@875108Express_
■嵐の前の静けさ
コツコツと足音を鳴らし、リズットは院内を歩いていた。
ポケットからスタンガンが顔を出しており、両手には花…ではなく、セーラー服を身に纏った、意識のない親友を抱き抱えていた。
「…手荒な真似して、ごめんな」
そう呟くと、リズットは彼女を二階のホールに連れていった。まだ誰もいないホールのソファーに怤藍を寝かせる。
「大丈夫じゃないくせに、『大丈夫だよ』って言って身を削る貴女のその癖が、僕はあまり好きじゃなかったんだよな。『あたしが守る』って宣言するのは、悪くないかもしれないけど…見ててハラハラするこっちの身にもなってくれよ」
寝かせた彼女にブランケットをかけると、リズットは踵を返す。
「なぁ…たまには僕らを信じて、背中を預けて…大人しく守られててよ。僕だってなぁ…『過保護に守り飾られる、箱の中の造花』みたいな人生はなぁ…金輪際歩みたくないからな」
そう言い残して、リズットはホールを出ていった。ホールを出ていくなり、耳に着けていたインカムのスイッチを入れた。
先ほど全員に配布したそれは、離れていても、リズットの声を共有するのだ。
『こちらリズット。これより作戦を開始致します。皆様、所定の位置に配置してください』
リズットがインカムからそう連絡すると、それを聞いた者達が順番に「了解」やら「おっけー!」やら「イエッサー!!」と、返事を返した。その後リズットが個別に指示を出したあと、何処からか、車のエンジン音が近づいてきたのがわかった。
8月10日、午後1時56分。
現実世界に帰ってきた搭乗人物達と、阿久津の直接対決に、幕があける。
■決戦の始まり
快晴の空の下。黒塗りのタクシーが病院の駐車場で停車し、そこから重苦しい格好の男が降りてきた。真夏日だと言うのに全身黒ずくめで、まさに「自分が悪役だ」と言わんばかりに、身に纏っていたマントを翻した。
そう、この彼こそ、この物語の諸悪の根源である男。
金と名声を手に入れる為には手段を選ばない…シナリオライター、阿久津文裂である。
そんな彼を病院の入口で待っていたのは、他ならぬリズットだった。
「お待ちしておりましたよ『阿久津様』」
わざとうやうやしくそう告げたリズットは、阿久津に笑いかけた。その笑みは微笑み…というより、哀れみを込めたような笑みだった。
「なんだ、まだくたばってなかったのか、小僧」
阿久津はリズットを嘲笑したが、リズットは冷めた目で返した。
「お気の毒ですが、ここで僕がくたばる理由が無いので、ここまで来たら老衰するまで生きていくつもりなので」
リズットの言葉に、阿久津は「とっととくたばれよ小癪な出しゃばり小僧が」と睨んだ。それに対してリズットは、深いため息をつくと。
「どうやらご自身の発言にたいそう自信があるご様子でいらっしゃいますところ、まことに恐縮でございますが、今すぐ星になりたくなければ、御静粛にしていただければ幸甚に存じます」
遠回しに「黙れ、ぶっとばすぞ」というようなことを告げた。
そんな二人のやりとりを、屋上から静かに見下ろす一人の少女がいた。阿久津は視線を感じ、ふと、屋上に目をやった。
逆光のせいで顔は見えなかったが、阿久津はそのシルエットには見覚えがあった。阿久津は屋上にいる少女のシルエットを睨むと、今度は鬼の形相でリズットの胸ぐらを掴んだ。
「…おい小僧、今度こそ息の根を止めてやろうか」
阿久津が低い声で告げたが、リズットは胸ぐらを掴まれても涼しい顔をしていた。
「…ここで僕を殺してる暇があれば、彼女を『そこ』から摘まみ出したらどうなんだ?どうなっても知らないからな」
リズットが余裕の笑みを浮かべると、阿久津は彼を突き飛ばした。
ドンッ!という音と共にリズットが倒れる背後で、阿久津は病院の中に足を踏み入れた。
それを確認すると、リズットはインカムをいじった。
「こちらリズット。…作戦1、上手く行きました。皆様…後はお願いします」
インカム越しにそれだけを告げると、リズットは立ち上がり、病院の裏手へと向かった。
■Round.1
さて、こちらは病院に入った阿久津。自動ドアを潜り抜けた彼を出迎えたのは、大きなゲートだった。これはウイルス感知センサーが搭載されているゲートである。従って、本来ならここを潜ると、アルコール消毒のミストが問答無用でかけられるのである。
…が、それはあくまでも『本来なら』の話。
何の躊躇いもなく阿久津がゲートを潜り、センサーが作動し、プシュッ!という音と共にミストが噴射される。
しかしそのミストをかけられた阿久津は、ゲートを潜り抜けるなり、その場に倒れ込んだ。それだけではない。
「ぐわぁあああぁあぁぁあああっ!!!!!」
倒れ込むなり、阿久津は目元を押さえて発狂した。
阿久津の身に何が起きているのかというと、ゲートから噴射されたミストを浴びたことにより、剣山で目を刺されたかのような痛みに襲われていたのだ。それにより目を開けられない阿久津は、その場でのたうち回っているのだ!
