生き物を見やる。
幼い子供の形をした生き物が、あまり変わりはなさそうだと、カガチは手袋を外して頭をなでた。ふわふわとした髪は、光源の少ない中でもきらきらと光を弾く。
「あら、キンギョが鳴いてるわ」「また誰か捕まえたのね」
くすくすと姿の見えない女の笑い声が、どこからともなくこぼれてくる。
「キンギョ、いい子ね」「だめよ、鳴いてしまって」「戻ってらっしゃい」「さぁさぁ、捕まえて」
笑い交じりの女のささやきに、カガチはため息をこぼした。
「帰れ」
「やだ!」
笑顔で元気に返事をしたキンギョに、カガチは構わずに立ち上がる。
「俺は今日はお前に用はない」
今日は違う目的で来たのだと、そばで立ったままのキンギョに告げた。
「やだやだ!キンギョ、もっとカガチといたい!シゲイにも会いたい!」
「俺は金なんぞ払わないからな」
どいつもこいつも動かすには金が要る。ここはそういう場所だ。聖界で唯一、平等とは程遠い場所で、赤い眼をした貿易商が嬉々として交易をする、金ですべてを解決できる場所。
「キンギョ、泳いでくる!」
そう高らかに宣言すると、女たちはくすくすと笑った。
「暗くなる前に、帰っておいでなさいね」
まるで子供を甘やかすようなそれに、カガチは思わず顔を歪めた。
「はあい!」
にこやかに返事をするその姿は、まるきりただの童女だ。
よくできたものだと、カガチは鼻を鳴らすと、ちゃりん、と鈴の音を鳴らすキンギョをまとわせ、そのまま階上を目指した。
「キンギョね~、この間ね、きれいなおさかなもらったの~」
きゃらきゃらと話す生き物に、そうかと相槌を打って、カガチは目的の店を探した。そこかしこに広がる露店と、扉を閉めて入店を断るような雰囲気の店と、通路に転がる人間。時には人間ではないものも通路の端の闇の中で目を光らせている。
相変わらずごちゃごちゃとしていてわかりにくいな、とカガチはゆっくりと階段を上る。
「ねえねえ、カガチ、あれよ、キンギョがもらったの!」
長い服のすそを引かれて視線を向ける。すると階段につながる通りに、紫の鮮やかなヒレをもつ魚が、水槽の中で悠然と水の中を泳いでいた。
他に並ぶ魚よりははるかに高額な値のついたそれに、カガチはしばし視線を向ける。
「・・・珍しいな・・・あれが生きた状態だなんて・・・キンギョ、あれはちゃんと食べろ。食事用にもらったんだろ」
観賞用ではないのだろうと、己の知識をひっくり返してカガチはそう助言した。
あれは毒の沼にしか生息しない美しい魚だ。あたり一帯、瘴気と毒気でとてもではないが、魚を手に入れるところではない場所で生きている。そのため生態は謎が多いが、手に入れるのも育てるのも苦労する生き物だ。なにせ、普通の水に入れていても、水を毒水へと変える猛毒の生き物である。
普通の人間であれば、食べるなどとてもではないが、できたものではない。触れるだけで炎症を起こして肌を焼くため、特殊な手袋が必要なほど、扱いも難しい凶器だ。
「でもきれいよ」
もったいないと口の先をとがらせる童女に、あのな、とカガチは呆れ交じりにため息をついた。
「お前は『蟲』なんだから、そんなのは気にしなくていいんだ」
行くぞ、と足を進め、路の途中で折れ曲がる。
「きれいなものが欲しかったら、眼球でも買ってやる」
だからあれはあきらめろ、とカガチは冷淡に言い放った。
「お目め?」
こてりと首をかしげたキンギョに、そうだとうなずく。
「今日はそれを買いに寄った。魔眼のうち『水呼眼』があればいいが、商品を作るために、普通の眼球もな・・・。そろそろ作って売らないと、金がない」
道楽するにも金が必要だと、カガチは肩を落とした。
それに今は情勢がいい。カガチには稼ぎ時なのだ、できる範囲で大量生産したいと材料集めに必死である。
「むしは~?キンギョ、お友達いっぱいほしい!」
両手を上げて主張する生き物に、カガチは苦々しい顔を隠さなかった。
「お前を作るのに、どれだけ金と時間がかかったと思っているんだ・・・美しく、愛らしく、それでいて凶悪で人型・・・試しに作ってみただけでも、費用と労力があっていない。普通に何も考えず、蟲毒になんでもかんでも突っ込んだほうがましだ」
その時を思い出して顔をしかめていると、キンギョがここよ、と前を横切った。
足を止めた店の露店の中からは、おやおや、と年齢の図れない声が聞こえる。
暖簾には目をかたどった文字があり、カガチは躊躇なくそこをくぐった。
「久しぶりの顔だねえ」
目を覆って、姿など見えるはずがないのに、店主はそう言ってにたりと口元を割いた。
キンギョは瓶に詰められた様々な眼球を、菓子でも眺めるように見ている。
「・・・魔眼でいいものがあればほしい。他にもいくつかきれいなものを見繕ってくれ」
はいよ、と店主が腰を上げて棚に並んだ瓶をいくつか引っ張り出す。左手の歪な金属の指が、かしりとガラスを引っかきながら、液体に浸る眼球を選別していく。
「とりあえず、きれいどころだとこんなものでねえ」
横長の机に並べられた瓶を手に取り、鮮やかな色の眼を見比べる。取られてそう間もないのか、いまだ感情を残してさえいるかのような眼球に、相変わらず保存技術がすこぶるいいなとカガチは心の中で賞賛を送る。
