Excessive Blizzard〜恋の栞 Part.16〜

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2020-03-14 15:29:54

季節が巻き戻る時、ひとりの女が脅威を運んできた。
武者司書ラブストーリー、第16話。
※戦闘ネタ、捏造設定注意!※

Posted by @natsu_luv

春の足音が少しずつ近付いている。
朝晩はまだ肌寒いけれど、陽射しの暖かさを感じられることが多くなった。
午後の潜書の合間に、私と武者くんは中庭のベンチで休憩をしていた。
花の咲く時を楽しみにしているのか、中庭の住人たちが花壇の土を眺めている。
私達はその光景を微笑ましく感じていた。

「カッパワニさんとカワウソくん、とても可愛らしいわね」
「そうですね。あれ、有島と女の人がいますね……
「本当だわ。珍しいわね」

灰色がかった黒髪の女性が有島さんと何か話をしている。
プレゼントと思わしき箱と手紙を手にしながら、彼女は何処か艶かしい微笑みを浮かべていた。
私達はふたりのいる方へ近付いていった。

「私、ずっと有島さんのことをお慕いしていたんです。こちらは贈り物です。受け取ってくださいませ」
「気持ちはありがたいけれど、外部の人からの贈り物は直接受け取れないんだ」
「そうなんですか。残念です……
「どうか致しましたか?」

私は困ったような表情を浮かべている彼女に話しかけた。
桜川町図書館には、一般客からの贈り物は開架図書エリアのスタッフか特務司書が預かるという規約がある。
その旨を説明して、私は彼女から贈り物を預かった。

「お手数おかけいたします。あっ、私は深見聖良と申します。また来ますね」

そう言って、聖良さんは中庭を後にした。
聖良さんが後ろを振り返った時、青い薔薇のピアスが揺れて光った。
何故かその映像が私の目に焼き付いていた。
そろそろ休憩時間が終わりそうだ。
私達は図書館に戻って、浄化作業を再開した。

浄化作業を終えた後、私は聖良さんから預かっておいた贈り物を有島さんに渡しに行った。
ちょうど有島さんは里見くんと談話室で寛いでいた。
贈り物の中身は青い薔薇と雪の結晶が描かれた小物入れだった。
手紙の封筒や便箋にも同じモチーフが使われていた。

「綺麗だね。その人、武郎兄にこんな高そうな物を贈ったんだね」
「何だか恐れ多いな……。僕は特に目立つようなことはしていないのだけど……
「そうね。私もそこが引っかかるわ。どうして、彼女は有島さんのことを知っていたのかしら」
「そういえば、そうだよね! 確か、僕らは催し物の手伝いの時以外は開架図書エリアに行かないよね」

里見くんの言うとおり、転生文豪たちは開架図書エリアの行き来を制限されている。
一般の利用客が無断で浄化作業エリアに立ち入ることも禁止されており、一般客が転生文豪たちの顔を見られるのは開架図書エリアで催しがある時くらいだ。
深見聖良という女性は一体何者なのだろうか。
私の脳内に彼女の素性に対する疑問が浮かび上がっていた。



翌日、深見聖良さんはまたこの図書館を訪れていた。
昨日と同じように、中庭に有島さんを呼び出してお話をしていた。
有島さんと言葉を交わしている時の聖良さんは、まるで愛する男を射止めようとしているかのようだった。
一方で、有島さんは彼女のことを少し煙たそうに感じているかのように見えた。
私は武者くんと里見くんと一緒に、物陰から有島さんたちの様子を伺っていた。
聖良さんが離れた時、真っ先に里見くんが有島さんの元へと駆け寄っていった。

「武郎兄、大丈夫? 顔色が悪いよ」
「弴、僕は大丈夫だよ」
「武郎兄……。何かあったら、すぐ僕らに言ってね」
「あれ、ポケットに花弁が……
「これは……青い薔薇?」

また青い薔薇だ。
聖良さんがそっと有島さんのスラックスのポケットに忍ばせたのだろうか。
私は何処で聖良さんと会ったのか、有島さんに問いただした。

「初めて彼女と会ったのは中庭だ。今日はエントランスで待ち伏せされていたんだ。それで、そのまま中庭に連れ出された」
「そうだったのね。ところで、有島さん。昨日、聖良さんに自分の名前を名乗ったの?」
「名乗ってないよ。彼女は何故か僕の名前を知っていたんだ」
「有島、それは本当かい!?」

聖良さんは有島さんの名前を一方的に知っていた。
やはり、彼女はただの一般客ではない。
私は有島さんに聖良さんと会わないように申し伝えた。
素性のわからない人間と会うのはあまりにも危険だと判断したからだ。
一刻も早く、聖良さんの正体の手掛かりを掴まないといけない。
私は引き続き、聖良さんの素性を探ることにした。

その次の日も、聖良さんはエントランスに顔を出していた。
だけど、彼女は有島さんの近くにいなかった。
正確に言えば、近付けないといった様子だった。
有島さんの周りには白樺派のメンバーが常にいる。
少しでも聖良さんから遠ざけようとしているのだ。
有島さんの顔が青ざめているように見える。
聖良さんが立ち去った後、私は重治さんと一緒に有島さんの元へと向かった。