「そのゲートになぁ!催涙スプレーの中身を仕込んどいたんや!!」
高らかにそう告げる声を聞き、阿久津は目を開けようとするが、それが上手くいかない。マントで目を擦り、細い目で声の主を探した。
目を擦る阿久津の前には、理科の実験で使うようなゴーグルを装着したりんごが、仁王立ちで彼のことを見下ろしていた。阿久津はやっとの思いでりんごを見上げると、舌打ちをした。
「クソがっ!!」
そう叫んだが、阿久津はここであるものを見落としていた。
りんごは阿久津から少し距離を置くと、手に握っていたものを構えた。そう、これこそ阿久津が見落としていたものであった。
りんごの手に握られていたのは、テニスボールと同じくらいの大きさの、カラーボールだった。
「『クソ』はお前や!!!」
そう叫ぶと、りんごはまだ地に伏せている阿久津に目掛けて、カラーボールを勢いよく投げつけた。ベチャッ!という音と共に、前身黒ずくめの阿久津の服に、蛍光色のインクが着色される。
「悔しかったらワイを捕まえに、屋上まで来んか~い!」
りんごはそれを見るなり、愉快そうな表情で阿久津に煽り文句を吐き散らしながら、屋上に向かうため階段をのぼり始めた。
「おンのれこの、生きる価値もないゴミみてぇな捨て駒がぁ~~~!!!!」
ズキズキと痛む目を擦りながら、阿久津はふらつきながらりんごの後を追いかける。りんごは駆け足で二階まで到達すると、インカムに連絡をいれた。
🍎「仕掛けよろしくやでぇ!冬真君!!」
■Round.2
その連絡が届いたのか、千鳥足で階段を登っている最中の阿久津の足に、透明の糸がひっかかった。足に糸がひっかかるなり、阿久津はその場で前のめりに転倒する。
「うっ!!!」
思い切り階段のへりで額をぶつけた阿久津。阿久津は気づいていなかったが、少し離れたところに、糸を手にした冬真の姿がそこにあった。
だが、それだけでは終わらない。ふと阿久津が顔をあげると、いつの間にかポリバケツを側においた花宮が、踊場でしゃがみこんでいた。花宮は少し怖じ気づきながら、踊場から阿久津を見下ろしていた。
「は、花宮ぁあああ!!貴様ぁ!!!俺のカードスッただろ!!」
自分を見るなり声を荒げる阿久津に、花宮は一瞬情けない声を出しかけた。が、花宮は意を決して、側においてあったバケツを勢いよくひっくり返した。
「ごめんなさぁあああい!!!」
花宮が喚くと、バケツの中に入ってた床用のワックスが階段にぶちまけられる。それが階段で倒れた阿久津に襲いかかる。勢いで阿久津の鼻と口にそれが入り込み、思わず吐き気が襲ってくる。
さらに、ぶちまけたものがぶちまけたもののせいで、強烈な臭いと共に阿久津が階段の上から急降下する。やっとの思いで阿久津は二階の手前まで来たのに、あっという間に一階まで滑り落ちていった。
その様子を確認すると、花宮は冬真の傍にやって来て、インカムをいじった。
🍎「無様やなぁバーカバーカバーガーバーカ!!!お前は阿久津じゃなくて阿保屑に改名したらどうや??」
そんなりんごの罵倒が轟くなか、花宮はリズットに連絡をいれる。
「こちら花宮。リズットくん、こっちも上手く行ったよ。冬真くんが結構いいタイミングで糸引っぱってくれたから、なんとかなったよ!」
花宮がインカムで連絡をとりながら、冬真の頭をわしゃわしゃと撫でていた。頭を撫でられた冬真は、嬉しそうに胸を張っていた。
「いや、それにしても…阿久津さん、面白いほど引っ掛かってくれるね?一周回って気の毒だな~とは思ったけども…まぁ、これくらい、許されるよね…」
片手で冬真の頭を撫でながら、花宮は胸を押さえた。インカム越しのリズットは、それを聞いて安堵の息を吐いた。
『お二人ともお疲れ様です。仕掛けに気を付けながら、三階に一時避難、お願いします。三階についたら、しばらくそこで待機していてください』
「ん、了解だよ」
その後、花宮はリズットの指示通り、冬真を連れて三階まで向かった。三階に向かう途中、花宮はこんなことを考えていた。
「(…ここに帰ってこれた皆は、人一倍『生きたい』って気持ちが強かったのかもしれないな。…大半は俺のせい…だけど、皆余命宣告を受けても、生きるために、諦めずに頑張ったんだな)」
