@toasdm
「弁当かい?」
「っ!?」
肩越しにひょいと覗いた顔に彼女は喉を詰まらせそうになる。いつの間に、と振り返れば案の定、にやにやした顔がお疲れさんと彼女を見下ろしていた。
「お疲れ様、です」
「へぇ……卵焼き、うまそうだな」
雨彦の視線は彼女のデスク、小ぶりの弁当箱の中身に注がれる。手作りかい?と聞かれて彼女は小さく頷き、ペットボトルのお茶を飲んだ。
「早起きして朝から手弁当とは、お前さんなかなかやるな」
「いえ、前の晩に用意しておいて、朝は詰めるだけなんですけど」
冷凍食品も使ってますし、と小さな唐揚げを指せば、上手に手を抜いてるんだな、と褒める手がぽんぽんと彼女の頭を優しく撫でた。
「うまそうだな」
「……ええ、と」
二回も言うということは、もしかして食べたいのかな、と彼女は少し躊躇しながら卵焼きの一切れを箸で摘まんで雨彦に差し出す。
「食べますか?」
「ん」
食べますか、の「す」を言い切るか言い切らないかくらいのタイミングで、箸先からおいしそうな黄色が消える。食い気味に答えた雨彦はまた腰を折り顔を近づけ、目を閉じてぱくりと卵焼きにかぶりついた。
なぜ!目を!閉じるん!ですか!
姿勢を戻してもぐもぐと咀嚼しながら、親指で口の端を拭った雨彦は目を細めてにんまりと微笑んだ。
「うまいな……半熟ってのもまたいい。お前さん、卵焼きは甘めが好きなのかい?」
「え、ええ……まぁ……」
今の満足そうな表情と、先ほどの目を閉じて近づいてきた顔とが同一のものとは思えない。そうかい、と答えた雨彦の視線がまた弁当箱に注がれて、今度はどうやら、夕飯の残りのきんぴらが気になるようだ。
「昨日のお夕飯の残りなんですけど」
「あーん」
「っ……」
遠慮を知らない大きな口が、きんぴらごぼうを待っている。また目閉じてる、とある種色気のような独特の雰囲気をまとった雨彦の口の中に、彼女はきんぴらごぼうを放り込んだ。
「ん……」
ぼりぼりぼり、といい音を立てて、歯ざわり抜群のきんぴらごぼうを味わう雨彦の口の中に、少ししょっぱいので、と彼女は白飯も追加する。お前さん気が利くな、とそれもぺろりと味わった雨彦に、彼女は気が付けば弁当の半分以上を分け与えていた。
「はぁ……うまかった」
心底堪能しました、と書いてあるような雨彦の顔に、彼女は満腹感と引き換えに満足感を得る。おそまつさまでした、と苦笑しながら空っぽの弁当箱のふたを閉じ、彼女の昼食は半分の量で終わった。
「結構もらっちまったな」
「まあ、そうですね」
少し落ち着いたのか、ばつの悪そうな顔をして雨彦はがしがしと後ろ頭を掻く。ちらりと腕時計を確認すると、まだいけるか、と雨彦は小さく呟いた。
「ご馳走になっちまった礼に、三十分だけ時間くれよ」
ポケットから取り出したのは、事務所近くのうどん店の割引券。お礼なのに割引券使うんだ、と苦笑した彼女に、それもそうか、と雨彦は割引券をしまった。
「きっと、葛之葉さんのおすすめならおいしいんでしょうね」
「ああ、俺のお墨付きさ」
「どうせならお得に食べちゃいましょうか」
「……っはは、そうだな」
小さいサイズもあるぜ、と笑う雨彦と連れ立って、彼女は事務所を後にする。
「俺ばっかり好きなもん食って悪いな」
おいしいものはいいものです、と歩きながら答えた彼女は一瞬流しかけたが、その雨彦の言う「好きなもん」に時分の弁当が含まれていることに気づいて一瞬立ち止まる。
「ん? どうしたんだい?」
「い、いえ、なんでも」
明日もしよかったら、葛之葉さんの分も作りましょうか?と聞くべきか、聞かざるべきか――嬉しそうに鼻歌を歌う雨彦の隣、彼女はしばらく頭を悩ませていた。