@acbh_dmc4
デズモンドだった記憶を思い出す切っ掛けとなった事故で、エツィオは唇の端に傷をこさえてしまった。
本来はもっと大人になってから負うはずの傷を、早々にこの顔に刻んでしまったと言うことは、どうやら俺という人間は必ず唇に傷を負う運命らしい。
女の子のように愛らしいこの顔には似合わない醜い傷を見て、我ながらアンバランスで痛々しいと思う。
この傷について家族(というか母上)の嘆き様と言ったらそれはそれは大変なものだった。
クラウディアと母上の着せ替え人形になることが間々ある俺は、大事な顔に小さくない傷をつけた事で、フェデリコ共々針の筵となっている。
そして真剣な顔をしたフェデリコに「責任を取って俺が嫁に貰ってやるから…」と妙な揶揄われ方をするので、腹が立って取っ組み合うと、前は好きにさせてくれていのに止められることが増えた。
俺的には微妙な気持ちになるので、一先ず腹が立ったらフェデリコと共に外に出かけて、家から見えない位置でレッツファイトすることにしていた。
そんな平和な本日も、フェデリコの無駄口にカチンときて、喧嘩という名の追いかけっこを楽しんで居たのだが、急に目の前を体格のいい少年たちに遮られた。
体格というか、恰幅のいいどことなく下種な笑みを湛えた少年たちが俺を取り囲むようにして立ちふさがっている。
正直、体格差があっても運動すら苦手そうな少年達に俺が負ける訳がないので、強気で対峙した。
「おい!お前!」
急に背後から声を掛けられて、何事だと振り返った。
そこには、気の強そうに吊り上がった眉と、幼いながらに権力をかさに着るような、あまり褒められない笑みを浮かべた子供が仁王立ちで俺を睨みつけていた。
その子供に何故か既視感を覚え、こいつは何者か思い出そうとしていると、子供が大層横柄に聞き捨てならない事を宣った。
「お前、顔に傷をつけてヨメのモライテなんかないだろうから、オレサマがもらってやる!かんしゃしろ!」
「あ゛?」
「嫁の貰い手」だ?確かに今の俺の姿はどっからどう見ても美幼女だが、初対面のガキに不躾に求婚される謂れはない。
そもそも今の俺はフェデリコと同じ、男児用と分かる服を着ているのだから、男だと分かりそうなものだ。多分。
思わず射殺さんばかりのガンつけをしてしまうと、目の前のいけ好かないガキは少しだけ狼狽えて、しかし気丈に俺に向かってきた。
「な、なんだそのナマイキな目は!オレサマはパッツィ家のちゃくなんさまだぞ!そのオレサマがお前みたいなキズモノをヨメにしてやろうというのだ!泣いてよろこぶのがスジだろう!」
「パッツィ?」
「そ、そうだ!分かったらオレサマにひざまづけ!」
パッツィと名乗るその男児を値踏みするように上から下まで厭味ったらしく見てやる。
すると、そんな態度を取られると微塵も思っていなかっただろう少年が怒りで顔を赤くした。
「お前、バカなのか?オレサマはパッツィ家なんだぞ!そのオレサマに逆らったらお前のうちなんか、フィレンツェに居られなくなるんだぞ!」
「お生憎様だな。俺はアウディトーレだ。お前の家がどう圧力をかけるのかは知らんが、フィレンツェを追われる程影響があるとは思えない」
「な、何?じゃ、じゃあお前、クラウディア・アウディトーレか…」
「クラウディアは俺の妹だ。手を出したら殺すぞ」
アウディトーレの名を聞き、少しだけ狼狽えたヴィエリに鼻を鳴らしてそっぽを向く。
すると、目の端に笑いを堪えて様子を見守っているフェデリコの姿を見つけてさらに腹が立った。
体格の良い年上の少年たちに囲まれているんだから助けるとかなんとかしろよ!!