一緒に三階に向かう冬真を横目に、花宮は微笑んだ。
「(だったら俺も…皆の意思に応えないとな。これからの俺の仕事は、人の命を救うだけじゃなくて…『生きたい』と願った人の未来を、保証すること…だなぁ……)」
■Round.3
花宮がそんなことを考えている頃、リズットはエレベーターで三階に向かっていた。
どうやら阿久津は、度重なる仕掛けにより、屋上に向かうのに苦戦しているらしい。ことあるごとにりんごから煽り文句を言われ、ムキになったところに、容赦なく仕掛けが発動するのだ。
だからといって、最後まで上手くいくとは限らない。途中で何かが起こる可能性もゼロではない。
三階でエレベーターから降りると、険しい表情で階段を登った。どうやらまだ、りんごと阿久津はやってきていないようだ。ただ、割と近いところからりんごの煽り文句や、阿久津のうめき声が聞こえてきた。それを聞くなり、リズットは駆け足で屋上へと向かった。
その背中には『最終兵器』が背負われていた。
■Final Round
りんごを追いかけて屋上に向かっていた阿久津だったが、度重なる仕掛けによる負傷により、ヘロヘロに憔悴していた。
「くっっっそぉおお………」
いつの間にか身に纏っていた服やマントはボロボロになっており、長い銀髪もぐしゃぐしゃになっていた。あからさまにみすぼらしい姿になっていたが、阿久津は屋上に向かうことをやめなかった。
その理由は一つだけ。やっとの思いで屋上へと繋がる扉に辿り着き、ドアノブを捻った。
ガチャリと扉をあけて屋上に出ると、焼けるような太陽の下で、一人の少女が佇んでいた。
星のような色の肩掛けに、紺色のブラウスと、様々な柄が入った赤いスカートが特徴的だった。靴の代わりに病人用のサンダルをはいていて、彼女は太陽はように明るい笑顔が似合う。そんな印象を抱く者もいたのでは無いだろうか。
そう、これぞまさに『主人公』に相応しい少女。
「…?!」
そんな『少女』を見て、阿久津は目を見開いた。
「守崎じゃない…だと…!?」
思わずそう漏らした阿久津に、彼女…もとい、希更が告げた。
希更「ふらんちゃんだと思った?残念、あたしちゃんでした!!」
希更の一言に、阿久津は頭を抱えた。そんな彼の背後には、いつの間にかリズットの姿があった。
「彼女を『そこ』から摘まみ出したらどうなんだ?とは言ったけど、僕は『怤藍が屋上にいる』だなんて一言も言ってない」
阿久津はばっとふりむくと、リズットを睨み付けた。
「小僧、俺を嵌めやがったな?」
恨むように問いかける阿久津に、リズットはまたため息をついた。
「知恵を使っただけですよ、低能猿真似下衆野郎様。彼女が『日光アレルギー』であり、大丈夫じゃないくせに『大丈夫』と言って、ことごとく身を削るタイプであること…。僕もお前も、その事はよくわかっているはずだろ。よかったな、都合のいいお前のお人形(ゴーストライター)が、ここで倒れてなくて」
太陽の日差しを浴びながら、リズットは淡々と告げた。阿久津はそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「クソが。誰のお陰でお前らの“無駄な命”を引き延ばされてるのか、考えたこともないくせに!大人しく隣り合わせになっていた死を、受け入れろよ…!」
忌々しくそう言い放たれた阿久津の一言に、リズットの堪忍袋の緒が切れた。
「無駄な命なんて存在しない!!お前なんかに『寿命を引き延ばしてくれ』だなんて頼んだ覚えも、そう簡単に死ぬことを強制される筋合いもない!!浅はかで自分勝手で、人から何かを奪うことしか能がないお前に、人の命に指図する資格なんてない!!」
「黙れ死に損ないのドブネズミが!!!!!」
リズットの叫びに、阿久津も容赦なく叫び返す。
「貴方…それでも大人ですか?流石諸悪の根源…みっともないにも程がある。それに…貴方が後に『金になる大女優』と見込んだ『主人公』がそこにいるというのに…」
