「うわばみってほどでもないが、うまいもんが嫌いな人間もそういないだろう」
Pさんの地元の酒蔵開放イベントになぜか一緒に行くことになった雨彦さんがただただひたすら飲んで食ってるだけのお話です。
@toasdm
賑々しい空気に目を細めて、雨彦は手にした枡を傾ける。チケットと引き換えに入り口で配られた酒枡には、駆けつけ一杯、と言わんばかりにすぐさま蔵出しの限定酒が注がれて、その芳醇な香りに誘われるまま、二人は同時に口をつけた。
「ほぅ……」
「わ……!」
すぐさま口の中に馥郁たる米のまろやかな風味が広がって、す、と後口は、うまい水を飲んだ後のように消えていく。こいつは進んじまうな、と満足そうに言った口から、ふわりと豊かな香りが漂って、吐息すらもおいしい一献に、ただただひたすら、二人は舌鼓を打つ。
「お前さん、結構いける口だな」
「ふふふ……地元ですからね」
どんなきっかけかは忘れてしまったが、彼女の地元の酒蔵が春に酒蔵開放のイベントをやるという話になって、そいつはいいな、と雨彦が乗ってきた。じゃあ行きますか?と日頃の労いを込めて冗談半分に誘ってみたのだが、まさか本当に、一緒に里帰りをして酒を飲むことになるとは彼女は思っていなかった。
「水がうまいんだろうな。そういう酒の味がするよ」
「そうなんですよ!」
名山の雪解け水を使った酒蔵の酒は、その素直で透き通るような風味に地元民だけではなく地方からも駆けつけてくるような根強いファンが多いのも頷ける酒だ。葛之葉さんも日本酒お好きなんですね、と隣並んで歩く彼女に聞かれて、ニッ、と雨彦は目を細めて笑った。
「うわばみってほどでもないが、うまいもんが嫌いな人間もそういないだろう」
「そうですねぇ……あ、おつまみもあるので、よかったら」
彼女が指差したフードコーナーのテントでは、もうもうと煙を上げる焼き鳥や焼き魚、隣では酒粕を使った蕎麦や粕汁も売られているようで、雨彦は見てわかるほどに色めき立って、その様子に彼女もつられてくすくすと笑う。
「なんだい?」
「っふふふふ……いえ、葛之葉さん楽しそうだなぁ、って思って」
「そりゃな」
「せっかくのお休みに、付き合わせてしまって申し訳ないかと思ってたんですけど、楽しんでくださったなら嬉しいです」
「こちらこそってやつさ。今日は仕事を忘れて遠慮なく楽しませてもらおう」
ちょっと持っててくれるかい、と彼女に酒枡を預けた雨彦は屋台で焼き鳥をひとパック買い、じゃあ、と気を利かせて隅っこのテーブルを確保した彼女のところへ戻ってくる。腰を据えて飲むと駄目になっちまいそうだな、と苦笑する雨彦がパックを開けて差し出して、彼女は焼き鳥を一串つまんでいただきます、とひとかじりする。
「ん、おいしい」
「……うまいな、普通の鶏肉かい?」
「…………」
おかしい、と彼女は我が目を疑った。彼女がかじった焼き鳥と雨彦が持っている焼き鳥の串とは、確か同じもののはずだ。それなのに彼女が一口かじった間に、雨彦はその串を、丸裸にしてしまっている。
「ん?」
「いえ……どんなミラクルが起きたのかな、って」
「ミラクル?」
きょとんと雨彦を見つめる彼女の前、雨彦は酒枡をまた傾けて、今度はそれも空っぽにする。ふぅ、と酒でリセットした口の中に焼き鳥をまた放り込み、彼女はその瞬間を目の当たりにして納得と同時に驚愕をした。
「ええぇぇぇ!?」
「ん……?」
もぐもぐと、雨彦は焼き鳥を食べている。なんのことはない、雨彦はただ焼き鳥一本を「一口で」全て食べてしまっていただけだ。
「えぇぇ……ひとくちが大きすぎませんか?」
「…………そうかい?」
三本目の焼き鳥を指でつまんで、雨彦はそれを口の前に横にして持ち、下の方から一気にがぶり、するりと串から外して後はもぐもぐと咀嚼する。食べるひとくちが大きい上に食べるのも早い雨彦にとって、焼き鳥五本パックなんてものは本当に、つまみ程度にしかならないのかもしれない。
「もう少し、あの、買ってきます?」
「いや、酒のおかわりをもらうついでに買ってくるよ」
酒を飲むのも早ければつまみを平らげるのも早い、と雨彦の食いしん坊な一面に面食らった彼女を席に残して、雨彦は立ち上がり会場を見渡す。
「みんな、うまそうに飲み食いしてていいな……」」
一番美味しそうに飲み食いしてるのあなたですよ、と彼女はこっそり独り言を言う。仕事忘れて楽しもうぜ、と彼女の頭をぽんぽんと叩いてふらりと喧騒に紛れに行った雨彦が戻ってきた時、焼き鳥のパックは四パックに増えていた。