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[みのP♀]怪盗みのりん

全体公開 2164文字
2020-03-09 12:51:50

……怪盗みのりん、とか名乗ったらどうですか」
「あ、それいいなぁ」
みのりさんの初恋泥棒のお話です。

Posted by @toasdm

 懐かしさに細めた目には、どう映っているのだろうか。注目しているのは、男の子が持っている束ねた野花の方なのか、それともニコニコとそれを受け取っている女性の方なのか――彼女はそれとはなしに、その光景と隣のみのりとを見比べた。
「ふふ……いいよね、ああいうの」
 見ていたのは、どうやら花ではなく光景の方だったか、と彼女は居住まいを正した。そうですね、と答えて歩き去った商店街の片隅、幸せそうな声は離れてもまだ、心の中に残っていた。
「プロデューサーはさ、ああいう経験ある?」
「ああいう、っていうと……ど、どっちの、方です?」
「ああ、っふふ……先生の方」
「先生の方……
 記憶をたぐりよせてみて、彼女は忘れていた昔の話を思い出した。ありますね、と少し気まずそうに、でも懐かしそうに答えた彼女に、やっぱり、とみのりは笑う。
「大きくなったら結婚してください、って?」
「うん、大きくなったらお嫁さんにするから、って」
 確か、近所の子だったはずなんですけど、とはにかむ彼女は、その男の子の名前を思い出せているのだろうか。みのりは彼女の答えをじっと待った。
「中学生くらいの時ですね。近所の、三歳くらいの男の子だったと思います」
「そっか……その頃からモテモテだったんだ?」
「ち、違いますって!」
 今もずっともててないです、と慌てる彼女に、みのりは優しい目線でぽつぽつと話しかけた。
「俺もさ、男女逆だけど、花屋やってた頃に言われたことあるんだよね」
「え、女の子に、ですか?」
「うん」
 ニコニコと嬉しそうなみのりの話に、彼女は思わず聞き入った。あ、あそこにしようか、と商店街のはずれの公園に据えられたベンチに、二人は腰掛けて買ったばかりのカレーパンの包みを開けた。どうぞ、と差し出されて受け取って、彼女はぱくりと一口かじりつく。
「ん……! ほんとだ、おいしいっ!」
「あっははは、だよね! 俺のおすすめなんだ」
 嬉しそうなみのりも豪快にがぶりと噛み付いて、中から出てきたカレーソースをおっと、と指で拭って、ちゅっと吸い付いてみのりは続けた。
「大きくなったらお嫁さんにしてくれる? ってさ……どう答えるのが正解なんだろうね」
 プロデューサーはなんて答えたの?と小さな約束の顛末をみのりは尋ねる。どう答えたんだったっけ、と彼女はまた記憶を掘り起こして、ああそうだ、と手繰り寄せた記憶が、胸に懐かしい感覚を呼び起こした。
「好き嫌いしないでちゃんと食べて、大きくなったらそのとき考えようか、って言った気がします」
「うわオトナだ」
 くすくす笑うみのりに、渡辺さんはどうだったんですか、と返す刀で切り返す彼女の方をにこにこと見下ろして、みのりは答える。
「突然のことで困っちゃって、嬉しいな、って答えてそのままかな」
「ある意味オトナじゃないですか」
「ふふ……そうかな」
 もぐもぐとカレーパンをあっという間に食べ終えて、みのりは紙袋を小さくまとめる。ずるかったよね、と苦笑するみのりに小さな女の子が、大きくなったらお嫁さんにしてくれる?と聞いている光景が、彼女にはなんとなく想像できた。
「あーあ……今ならもっと、上手いこと言えるのになぁ」
「そうなんですか?」
「うん」
 よ、と勢いよく立ち上がり、みのりは春の日差しにうんとのびをする。例えばさ、と彼女の方を振り向いて、みのりはぽんぽん、とカレーパンを食べる彼女の頭を撫でて腰をかがめて目線を合わせた。

「誰もが振り向くようなとびきり可愛い子に、君ならきっとなれるよ。だからいっぱい食べていっぱい笑って、素敵な大人になってね。その時誰も隣にいなかったら、俺が迎えにいくからさ」

 そんなずるい話がありますか、と思ったことは、今のみのりが導き出した答えがあまりにも完璧だったことと、今ここで、自分に、思いっきり情感たっぷりに言ってのけたことの二つだ。一瞬にして味のわからなくなったカレーパンを持ったまま、彼女はぽかんとみのりを見上げる。
「って、ダメかな?」
「あ……ええと……
 みのりの方はすっかりいつもどおりに戻っているのに、あまりにも王子様なみのりにがしっと心をつかまれてしまった彼女の方は、自分が今どんな顔をしているのかすらよくわからなくなっている。
……私は、いいと思います、けど」
「けど?」
 腰を伸ばして立ったみのりから目線を逸らして、彼女はぽつりと言った。
「初恋泥棒もいいとこですよね」
「あはは! うん。確かにそうかも」
 これ初恋じゃなくてもいい気がしてきたぞ、と少し熱く感じる頬を隠すように、彼女はカレーパンに貪りつく。
……怪盗みのりん、とか名乗ったらどうですか」
「あ、それいいなぁ」
 今度そういう仕事とってきましょうか、と漸くいつもの調子が戻ってきた彼女がカレーパンを食べ終わる頃、公園の向こう側の道路を先ほどの男の子がスキップで抜けていくのが見えた。
「うまくいったのかな」
「なんて答えたんでしょうね、あの先生」
「ふふ……どうなんだろうね」

 おれ、大きくなったら先生のことお嫁さんにするから!

 そう宣言したあの男の子の初恋の行方を、二人は他人事と我が事の真ん中あたりの気持ちでぼんやりと見つめていた。


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