そう言ってリズットは、向かいにいる希更に目を向けた。彼女はリズットと阿久津のやり取りを、静かに眺めていた。阿久津はゆらりと振り向くと、希更の目を見てこう告げた。
「守崎が貴様みたいな女を見て『親友になりたい』とほざいていたから、善意でお前を主人公にしてやったのだ。別に『貴様がいなくても、あの物語は成立した』のだ。つまり貴様は、飾りだけの『主人公』ってことだ!!」
吐き捨てるように告げた阿久津の背後では、リズットが彼に冷ややかな視線を送る。
「……お前、あること無いことを吹き込むのはいい加減にしろよ」
リズットが低い声で告げたが、そんなことなど気に留めず、阿久津は続ける。
「貴様がいなくても、成り立つものは成り立つのだ。舌触りのいい歌を歌ったところで、足しになる訳でもない。だからといって、マイナスになることでもない。つまり…だ。…所詮貴様は…いや、貴様ら搭乗人物らは『空気』に等しい。その証拠に…今ここにいない搭乗人物らは、ただ施しを待ちわびるだけの存在。空白に等しい。なんの意味もなければ、なんの価値もない。…人数稼ぎに使われた、無駄な存在なのだ。そんな奴らに生きる価値もない。ならばせめて、その無駄を還元するために、俺の金になれば良いのだ…!!」
意味不明で最低な自論をだらだらと述べると、阿久津は希更に問いかけた。
「あんなつまらない小説家見習いの『物語』の搭乗人物どもに、意味等ない。…いや、そもそもあの小娘のあんな駄作にもみたない『物語』に、価値などないと!そうは思わないか!?価値の無いものは、ただ黙って利用されればよいのだと!そうは思わないか!!なぁ、主人公サマよぉ!!お前もそう思っただろ!!」
醜態を晒すように、阿久津は希更に詰め寄りながらそう問うた。
希更は阿久津の問いかけに対し、首を横に振ると、息を短く吸ってから…答えた。
希更「ぜんっぜんおもわないし!てか勝手に価値ないとか決め付けないで!ふらんちゃんや、リズットくんや……他の皆の今まで頑張ってきたこと、否定しないでよ。主人公はあたしちゃんじゃなくても良かったかもしれないけど、それでも何一つ無駄なんかじゃないから!」
希更の答えに、阿久津は思わず後ずさる。そして。
「あなたの筋書きもここまでよ!」
彼女のその一言が、合図となった。
リズットが背中に背負っていた【最終兵器】を、手早く後ろに投げつける。彼の背後には、いつの間にか不敵な笑みを浮かべた、別の少女の姿がそこにあった。【最終兵器】、もとい…バズーカーを受け取ったのは、先ほどまで阿久津を誘き寄せていたりんごであった。
🍎「終いや!阿久津!」
阿久津は思わず振り向いたが、それが彼にとって運の尽きとなった。
りんごがバズーカーの引き金を勢いよく引くと、そこから真っ赤な何かが勢いよく発射された。完全に油断していた阿久津は、発射された『それ』を顔面で受け止めてしまった。
バズーカーから発射されたのは、デスソースが練り込まれたパイ投げ用のパイであり、それを直撃したことにより阿久津の顔面は、どろっどろになった上に、デスソースによる皮膚の炎症を起こしていた。
■決着
声にならない呻き声をあげながら、阿久津は暴れまわった。このままでは、阿久津が希更やりんごに襲いかかりにいってしまう。そう思ったリズットは、急いで彼を羽交い締めにする。
「僕と怤藍の仲間に、汚い手で触るな!!!」
リズットが叫んだが、阿久津は羽交い締めにされてもなお、足掻くことをやめなかった。
「煩い!!邪魔だ!!」
阿久津は肘でリズットを殴り、彼を勢いよく振りはらった。
「…っ!!」
振りはらわれた反動で、リズットがその場でよろける。
が、ここで最悪の事態が起きた。
リズットがよろけた拍子に、彼の踵が屋上のへりに当たり、背中からふわりと身を投げ出される。
「………は?」
ゆっくりと屋上から落下していくリズットを見て、その場にいた希更とりんごが目を疑った。阿久津はというと、顔面をマントで拭っており、こちらを一切見ようともしなかった。
「どうして?どうしてこんなことに?」と、彼女たちは思っただろう。
だが、彼にとってこれは…『想定内』の出来事だった。
「アイザック様ぁああああ!!!!」