「有島さん、顔色が悪いわよ」
「彼女と会ってから、ずっと体調が悪そうだね」
「心配かけてすまない……。今日は少し早めに休むよ……
「そうした方がいいよ。身体は資本だからね」

重治さんに念を押されて、有島さんは自分の部屋へと戻った。
聖良さんがこの図書館を訪れるようになってから、外の気候も少しずつ冬に逆戻りしているかのように思える。
司書室に戻った後、私は聖良さんのことをこの図書館にいる文豪全員に周知した。

聖良さんがこの図書館を訪れた日から幾日過ぎた。
いつものように、午前の潜書の準備をしていた時だった。
有島さんが身体の不調を訴え、図書館内で倒れてしまった。
その場にいた介山先生が有島さんを医務室へと運んでくれた。
午前の潜書を終わらせた後、私は白樺派のメンバーと一緒に有島さんのお見舞いへ向かった。

「武郎兄、大丈夫!?」
「弴……。皆にも心配かけてすまない……
「ねぇ、葉月さん。僕、武郎兄の側にいてもいいかな」
「構わないわよ。午後の潜書は多喜二くんたちに手伝ってもらうことにするわ」
「ありがとう!」

里見くんに有島さんのことを託した私達は、それぞれの持ち場に戻った。
午後の潜書の準備を始めようとした時、開架図書エリアのスタッフが司書室に駆け込んできた。
スタッフの手には黒い本が握り締められていた。



真っ青な顔で駆け込んできたスタッフが持っていた本は、酷く侵蝕が進んでいた。
私と武者くんはかろうじて読めそうな部分だけ拾い読みしていった。
本は『氷鎖(ひょうさ)』という題名の小説らしい。

「昨日までは何とも無かったのに、今日になって突然真っ黒になっていて……
「そうなのですね」
「葉月さん、この主人公の名前……!」
「こっ、これは……!」

武者くんが主人公の名前を指摘した途端、ガラスの割れる音と誰かの悲鳴が聞こえてきた。
私は開架図書エリアのスタッフから黒い本を預かり、急いで図書館の方へと向かった。
音がしたのは医務室の方角からだ。
嫌な予感がする。
慌てて医務室に駆け込むと、割れた窓ガラスと倒れている里見くんが視界に入った。

「里見くん!」
「うっ……。あっ、武郎兄!」
「里見くん、待って!」
「武郎兄が女の人に連れ去られたんだ! 早く助けないと!」

里見くんが中庭の方へと駆け出して行った。
武者くんも里見くんの後を追っていった。
私は館内放送で浄化作業エリアにいる文豪全員に緊急事態である旨を告げた。
それから、私も中庭へと足を向けた。
空気が張り詰めていて冷たい。
中庭に出ると、完全に季節が真冬に逆戻りしていた。

「これは一体……!」
「みんな、あれを見て!」
「武郎兄!!」

中庭に氷の牙城がそびえ立っていた。
灰色がかった空に雪と青い薔薇の花弁が激しくふぶいている。
牙城の頂にひとりの女がいる。
氷のようなドレスを纏った女王のような出で立ちの侵蝕者だった。
女の近くに棺のような箱が見えた。
箱の中にはいくつもの青い薔薇と氷の鎖で全身を縛り付けられた有島さんが入っていた。

「武郎兄を返せ!」
「有島、今助けるからね!」
……そうはさせないわ」
「何……!」

女は氷の鎖を放って、私達の身体を雁字搦めにしてしまった。
鎖に締め付けられる痛みと氷の冷たさで、体力がどんどん奪われていく。
女はさらに雪の踊り子と氷塊の使い魔を召喚した。
このままだと、有島さんが氷鎖の女帝に囚われてしまう。
その時、鋼色の銃弾と弓矢の彗星が雪の踊り子たちの方へと飛んできた。

「遅くなってごめん!」
「おいら達がこの使い魔たちを退治するよ!」
「有島、何としてでも助けるからな!」
「僕も協力するよ」

高村先生と心平さん、志賀くんと荷風先生が駆け付けてくれた。
先生たちは一心不乱に鋼の雨を氷鎖の女帝と使い魔たちへと浴びせていく。
それでも、女帝は怯むことはなかった。
使い魔たちはますます数を増やしている。
女帝が私達の方へと目を向けた。

「あぁ、愛しているわ。有島さん……。氷の棺に閉じ込めて、いつもいつも見ていてあげる」
「そんなことさせるかぁぁぁっ!!」
「里見くん!」

女帝の言葉に挑発されたのか、里見くんは必死に鎖を引き千切ろうとしていた。
私と武者くんも何とか引き千切ろうとはするけれど、身体に力が入らない。
するとその時、絡みついていた鎖がぷつりと切れた。