「やはり青色系統が多いな」
聖界で多い目の色の値段は低めだった。暖色系等になればなるほど、値段が上がっている。
「そのあたりはよくあるんでねえ」
見る、ということができればいいかと、青色の目をいくつか買い込む。手持ちの材料を頭の中で思い浮かべ、見た目のバランスを考えて、緑色と黄色も買うことにした。
値段交渉はわきに置き、魔眼の一覧を書面で見せてもらう。
「・・・魔眼はあまり変わり映えがないな」
前回訪れた時とそう変わらず、目的のものがなかったことに少しだけ肩を落とすと、店主は口の先をとがらせた。
「図書の国に逃げ込むのが多くて、そのあたりは最近厳しいでねえ」
でもこれだけそろってるのはうちだけだよ、という声に、それもそうだなとカガチは素直に同意した。
魔眼を持っている人間は、そもそも隠したがるものだ。こうして売買されるものであるし、そもそも希少性も高く、狙われやすい。
「その図書の国相手に戦争吹っ掛ける情勢が漂ってる、兵器は売り時だ」
つまりカガチの稼ぎ時だ。
カガチは道楽と研究を兼ねて、怪物を作りだしては兵器として売って生計を立てている。カガチの怪物づくりはとにかく材料が大量に必要で、いろいろなものを食わせて食い殺し合わせて作り出す。
遥か東の国では『蟲毒』と言われる技術だ。それを聖界の隅々を渡り歩いて、いろいろな材料を食わせ、時に魔物さえ食らわせて、自分の技術を少しずつ変えながら、実験し、怪物を作り上げては売っている。
キンギョもその作品の一つだ。
童女のように見えるように、それでいて人でなく、話し、笑い、泣かない蟲。その身に毒をため込み、相手を殺す呪い具だ。
「むだだよお~戦争なんて」
敵うはずなかろうという言葉はもっともだとカガチも思う。
知識をため込む勇者がいる、研究機関のような国に敵うわけがない。鉄壁の守りと、すべてを薙ぎ払う攻撃力。どれほどの戦力を抱えているのか、カガチにも想像もつかない。
「まあ、戦争は人間を狂わせるし、戦争時は『蟲』がよく売れる」
あまり高くはない魔眼をいくつか選び、値段交渉をする。ぎりぎりまで値下げし、妥当なラインに落ち着くと、交渉の中、追加で得た傷物の眼球も包んでもらう。
「まあ、眼も仕入れ時だけどねえ~」
でも戦争時はきれいでないものも多いから、考え物だとこぼす店主に、カガチはひっそりと笑った。
「いや、戦争は勝負だ、勝敗はわからないぞ・・・万が一、あの国が負けたら、大量にいろいろ、でてくるわけだろう。噂の魔眼も出てくるかもしれない」
その言葉に、店主は面白くもなさそうに口元を曲げた。
「『支配階級の眼』、ねえ・・・」
視界に入れたすべてを支配し、従わせる究極の魔眼。意識もないうちに他人を支配するという王のためのような眼。
血により継がれるその魔眼自体は、ひとつ、はるか古代帝国の為政者が持っていたものとして、かの国で所蔵が確認されている。
そしてまことしやかにささやかれている噂がある。
『支配階級の眼』の保持者が、図書の国にいる、というもの。
「眉唾物だよねえ・・・」
あるのかねえ、という店主が何回かその真偽を確かめに殺し屋を差し向けているらしいのだが、あの国に送りこんで帰ってきものはいないともっぱらの噂だ。
「ほかにも魔眼ならいろいろ出てきそうな気はするが」
ま、ない話をしても仕方ないねえ、と店主は肩をすくめた。
「お金に困っているなら、かの国はどうだね、あそこは研究者なら受け入れてくれるんじゃないかね」
包まれた眼球を受け取り、背負っていた荷物に入れる。店主の言葉に、カガチは眼を細めた。
「・・・だめだな、あそこは死体が買えないから」
培養された肉体は大丈夫でも、死したものは扱わない。人身売買も禁止されている。カガチには非常にやりにくい。
恨みを持つ死体だから必要な時もある。壮絶な生きざまが作り出す怪物が、カガチを魅了してやまない。食らい合い、殺し合い、腹に満たして、己の一部として、それでもなお生き残る『蟲』として生き残る美しさを、カガチは愛している。
店主は鼻を鳴らして、手を振った。
キンギョは終わった!?と立ち上がり、ちゃりんちゃりんと鈴を鳴らしてついてくる。
(しかし、)
戦争を吹っ掛けたところで、負けるだろう。
カガチは作り出した怪物を愛してはいるが、執着はない。消費される商品であることは、それで稼いでいる以上、仕方のないことである。
だが。
(勇者に一撃を与えられるような、『蟲』・・・)
それだけの蟲毒を作り上げるには、何が必要なのだろうかと考えると、口元が歪む。
それだけの毒物で、それだけの魔物で、それだけの、脅威。
そんなものをあるのだろうかと思考がうごめく。
「カガチ、とっても楽しそうよ。何考えてるの?」
「勇者を殺すのは、どんなものかと思って」
なあんだ、とキンギョは金色の眼を細めた。
「そんなの簡単じゃない!魔王よ!」
なるほど、と笑うカガチは、そのままキンギョを引きつれ、塔の奥へと姿を消した。きゃらきゃらと笑う童子の声と鈴の軽やかな声が、夜の暗闇に満ち始めた城で小さく響いた。