落下していきながら、リズットは叫んだ。
アイザック「待ってましたァ!!!!!!」
その叫びから数秒もしないうちに、リズットの背は地面へと叩きつけ…られず。
アイザック「(手に持っている何かのスイッチを押した)」
アイザックは手にしていたスイッチを押すと、突如、白いクッションが地上に現れた。それは落ちてきた彼を、ぼふっ!と受け止める。
クッションに受け止められた後、リズットは起き上がってほっと胸を撫で下ろした。
「まさか、言い出しっぺが屋上から落ちることになるとは…」
リズットがそう呟くと、いつの間にかその様子を屋上から見下ろしていた阿久津が、鬼の形相をしていた。
「しぶとく生きやがって…このドブネズミめが!」
阿久津が地面に拳を叩きつけた、その直後。
「そこまでよ!阿久津文裂!!」
凜とした女の声が、屋上に乱入してきた。
三つ編みにした黒い髪が特徴的な眼鏡のその女性は…搭乗人物にとっては、馴染みのある人物だった。その証拠に、彼女の後ろには、イヴァンの姿もあった。
彼女はポケットから二つ折りの何かを取り出すと、阿久津の前にそれを突きつけた。
「数日ぶりね、極悪非道のシナリオライターさん」
そう言って彼女は、二つ折りになったものをぱたんと開いた。
「ここには『らんちゃんの物語の世界の、搭乗人物の子』もいるから、改めて名乗らせて貰うわ。…私は花宮真於。先日貴方を捕らえ損ねた、国際警察の女よ」
少し暗い顔をした女性…真於を見て、阿久津はあからさまに嫌そうな顔をした。が、真於は手にしていた警察手帳を仕舞うと、今度は違うポケットから一枚の紙を取り出した。
「もう貴方を逃がさないわ。…阿久津文裂、貴方に逮捕状が出ているわ。よって…今度こそ貴方を、逮捕します!!」
高らかに真於が告げると、ぞろぞろと屋上に他の警官が乱入してきた。阿久津は逃げようとするが、警官たちはそうはさせまいと、彼を囲んだ。そして、真於は囲まれた阿久津の手首をガッと掴むと、即座に手錠をかけた。
がちゃんっ!という音がした途端、阿久津は真於を睨んだ。が、真於はそんなことでひるまなかった。
「…私のダーリンや搭乗人物の皆、それから…らんちゃんに酷いことをしたのは、紛れもなく貴方。それだけじゃないわ。あなたは世界を震撼させた、あのバイオテロの元凶よ。それ相応の罪を、きっちり償って貰うわよ」
真於がぴしゃりと言い放った後、阿久津は他の警官に囲まれながら、屋上を追い出される。その際、阿久津は「どいつもこいつも…」と呟いていたが、彼が大口を叩いたのはこれが最後となった。
阿久津が屋上から居なくなった後、先ほどまで真剣な表情だった真於が、満面の笑みを浮かべた。真於は、そこにいた搭乗人物達の顔を一人一人眺めた。
「あら~♡あなたたちが、あの搭乗人物の皆ね!あっちの世界の私と、仲良くしてくれたって聞いてたから、直接あえて嬉しい!今日のところはもうお暇しないといけないのだけれど…また逢うことがあれば、お話して頂戴な~♡」
物語の世界で見たような笑みを浮かべながら、真於はそう告げた。そのあと、彼女は屋上から地上を見下ろして、そこにいるアイザックに声をかけた。
「プログラマーのお兄さぁ~んっ!悪いんだけど、一連の話を聞きたいから、署で情報提供してほしいの~。お願い出来るかしらぁ?」
アイザック「はいはーい!お任せあれ~」
アイザックは真於の申し出に答えると、すぐそこにいた別の警官に案内され、その場を去った。
「それじゃあ、私はこれで。あとはそうねぇ…うちのダーリンから、アフターケアしてもらって頂戴ね♪」
ひらひらと手を振ると、真於は意気揚々と屋上を出ていった。屋上にいた面々は、その背中を静かに見送った。
■ことが終わって
ホールのテレビをつけると、阿久津が逮捕されたニュースが速報で流れていた。
「えっ、阿久津さん逮捕されてる…???めっちゃ寝てたんだけど…。寝てたらあたしの反抗期が終わってた………」
テレビをみて呆然とする怤藍。それもそのはず。他の搭乗人物達が大暴れしてる際、怤藍はパピヨンと共にホールにいたのだ。