「おりゃあ達が来たからには、もう大丈夫ばい!」
「葉月さん、君は下がった方がいい。後は僕らに任せて」
「重治、直、突っ込むぞ!」

プロレタリアのメンバーが颯爽と現れ、私達の身体を縛っていた鎖を断ち切ってくれた。
私は怯えている中庭の住人たちを抱えて、物陰へと避難した。
多喜二くんの掛け声を合図に、重治さんと直くんが氷鎖の女帝の方へと突っ込んでいった。
里見くんも氷の牙城へと向かい、棺を壊しにかかった。

「志賀、里見くん、援護するよ!」
「おう、待ってたぜ!」

武者くんは指環の力で弓矢を顕現させた。
志賀くんと息を合わせて、弓矢の流星群を雪の踊り子たちにぶつけている。
一方で、多喜二くんたちは女帝に狙いを定めて、数多の斬撃を繰り広げていた。
多喜二くんたちの攻撃を防御しながらも、女帝は里見くんに向かって氷鎖を放ち続けている。
有島さんを助けようとしている里見くんを妨害しているようだ。
それでも、里見くんは手を緩めない。
小さな氷塊で顔に切り傷を創りながらも、里見くんはひたすら短剣で棺を叩き割っていた。

「武郎兄、絶対に助けるからね! まだ死んじゃダメだよ!」
「小賢しい子供ね。私の邪魔をしないで!」
「くっ……! 僕は……負けない……! 一緒に帰るんだ……!」

氷の棺のひび割れた音が耳に入った。
段々と棺が砕けていく。
棺が粉々になった時、有島さんを縛っていた鎖も解けた。
眠り王子の覚醒と共に、反撃の狼煙があがる。



目覚めた有島さんは剣を手に取り、流れるような斬撃で氷塊魔たちを砕いた。
有島さんが氷の棺から出てきたことに、氷鎖の女帝は戸惑いを隠せない様子だった。
女帝の攻撃の手が止まっている。
その瞬間を見逃さなかった里見くんは、いくつもの短剣を女帝に向かって投げ放った。

「それっ!」
「あぁっ! 許さない……! 私の邪魔をする者共は、皆まとめて蹴散らしてやるわ!」

里見くんの剣撃をまともに喰らった女帝は、顔を歪ませて怒り狂った。
憤怒に身を任せて、女帝は数多の氷塊魔と雪の踊り子たちを召喚した。
武者くんたちが必死になって使い魔たちを退治してはいるけれど、長時間戦い続けているからか、体力が消耗しかけていた。
吹雪がますます激しくなっていく。
寒さがさらに体力を奪い取っていく。
するとその時、波打ったふたつの鞭の軌道が使い魔たちを薙ぎ払っていった。

「私達の存在を忘れてもらっては困るな」
「安心して。開架図書エリアにいた人たちはみんな避難させたから。これで……存分に暴れられる」

一般客の避難誘導にかかっていた介山先生と蘆花さんが駆けつけて来てくれた。
介山先生が鞭を旋回させて、力強いつむじ風を雪の踊り子たちに浴びせた。
一方で、蘆花さんは素早い鞭の軌道で氷塊魔たちを粉々に打ち砕いていく。
二人の活躍で使い魔たちの数が一気に減った。
多喜二くんたちが息の合った連撃を氷鎖の女帝にお見舞いしている。
女帝が今度は不安感を募らせた表情を浮かべていた。

「この私が……こんな……
「武郎兄、一気にカタをつけるよ!」
「あぁ、わかっているよ」

里見くんと有島さんが氷鎖の女帝の方へと突き進んでいった。
叩き斬るような重みのある剣の一撃と踊り狂う短剣の嵐が、息の合った兄弟によって上手く融合されて、女帝を打ち倒す鉄槌と化した。
兄弟による双筆神髄を真っ向から喰らった女帝は、溶けゆく雪像のように消えていった。

「あぁ……、有島さん……! どうして……! いやぁぁっ!」
「聖良さん、僕はあなたのものにはならない」

有島さんはそう呟いて、剣を振り下ろした。
氷鎖の女帝、深見聖良の存在が現世から消え去った。
彼女は本の世界へと還っていったのだ。
太陽が再び顔を出した。
温かい陽射しが中庭に降り注ぐ。
冬将軍の撤退と共に、春が再び舞い戻ってきた。
中庭の住人たちが歓喜の舞を踊っている。
脅威が去って、平穏無事な世界が戻ってきたことを喜ばしく思っているのだろう。
私は疲弊している文士たちを補修室へと連れて行き、報告書を作成するためにに司書室へと戻った。

報告書を館長に提出した後、私は武者くんと浄化された『氷鎖』の物語を追っていった。
ひとりの男性への愛情を拗らせてしまった深見聖良という名の女性がその男性を殺して、氷の棺の中に閉じ込めて、力尽きるまでずっと眺め続ける姿を描いた恐ろしい内容の物語だった。
氷鎖の女帝はかなり強力な侵蝕者だった。
私の図書館の文士たちの力が及ばなければ、きっと図書館は氷の世界と化していたことだろう。
さっきまでの冬景色が嘘のように窓から見える景色が明るい。
美しい花々が中庭を彩る日はもうすぐ訪れる。


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