@toasdm
本屋に寄りてぇんだ、と玄武が言うことは珍しくなかった。それがたとえ仕事でもプライベートでも、自分の予定に付き合わせることが得意ではなさそうだった玄武が、自分にはその遠慮を発揮しないことに、彼女は特別感を覚えてすらいた。いいですよ、と返事をして立ち寄った書店、今日は何を買うつもりなんだろうか、と彼女は玄武について歩いた。
「番長さんは小説は読むのかい?」
「え?」
平積みされた小説の前で立ち止まり、玄武はその一冊を手にとった。並べ方やポップの気合の入り方からいって、今イチオシの作品なのだろう。最近はあまり、と答えた彼女に、フッ、とこぼれた笑いは気が抜けていて、それもまた、彼女の満足を誘った。
「そうかい……よかったらこれ、読んでみちゃくれねぇかい?」
「ふふふ……はい、玄武君のおすすめなら、えっ」
レジへ持っていくつもりだった彼女の手に、しかしその玄武のおすすめの一冊は渡されない。もしかして最初からそのつもりだったの?!と驚いて見上げた彼女を、ニッ、と照れたように笑う玄武は嬉しそうに見下ろしている。
「読み終わったら貸してもらえるかい?」
「は、え?!」
「作家買いしてるんだが、続きもんじゃねぇから単品でも読めると思うからさ」
つまり、玄武の言葉をまとめると、自分も読みたいから自分が買うが、先に読んでくれ、ということだ。
「ずるい……」
「こうでもしねぇと番長さんは、俺から受け取っちゃくれねぇだろ」
おそらくは、玄武が読み終えた後は彼女のところへ戻ってくるであろうその本を、玄武はプレゼント用に包んでください、と店員に告げている。私の考えや性格を把握した上でこういうことをするんだから……ほんと、ずるいよ、と思う彼女を責めることは、おそらくは誰にもできないだろう。ん、とぶっきらぼうに渡された一冊は、ラッピングを施されただけで立派な贈り物になる。ありがとう、と受け取って、彼女はにっこりと笑った。
「……?」
さてそろそろ出るかい、と出口へ向かって歩いた玄武は、児童書・絵本コーナーでその長い足をぴたりと止めた。やっぱり手広く、こういうのもしっかり読むのかな、それとも施設の子たちへの贈り物なのかな、と一緒に立ち止まった彼女に、玄武はぽつりと呟いた。
「いつか俺も親になったら」
それは随分と、優しい声に聞こえた。見上げた彼女の方へは向かず、玄武は色とりどりの絵本を撫でるように眺めて続ける。
「こういうとこで頭悩ませて、買って帰って読み聞かせとか、してやったりするんだろうな」
ぎゅう、と胸の奥が、締め付けられるような感覚。施設育ちの玄武にとって、本や家族というものがどういう存在なのか、彼女には痛いほどわかっていた。そんな幸せそうであたたかそうな未来を、どんな風に思い描いているのかも。眼鏡の奥の細めた瞳が、少し潤んで揺れているように見えて、彼女は掛ける言葉を失った。
「……こんな風に思えたのはさ」
絵本を見つめるよりも優しい瞳が、そんな彼女の方へと向けられる。少し見上げた彼女をじっと見つめて、玄武は柔らかく微笑んで言った。
「番長さんのおかげかもしれねぇな」
「……わ、私……?」
「ああ。番長さんとなら」
大きな手が、小さな手をそっと包む。あたたかな感情がゆっくりと、指を伝って流れ込んできて混ざり合うような、そんな感覚で胸がぎゅうぎゅうと痛くなる。
「そんな風に、って思えるぜ」
「っ……」
ちと気が早かったかもしれねぇな、と照れくさそうに手を離し、玄武はその手で後頭部をがしがしとやる。きっと照れ隠しだろう――そろそろ行くかい、と出口へ向かう玄武の足がいつもより早かったのは、そうに違いない、と彼女は思った。
いつか、そんな未来へ――。
駆け寄ってきた彼女と歩幅を合わせて歩く玄武は、思い描いた温もりを揃えて共に歩む彼女となら、自然にそう思えるようになっていた。
玄武にとって幸せとは、本の形をしているのかもしれない。