とりあえず今すぐフェデリコは殴らないといけない。
俺は一目散にフェデリコに向かって走り出すと、爆笑しながら逃げる兄を一日中追い掛け回したのだった。
***
「どういう風の吹き回しか、クラウディアにパッツィ家から見合いの申し込みがあった」
翌々日の朝、怪訝な顔をした父上が朝食の席で爆弾を投下した。
俺とフェデリコは口に含んでいた水と朝食をそれぞれ噴き出して母上に睨まれてしまった。
俺は慌てて隣にいる妹の頭を抱きかかえると、父上に向かって抗議した。
「父上!!絶対に断ってください!!クラウディアをあのパッツィ家の嫁にだなんて絶っっっっっっっ対に反対です!!」
「さ、流石に父上だってまずいと思われますよね?パッツィ家と言ったらどいつもこいつもクズ揃いだ」
俺とフェデリコの剣幕に目を丸くした父上と母上は互いに目配せすると、俺たちに優しい笑みを浮かべて頷いた。
「当然、クラウディアもまだ小さいし、パッツィ家には思うところもあるからお断りした。先方も乗り気ではなかったようで、断ったら憤慨しつつもホッとしている様子だったよ」
「絶対、絶ぇ対ですよ!!!クラウディアはもっともっといい所にお嫁に行って幸せになるんですから!」
「エツィオにいさま。わたし、エツィオにいさまとけっこんするからだいじょうぶよ」
「クラウディアっ!天使!!」
天使のように可愛らしいクラウディアをひしっと抱きしめると、頬をサクランボ色に染めて可憐な笑い声を零した。
ああ、天使!絶対将来はアサシンとは関係ない道を歩んでもらって、良い所の家に嫁いで幸せな家庭を築いて貰うのだ。その為には兄さまはなんだってしてやる!一頻りクラウディアを撫でていると、フェデリコがこっそり「女同士は結婚できないぞ」と耳打ちしてきたので、本日もしばき倒すことが決定した。
朝食も終わり、予定通りフェデリコを追い掛け回していると、またも少年たちに絡まれた。
どうせ今朝クラウディアに求婚しやがった件についてだろうと思った俺は、無視してフェデリコを追いかけ続けた。
華麗に無視されたことに腹を立てたのか、取り巻きの少年たちに俺を追うように背後から命令しているのを聞きながら、自分で追ってくる気概もない奴に妹をやれるかと改めて思った。
因みに取り巻き連中は恰幅の良さに比例して、1分も持たずに速攻で脱落していた。
その次の日は母上のお買い物に付き合って一緒に街を歩いていると、少年達ではなく、パッツィ…まぁヴィエリが俺たちの前に単身立ち塞がった。
母上はそんな少年に優しく微笑みかけると、ヴィエリは顔を真っ赤にさせてモジモジしてから何も言わずに立ち去った。なんなんだ。
今日は母上の買い物のついでに髪の毛を纏める為のリボンを強請るつもりだったので、大人しくされるがままフリルがふんだんに使われた(俺的には女児物にしか見えない)服を試着していった。
何故か髪の毛を切ることは母上に強く反対されたので、髪の毛を縛ることで妥協したのだ。
しかし不穏なことに、髪を縛りたいと言ったら母上とクラウディアの目がギラリと輝いた気がする。
その予感は的中し、俺が選んだ飾り気のない黒や茶系の皮のリボンは無下に却下され、白やピンクに水色のレースリボンを見繕われ、慌てて普段使い用の赤いリボンも買ってもらった。
母上にレースのついた赤いリボンにされそうになったが、強めに意見を通してノーマルな物を買ってもらった。
その翌日もフェデリコを追い回しているとヴィエリが単身俺の前に立ち塞がった。
が、例によってフェデリコを追いかけるのに忙しくしていたのでガン無視だ。
なにやら手に小箱を持っていたようだが、クラウディアへの求婚のプレゼントならなんとしても絶対に仲介役になる訳にいかない。
どうやら取り巻きたちは使えないと判断したらしいヴィエリは、自ら果敢に俺たちにぶつかってくることを選んだらしい。意外と根性があるのだと見直した。
そうして暫く奇妙な3人の追いかけっこの最中に、へとへとになりながらヴィエリが初めて俺に制止の声を上げた。
「お、おいっ!!い、いい加減に、おれの、おれの話…話を聞けっ!!と、とまれ!」
「止まってたらフェデリコ殴れないだろ!アイツ今日も俺の事揶揄ったんだから!」
「じゃ、じゃあ…はぁはぁ、せ、せめて、コレ…受け取れ!」
「断る!」
必死に俺とフェデリコに食らいついてくるヴィエリには感心させられるが、クラウディアへのプレゼントを俺が受け取る訳にはいかない。
証拠隠滅してアルノ川に投げ捨ててもいいが、ここまで必死になって食らいついてくるヴィエリの恋心を、敵ながら踏みにじるのは可哀相に感じる。
ならば受け取らないのがせめてもの情けだ。
そもそも本気なのだったら単身アウディトーレ家に菓子折りもってプレゼントもって挨拶にでも来ればいいのだ。
フランチェスコ・デ・パッツィが父上に向かって自分家の息子を誑かすななんてイチャモンをつけて来ているから、自ら家へ出向くのは難しいのかもしれないが、そこはアウディトーレ家の淑女を頂こうとしているのなら誠意を見せろってことだ。(見せられてもやらないけど)
「お、お前に、と思って…買ったんだぞ!は、恥ずかしかったんだぞ!」
