「連絡ミス、かい?」
「どうやら、そのよう、です、ね?」
和風のおかず作ってたところにパン抱えて帰宅した雨彦さんが機転をきかせたお話です。
@toasdm
「連絡ミス、かい?」
「どうやら、そのよう、です、ね?」
夕飯のおいしそうな香りが立ち込めるキッチンで、二人は顔を見合わせて苦笑した。一報入れときゃよかったな、と苦笑いする雨彦が抱えたクラフトペーパーの袋から覗いたフランスパンの端は、おいしそうな狐色の香りを放ちながら申し訳なさそうにしているようにすら見える。
「ちょうどこれからお米炊くところだったんで、いいんですけど……」
「へぇ……春だな」
フランスパンの端と同じくらい申し訳なさそうな顔をする彼女がふたをとった鍋の中では、黄金色のつゆの中で筍が煮えている。ざるの中のワカメに気づいた雨彦はそれらを見比べ、うまそうだ、と素直に口に出す。が。
「若竹煮とフランスパン、ってのは、どういう取り合わせなんだろうな」
「お米、炊いちゃいます?」
「……そうさな」
取り出したフランスパンをまな板に置くと、雨彦はパン切りナイフを取り出して数枚スライスする。食ってみてくれよ、と口元に差し出すと、はむ、と音がしそうなほどの勢いでそれに食いつき、ぱぁぁ、と目を見開いて彼女は歓喜の声を上げた。
「こ、これすっごくおいしいっ!」
「だろう?」
試食でうまくてつい買っちまったのさ、とばつの悪そうな顔をする雨彦も一枚口に放り込み、ああ、うまい、と嘆息をつく。
「でも、和食との取り合わせは……」
「すまないな」
焼きたてが一番うまいらしいんだが、と鍋の中から筍をひとつ、雨彦は箸で器用に取り出してフランスパンのスライスに乗せ、今度は一緒に食べてみる。
「ど……どう、です?」
「……和平の道は遠そうな味だな」
苦笑する雨彦の表情から察するに、雨彦の口の中では今、和風だしの香りと小麦の香りがけんかをしている真っ最中なのだろう。合わないことはないんだが、と控えめに言うということはつまり、そこまでいい取り合わせではないということだろう。フランスパンに合わせたメニューに変更しましょうか、と冷蔵庫を確認する彼女の背中をぎゅっと抱きしめると、雨彦は心底申し訳なさそうな声でぽつりと呟いた。
「一言言えばよかったな。うまいパン見つけたからそれに合わせたおかずを用意しといてくれるかい、って」
「いえ……私も、雨彦さんがパン抱えて帰ってくるなんて予想できなかったとはいえ、晩御飯のメニューをお知らせしませんでしたし」
「楽しみではあるからそこは問題ないさ」
「ふふ、変なの」
「変じゃないだろう」
振り返った彼女の頬にちゅっと軽くキスをして、雨彦はちらりと冷蔵庫を見る。これからなにか新しいものを作るとなると二度手間になる上に、材料もそこまで余裕があるわけではなさそうだった。なにかありもので、と頭を回す彼女を最後にぎゅっと抱きしめると、雨彦はにんまりと笑って冷蔵庫の中からバターを取り出して言った。
「ここは俺に任せてくれよ」
「え?」
何か妙案が浮かんだ時の生き生きとした表情に、彼女は一瞬どきりとする。子供っぽくてでも大人で、頭が冴えて顔がいい――そんな雨彦のもつ魅力が、彼女は好きだったからだ。
「フライパンあるかい?」
「あ、はい」
適当な大きさに切ったバターを彼女が用意してくれたフライパンに入れ、みじん切りのにんにくと一緒に火にかける。なにするんだろう、とそれを見守る彼女の目の前、バターとにんにくの香りが二人の胃袋をこちょこちょとくすぐる。
「うぅ、おなかのすくにおい……」
「っはは、そうだな」
おいしさ保証の香りのフライパンに、雨彦は鍋から引きあげた筍を並べて焦げ目をつける。え、なにそれ、と目をむく彼女の目の前で、和風の若竹煮はあっという間に、春タケノコのガーリックソテーに変身してしまった。
「す、すごい……洋風だ!」
「ガーリックバターで炒めりゃだいたい西洋料理だろう」
雑ですね、と苦笑する彼女がスライスしたフランスパンと一緒に皿に盛り付ければ、それは横にワインがなければ違和感しかないような一品料理に仕上がった。
「適当に作った割にはうまいな……」
「あ、つまみ食いしてる!」
よく冷えた白ワインは料理用にと買っておいた安物だったが、雨彦の機転と試食で惚れ込んだフランスパンの横に並べば、気軽に飲めるおいしいワインに早変わりする。味見さ、とウィンクする雨彦のグラスにおいしいワインを注いで手を合わせ、二人はディナーを始めた。
談笑の隙間で彼女は思う。
合わない味も安物ワインも、雨彦さんは素敵なディナーに変えてくれる魔法が使えるんじゃないだろうか?と。
一緒に食えばなんでもうまいな、といつか雨彦が言っていた言葉も本当だろうが、彼女にはどうにも、目の前でニコニコと食事を楽しむ雨彦が魔法使いに思えて仕方がない。
魔法にかけられたディナーは、ほんのりと和風だしの香るリビングでゆったりと続いていた。