百重城
百重城設定まとめ
○百重城とは
というレヌさんのツイートを元に、勝手かつ乱暴に設定を詰めてみた。
○立地と外観
東西を走る大地の裂け目、峡谷の真上。亀裂を塞ぐように建物群が存在する。百重城自体が巨大になりすぎて、近くで見てもそこに峡谷があるとは分からない。地上から見た外観は椀を伏せたような形状をした、まさに山である。
周辺は広い荒野かつ不毛の土地である。峡谷はほぼ垂直に大地が裂けており、崖下に川が流れてはいるものの、かなり高さがある。他に橋が掛けられている場所もなく、したがって北から南へ移動するためには、百重城を“通行する”か、迂回して東の山岳ルートを通るかしなければならない。賢明な旅人は山岳ルートを通る。
百重城は峡谷を繋ぐ橋と南北の崖に作られた城塞が元になって出来ている。対岸にそれぞれ2つずつ、意匠の異なる監視塔が角のように生えており、その周りを幾重にもバラックや堡塁が取り巻いている。橋の周りにも橋桁を勝手に延長して増築した建物があるが、橋の真上には建物は存在しない。よって真上から見ると、歪な円形をしている百重城のど真ん中に丁度穴が開いているのが分かる。
○治安
絶望的に悪いという評判。百重城を無策に生きて出られることはないとか、一度通るだけで強盗で合う可能性が150%あるとか、様々。実は“橋の真上だけを通れば”何事もなく通行できる。だが、橋の手前から広がるように存在し、迷路のように入り組んだ百重城の中を真っ直ぐ進むことなど不可能である。様々な場所を通るたびに通行料を取られ、橋を通り抜けるまでに素寒貧になる旅人もしばしば。無論、抜け出すためには百重城の中で金を稼ぐのが手っ取り早いのだが
……。
○百重城の不文律
「橋の上は中立地帯である」
あらゆるコミュニティの存在する百重城では、橋がこの場所唯一の中立地帯だ。一切の争いが認められていない。橋は誰のものでもないし、百重城全体で共有されるパブリックな場所である。よってこの真上に建物を作ることも認められない。破れば所属する派閥に関わらず、住民から粛清を受ける。
○支配者
百重城全体を支配する支配者は存在しないが、大小様々な犯罪組織の温床となっている。また、住民の安全を守るための自警組織が存在する。あくまで住民の安全なので、訪問者や旅人を守ってくれるわけではない。
○住民と場所について
橋を挟んでおおまかに南地域と北地域に分かれる。さらに、上層と下層とで住民の貧富が変わる。光の入らない下層は地価や賃料が安く、貧しいものたちの住処であり、上層に行くほど富めるものたちの住居となる。光の当たる場所は地価が高いが、百重城内のそういった場所はしばしば公共の場所、例えば公園や学校などになっている。
・監視塔
実は取水塔も兼ねている。峡谷の谷底深くから魔道具の力で水を汲み上げているらしい。4本の監視塔はそれぞれの自警団、あるいは犯罪組織の本部でもあり、彼らは上水道の整備と自分たちの管轄する地域の安全を住民に保障する代わりに、住民から高めの水道料金を徴収している。
・上層
日差しがあるために明るい。建て増しされた箇所が多く、新しい。上下水道完備。屋上はしばしば子どもたちの遊び場になる。上層の住民は金持ちが多い。彼らは外部との交易で儲けている商売人であったりする。百重城内外の事情に精通したものが多い。その情報ですら、彼らにとっては商品となり得る。
・中層
旅人向け、行商人向けの店が多い。光の入ったり入らなかったりする場所がまちまち。通路も多い。百重城にはあらゆる種類の店があり、手に入らないものはないとまで言われる。他の国にはない妙な店も多い。不動産屋から医者、本屋、精肉工場、生地屋、木工所
……多種多様だ。活気があり、大きな通路は夜も賑やかである。
■水屋
監視塔から水を汲み上げて、下層や上水道の通ってない中層の必要な場所へ水を届けるための水の問屋。犯罪組織のお抱えであることも多く、水が貴重な場所柄のため食料より配達料を含めた水が高価になることが常。水屋はさらに多数の配達人を抱えており、多くは小さな子どもである。配達人は城内の通路と住人に精通しているため、しばしばその他の郵便や配達物の仕事も請け負う。
■目屋
・下層
貧しい住民の層というが、大部分の住民はここに住んでいる。賃料が安いからだ。その代わり、環境は劣悪である。日が差さないし、下手をすると上層からゴミが降ってくる場所や汚水が常に雨のように降る通路さえある。病気になるものも多い。さらに無茶な建て増しをした箇所は床が脆く、下手をすると谷底へと落下する危険がある。
・学校
百重城内には実は女神教の教会もある。学校は教会と併設され、その信徒たちが運営している。子どもたちは最低限の読み書きと算術をここで習うことが出来る。商売人の多い百重城では、子どもが大きくなったらすぐ働かせるのではなく、まず学校に通わせてから仕事を手伝わせることを選択する親もいる。なお、百重城内にはお手本のように敬虔な信徒というものはあんまりいないようだ。
○歴史
かつてこの場所は南北にあった国同士の国境であった。貿易の要所にして防衛のための重要な砦でもある。和親と交易のために橋が架けられて数十年は平和だったが、突如として北の国が魔王の侵攻に脅かされ、やがて滅んだ。
難民たちは南の国へ移動するものも多かったが、あまりの多さに南側は住人の入国を拒否。北側は難民たちが勝手にバラックを建て住み始める。そのうちに南側の国も大国の侵攻に遭い、滅んでしまう。北と南の両側から故郷を失った人々が押し寄せ、やがてひとつの大きな街になった。
理由の異なる侵略の恐怖から、南北の住人たちは幾度も彼らの手で堡塁や城壁で街を囲った。住人が溢れる度に上へ横へ、あるいは岸壁に沿って下へ下へ
……。行く場を失った人々の中には流れ者もおり、そのうちにどこからか住処を失った、複雑な事情を重ねた人間が増え、人が増えれば職が増え、商売になると見れば商売人が増え
……そうしたことを繰り返すうちに百重城はより巨大に膨れ上がり、良からぬものたちと良からぬものが集まる聖界の吹き溜まりと呼ばれるようになったのである。