成程。俺から調略していこうという魂胆か。
流石はパッツィ、汚い手には定評がある一族だ。尚の事貰うわけにはいかない。
フェデリコを追い上げる速度を上げて、一気にヴィエリを引き離し、幾つかの建物の角を曲がるとフェデリコが俺を待っていた。
残念な者を見るように俺を見やっているフェデリコに、なんでそんな風に見られるのかと首を傾げていると、「お前って鬼だな」と謂れのない中傷を受けた。
家族の幸せの為なら俺は鬼でも悪魔でもなるつもりだ。
その決意の程を話せば、フェデリコは呆れたように頭を振って溜息をついた。だから何なんだ。
それからは俺がフィレンツェを離れるまで、ヴィエリとの追いかけっこは続いた。
****
あれから数年後、モンテリジョーニでのアサシン修行を一時中断して故郷フィレンツェへと帰って来た。
俺は父上に頼まれたお使いの為に、メディチ家へと向かっている最中に、またヴィエリに絡まれていた。
俺は仕事中だから今日は構ってやれないぞと忠告したのだが、相変わらず人の話を聞かない。
俺が持っている荷物をヴィエリの取り巻きに持たせろと言うのを断ると、少しだけ嬉しそうに取り巻き連中を解散させ、一人で俺についてきた。
俺の隣に並んで歩くヴィエリの話を聞き流して目的地へと向かう。
仕事の詳細を聞かれたくないからちょっと遠くで待ってろと言えば、ブーブー文句言いつつも意外と素直に従うのでまぁ、よしとした。
少しの時間、メディチ家の使いの者と話をしてから引き返すと、「遅い!」と文句を言われたが無視した。
まだまだ仕事があるため、帰宅の道中だけ相手をするということを了承させてから、また自慢話を聞き流す。
俺の家が近づいてくると、ヴィエリが言い辛そうに口をモゴモゴさせて俺に問いかけた。
「おい、エツィオ。そういえば、お前に妹か姉が居なかったか?」
「妹ならいる。でも手を出したら殺すぞ」
胡乱げな目で睨みを利かすと、少しだけビビったように身を引いたが、それでもめげずにまた妹について言及してきた。
「顔に傷がついた女か?」
「クラウディアに傷なんかついてないぞ。っていうか、我が家が女の子の顔に傷をつけるような下手を打つわけないだろ?」
「そんな筈はない!なら、お前の親戚に顔に傷のある子女が居る筈だ!探し出せ!」
奇妙なことを言い張るヴィエリを見やるが、本人はいたって真面目のようで、心当たりはないが一応詳細を聞いてみることにした。
「ちなみに傷ってどこについてんだよ?」
「確か、お前と同じで唇に傷のある、物凄い気の強い女だ。よく男装してお前の兄貴について回って街中を駆け回ってるじゃじゃ馬だったな」
ヴィエリの話を聞いて思わず固まってしまう。唇に傷があってフェデリコと駆け回ってる人物なんて、そんなもん一人しかいない。しかも子供の頃は女顔だった自覚はあるから、恐らくこいつが言っている女っていうのは……俺だ。
っていうか男装って…こいつあの時の俺の事本気で女だと思ってやがったのか。
「…因みに探してどうすんだよ」
「…は、初恋の女なんだ…昔その女に渡したい物があって。それがこの間出てきたんだ」
ヴィエリは服のポケットから少し古ぼけた赤いリボンを取り出した。黒いレースが控えめにあしらわれた上等な品だった。
「昔その女が母親と買い物に行ったのを見たときに、その女が物欲しそうにこのリボンを見ていたんだ。でも自分の顔に傷がついているから分不相応だと思ったんだろうな。固辞して何の変哲もない赤いリボンを選んだんだ。お転婆だが、結構つつましい女だった。き、きっと成長した彼女は物凄く美しくなってる筈だ。でも傷物だから嫁の貰い手はいないだろう?俺様だったら、まぁ、そんなこと気にしないで貰ってやるし…」
思わずゾワリと鳥肌が立つ。そういえばコイツ、思い込み激しいうえにストーカー気質だった。俺も若干人のこと言えないけど、こいつはガチだ。
物凄く嫌そうな顔をしていたのか、ヴィエリが俺のその態度を見て大層腹を立てて殴りかかって来た。本気ではないところを見るとおそらく照れ隠しのようだ。
「クリスティーナの事はどうするんだよ?」
「そ、それはそれだ!傷女に逢ってからどっちにするか決める。いや、どちらかを妾にするのもいいな」
「お前、そんなんだからモテないんだよ」
「なんだと!!」
顔を真っ赤にしたヴィエリに腕を振り回されながら追いかけられていると、それを見かけたらしいフェデリコが加勢して追いかけてきた。
いや、俺仕事中なんだけど?
追いかけっこの陳松をヴィエリの叫びで察したフェデリコに、その傷女が俺だと知らされて悲壮感溢れる叫びが響き渡ったのは、日も大分傾きかけた頃だった。
******
おまけ
ヴィエリ「……暫くお前の顔は見たくないっ」
エツィオ「(仕事あるから助かる~)うん、わかった!」
ヴィ「Σおい!少しは引き留めろ!」
エツ「え、でも自分の初恋の相手が男とか、ダメージ半端ないだろ?」
ヴィ「言うなっ!!というか、なんでお前男なんだ…あんなに可愛いかったのに!女になって出直してこい」
エツ「お断りします」スタコラ
それでも絡み続けるヴィエリ。
エツ「しつこっ!」