とはいえ、怤藍はほとんど寝ていた訳だったのだが。
🍎「や っ た ぜ」
イヴァン「……はぁ…気疲れがすごい」
「よかった…」
全員がホールに戻ってくるなり、怤藍はリズットに指をさした。
「あっ!ちょ…ちょっとリズットぉお~?!今思い出したけど、ちょっと前にスタンガンであたしのこと気絶させたでしょ!!バチッって来たの、わりと痛かったんだからね!!」
リズットのポケットからそれとなく顔を出しているスタンガンをみて、怤藍は膨れっ面になっていた。
「えっリズ、それはちょっとダメよ」
「悪かったって…」
リズットが謝罪するが、怤藍はまだいい足りないようだった。
「あとあの…なに…?あたしのとこに来るなり『怤藍、服に酢飯ついてるよ』って言ってきたのなに…?洗ってくれるっぽいから、リズットが前まで使ってた制服借りて着たんだけどさぁ…。…確かにお昼にお寿司いっぱい食べたけど、あたしの服に酢飯ついてなくない…?」
「そ、それはだなぁ……」
希更「どうにかするって言ってたの、それ……?」
「酢飯…?」
🍎「きっとエサヒィ スープゥードゥラァァイな人にしか見えない酢飯やったんやな…」
イヴァン.。o○(それに騙されるのもなかなかだよ……)
希更「酢飯」
怤藍は自分が今着ているセーラー服の裾をつまみながら問うたが、リズットは希更のほうに視線を送るだけだった。そんな希更が今着ていた服は、紛れもなく怤藍のものであった。
「まぁあたしの服きてる希更ちゃんがかわいいから、それに免じて見逃すことにしよう!うん!それはそうと、皆お疲れ様!頑張ってくれて、ありがとう!」
そう告げられた搭乗人物の面々は、ほっと胸を撫で下ろしたり、嬉しそうにしたりと、思い思いの反応をしめした。
希更「マジ???可愛い?ありがと!バレちゃったらどうしよ〜ってドキドキだったけど何とかなってよかった〜」
🍎「上手くいってよかったなぁ!!沢山罵倒できて楽しかったわぁ!!」
面々が作戦成功の余韻に浸っていると、ブランケットと黒い医療カバンを抱えた花宮が、ホールにやってきた。
「作戦も終わったことだし、ここからは俺たちの仕事だ。さて…イヴァンくん、あれを皆に打って貰おうかな」
花宮がそう言いながらカバンを開けると、その中から人数分の注射器を取り出した。彼はそれを、イヴァンに手渡す。
イヴァン「はーい、任されたり」
「うん!ありがとう。…その注射器の中身は、余命を受けた皆の特効薬。これを打てば、君たちはこれからも…生きたい分だけ、生きられる。頑張ってくれた皆への、ささやかな贈り物だ」
搭乗人物たちは、その特効薬と花宮と、イヴァンの顔を交互に眺めた。
イヴァン「さて、少しチクッとするかもしれないけれど、今まで頑張ってきた皆なら大丈夫だよな?(にこ)」
「生きたい分だけ?それはなんだか物語見たいね、素敵!ありがとう」
🍎「生きる、って…ワイらが……?」
希更「生きたい分だけ?そんなこと出来るの……?」
「あぁ。それとひとつだけ。言ってなかったけど…イヴァンくん、俺の助手なんだ。…物語の世界で、搭乗人物の皆に体の異常が出ないかを、みてもらおうと思って、俺がお願いしたんだ。物語の世界でこう…トラブルが出ないように、皆には内緒にしててって、お願いしてたんだ。ごめんね」
イヴァン.。o○(唐突な身バレ)
「もう時効かな…と思って、一応いっておこうと思って。彼、凄く頑張ってくれたから。……ありがとう、イヴァンくん」
🍎「そんな重要な役目もっとったんか!?ホンマ…………悪いことしたわ……」
イヴァン「……何言ってんですか。頑張ったのはおあいこでしょう(ニッと笑って)」
希更「てかまじかあイヴァンさん……知らなかったぁ……頑張ってくれてありがと……」
イヴァン「あ〰️ほら…いいの、若い子達はそんなの気にしなくて。俺の仕事の一貫なんだから。……ただまぁ、どういたしまして。お互い無事に帰ってこれてよかったよ」
花宮がため息をつくと、怤藍が首を横に振った。
「先生は悪くないよ」
