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[雨P]飲みなおし

全体公開 1 1593文字
2020-03-13 19:15:16

「オフの時に仕事思い出させちまったかい?」
友達と飲んだ帰りに、酒入った雨彦さんとばったり偶然遭遇したPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 気の置けない友人と串揚げ片手にそこそこ飲んだ、帰り道。空気の柔らかさやふわっとした温度が告げる春に、彼女は目を細めた。酔っておぼつかない足取り、などという可愛げはなかったが、ふわふわした気分で駅へと向かいながら彼女は、物足りなさを感じてその足取りを一速落とした。
 このまま帰ってしまうのは勿体無い、と、出不精の性格が酔いの水面からひょっこり顔を出す。どうせ出たんだし、もう少し飲んで帰ろうかな、と駅向こうの繁華街に目的地を変更しかけた矢先、それは、その目的地方面から出し抜けに現れた。

 会いたいような、そうでも、ないような。

 仕事抜きの完全オフの状態から、彼女の気持ちのリレースイッチがカチカチと音を立てて切り替わり、まばらな人並みから頭ひとつどころかふたつ分くらい飛び出した長身に彼女は手を振った。向こうも気付いて、手を上げる。
「お疲れ様です、葛之葉さん」
「ああ、お前さんか。お疲れさん」
 飲み帰りかい?と尋ねてきた雨彦の方もどうやら飲み帰りのようだ。はい友達と、と彼女が答えれば、そいつはいい、と雨彦が道の端にすっと寄り、彼女もそれに追随する。
「こっちはちと大人の顔合わせでな」
「ああ……お仕事関係ですか」
 それはさぞかし肩が凝っただろう、と、普段と変わらない肩の凝らなさそうなつなぎ姿の雨彦を見上げる。
「お前さん、オフはそういう格好なんだな」
「あはは……スーツで飲みに出るのは仕事帰りくらいですから」
 そいつもそうか、とからから笑う雨彦は、彼女の肩にぽんぽんと手を置く。葛之葉さんってお酒入るとこんな感じなんだ、と新鮮さを覚えた彼女を、雨彦はじっと見つめる。
「オフの時に仕事思い出させちまったかい?」
「え?」
「いや……休みの日に担当アイドルと顔を合わせる、ってのもどうかって話さ」
 彼女の表情の微妙さから雨彦は、自分の存在が彼女のほろ酔い気分に水を差したのではないかと気遣っているようだ。違います違います、と慌てて否定して、彼女はやや早口で説明を始めた。
「全然そういうことない、っていうとちょっとはまぁ、嘘になっちゃうんですけど、あの、どっちかっていうとさっき友達と別れて、これからそのまま帰っちゃうのももったいないから飲みなおそうかなぁ、とか考えてたっていうか」
「へぇ」
 飲みなおしか、と雨彦は顎に手を当てて考える。なんか変なこと言ったかな、ちょっと早口でわざとらしく見えちゃったかも、と雨彦の様子を伺う彼女に、雨彦はニッと歯を見せて笑った。
「いや、俺もちょうど堅苦しい席で飲んだ気も食った気もしなくて、飲みなおそうかって思ってたんだが……
「は、はぁ……
 これはどっちに転がるんだろう?と彼女は雨彦の言葉を待つ。ちょうどいい、と顔を上げて、雨彦はフッと息を吐き出した。
「男一人で飲むのも寂しいもんだろう? よかったら付き合ってくれよ、三杯までなら奢るぜ?」
……っふふ」
 大きな手、人差し指と中指と薬指を立てて、雨彦はおどけた調子で彼女に提案する。嫌じゃないなら付き合ってくれよ、と少しコミカルに飲みなおしを申し出てくれた雨彦の様子に、彼女の中の仕事のスイッチがカチリ、カチリ、と少しオフになる。
「私でよければ、お付き合いしますよ」
「っはは、そいつは助かるよ」
 店も時間も何も決まっていなかったが、どうやら楽しそうなことは決まっているようだ。友人とも仕事とも少し違うような感覚で、二人は夜の街をふらふらと歩く。
 雨彦がどんな店を選ぶのか、何を飲むのか、どのくらい食べるのか、どんな話をするのか――興味はそそられ、俄然楽しみになってくる。
「お前さん、楽しそうだな」
「三杯まで無料ですしね」
「しっかりしてるなぁ……

 入ったことのない店に足を踏み入れた頃、彼女の仕事のスイッチはすっかりオフになっていた。


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