「そうかな…。そもそも…妻を人質に脅してきた阿久津さんに、俺が『嫌だ』と言えなかったせいで、バイオテロの原因となるウイルスを開発してしまったんだ。だから、俺のことも…恨んでくれて構わない。…けど、自分でやったことの責任は、ちゃんととりたかったから…こうして、ここにいる子たちの特効薬もつくった。皆がこの特効薬を打ち込まれたら、俺も警察に自首しにいくつもりなんだ」
「先生…」
怤藍が落ち込んでいると、花宮はイヴァンに視線を送った。
イヴァン「えっ 自首?」
「あぁ。とはいえ、一応ここまでのことは、知ってる人…警察官をやってる妻がいてね。彼女がいるから、きっとすぐ、かえってこれるさ。と、いうわけで…だ!じゃあそろそろ、それを打ち込んでもらおうか!イヴァンくんも、自分の分をちゃんと打ち込むんだよ。副作用で皆眠たくなると思うけど、ここで寝ちゃっても大丈夫だよ。なーに、俺のことは心配いらないさ。…確かにちょっと、胃がいたいけども…きっとなんとかなるさ」
イヴァン「はいはい、最後の大仕事だし張り切って刺しますよ(せっせと準備を始め)」
そういって花宮はソファーの上に、人数分のブランケットを置いた。
「貴方も幸せにならないと、私達への責任を取る事にならないから…奥さんとお幸せにね。」
「ふふっ、ありがとう。お嬢さん、君もね。…あ、そんなに痛くない注射器を選んであるし、すぐ終わるから、怖がらなくて平気だよ」
花宮が告げると、搭乗人物達は腕を差し出した。イヴァンは一人一人の腕に特効薬を打ち込むと、自分の腕にも特効薬を打ち込んだ。この場で薬を打ち込む必要がない怤藍とリズットは、その光景をじっと観察していた。
「…あたしにはそれは必要ないから、眠った皆のこと、見ておくね」
怤藍がそう告げると、花宮は白衣のポケットから何かを取りだし、それを彼女に与えた。
「いいや、怤藍ちゃんの分の薬もあるよ。…生まれたときから『長くは生きられない』って言われてた君も、これ飲んで、もっと長生きしなさい」
花宮が差し出したのは、青い錠剤だった。怤藍はそれを受けとると、目に涙をためた。
「あ、あたし…もっと生きていいの…?!」
怤藍は錠剤を握りしめながら、面々の顔を眺めた。
「当たり前だろ…!!その為に俺が、君の主治医やってるんだから!!やりたいこと、まだまだあるんでしょ?…目一杯やっておいで。もう無理しなくていいよ」
イヴァン「……(優しく微笑み)」
「あっっっったりまえでしょう?ふらんちゃん、貴方には友人挨拶してもらわなきゃ!」
🍎「ふらんちゃんが笑ってるとこ、これからも見たいわぁ!」
希更「当たり前じゃん!あたしちゃんの親友には、ずっとずっと元気でいて欲しいよ」
花宮や搭乗人物たちがそう告げると、怤藍は微笑んだ。
「そっか…えへへ…ありがとう。…よし!これからは、元気に生きることにする!お腹いっぱいご飯食べたり、兄さんに逢いにいったり、なんかこう…いろいろあるけど!!皆とした約束、果たせるようにするよ!」
元気よく怤藍がそう告げると、勢いよく錠剤を口にいれた。その光景を眺めながら、リズットが口を開いた。
「言ったな…?じゃあ…『あの時の約束』も、叶えてくれよ、怤藍」
「任せて~!あと、希更ちゃんとのやく……そくをはた……んー…………っ………」
怤藍はなにかを言い切る前に、静かに目を閉じた。
「あー…怤藍ちゃんのも、眠たくなる副作用あるんだけど…それにしたって、効き目早いな…?」
「さっきまで寝てた…というか、気絶してたのに…」
すやすやと寝息をたてて眠り始めた怤藍に、リズットがブランケットをかけてやった。
程なくして、特効薬を打ち込まれた面々の意識も朦朧としてくる。視界がぼやけ、体がだるくなるが、不思議と何処か安心する。そんな感覚を覚えながら、面々は眠りへと誘われる。
そして、ホールで眠りについた搭乗人物達に、リズットはまたブランケットをかけていくのであった。
「…おやすみ、良い夢を」
■延命のその先に
「…先生。僕…今からイギリスに……実家に帰ります。実家に帰って…ちゃんと話をして、それから…『やりたいこと』を実現してきます」
全員にブランケットをかけおえたリズットが、病院を出ていこうとする花宮に、そう告げた。
「リズットくん。夢、見つかったの?」
「はい。ふたつほど」
「どんなものか聞いてもいい?」
花宮の問いに、リズットが頷いた。
「えぇ。まずひとつは…ブーケエクスプレスを、現実の世界で走らせたいんです。線路も列車も、停車駅も…ゼロから作って、乗客の皆様の記憶に残るような旅物語を、提供したいんです」
少し誇らしげに告げたリズットに、花宮が微笑んだ。
「そっか。それはいいね。じゃあもうひとつは?」
期待しながら花宮が問うと、リズットは少しだけ恥ずかしげに俯いた。
「もうひとつ、ですか?えっと…」
ちらりと花宮の表情をうかがいながら、リズットは口を開いた。
「…世界一花が似合う、かっこいい『夫』になることです」
そう告げた青年の表情は、搭乗人物達がブーケエクスプレスに乗り込んだあの日よりも、一段と明るかった。
■それから一年後
ふわりとした太陽の匂いから、どこか懐かしさを感じる。
目をつむると、無邪気な笑みで花束を抱えた『彼ら』の姿があった。
その花言葉を…………私はもう少しで知ることが出来そうだ。
そして。
その花は、再び薫ろうとしていた。
「……ありがとう」
短く息を吸うと、私はステージへと向かった。
カーテンコールが鳴り響く。
はやくはやく。
もっともっと。
値踏みのようにも聞こえるそれは、この世界の幕開けにふさわしい花束の代わりなのだろうか。
それとも、この物語の終わりに祝福を送る、ファンファーレのようなものなのか。
踵を鳴らし、スカートの両端をつまんで、深々とお辞儀をする。
ありったけの願いと幸せを、物語が紡いで。
ささやかな目標と希望を、搭乗人物達は手にして。
物語は終わる。
命は目覚める。
世界は熱を帯びて。
彼らの『物語』に、花を添えて。
「御来場の皆様!ようこそ、延命の物語のその先へ!!」
……そう告げて、舞台は終わる。
バイオテロから始まった、一人の書き手と搭乗人物の旅物語は、その後一つの小説として、世に送り出された。
それがこうやって舞台化して…そのステージに立つ『少女』の背を眺めながら…『私』はここで『語り手』として、物語の世界を見守っていた。
…私?私は花宮真於。もともと国際警察官だったのだけど、そこの少女…書き手の『らんちゃん』から話を聞いて、この舞台で語り手をすることになったの。
この舞台では、皆がブーケエクスプレスで出逢うところから、病院でのあの一件までを上演したの。搭乗人物役には、見習いの役者さんを選んだんだけど、やっぱり本人たちには劣るわね。
けど、それも悪くない。
さて、この物語の後日談なんだけど…実はこの後、案内人のお兄さんが、一人でイギリスに向かったきり帰ってこれてないみたいなの。もともとご家族と話をするために、イギリスに行ってたみたいなのだけれども…お兄さん、世間では『仮死状態で行方不明になってた財閥のご令嬢』ってなってたみたいだから、メディアに捕まってたみたい。
おまけに今…なんだったかしら。ころ、な…?流行り病…?のせいで、お兄さんは飛行機に乗れないみたい。ああ、お兄さんは健康よ。でも彼、腐っても財閥の人だから、明後日自力で帰ってくるそうよ。ご家族がヘリ持ってるみたいなの。もう、怒られてもしらないわよ!!
それと…カルカタッタの皆。あの子達は今ね…電子空間上では、物凄く元気よ。不思議なことに、パソコンやスマートフォンを使ってあの子達を呼び出して、交流できるツールが開発されたみたい。面白いわね。ちなみに私のアバターもそこにあったりするのよ?
あと…カルカタッタで怪我した女の子…春霞ちゃんね。あの子も元気になったのよ?今頃皆で、カルカタッタのアトリエで絵を眺めてる頃かしら?はぁ…私もカルカタッタに行ってみたいわぁ…。
それはそうと…皆、お兄さんが帰ってきた後の話、しりたくはない?
ふふふ、大丈夫。ちゃあんとあるのよ?それに…らんちゃんのやりたいこと、まだ叶ってないみたいだし。それが叶う瞬間も、皆には見届けて欲しいから。
さぁ、ここからは楽しい後日談。最後の最後まで、楽しんでいって頂戴ね。
この『延命の物語と、花告げる寝台特急。』の本当のエピローグは、ここからなのよ♡