@toasdm
常日頃、雨彦は思っていた。唐揚げでテンションの上がらない奴がいるならそいつを連れてこい、と。俺が唐揚げの真髄を叩き込んでやる、と。流石にカレーのように「唐揚げは飲み物」とは言えなかったが、合わせる飲み物によっては本当に、飲む合間に食べているのか食べる合間に飲んでいるのか境目があやふやになるくらい、大量の唐揚げを消費する自信はあった。
三十を超えても尚健在の食欲と頑丈な胃袋、アイドルと掃除屋という「動く仕事」のおかげで衰えたり崩れたりすることのないスタイル、よく食べるユニットメンバーの協力もあって、雨彦は今月も、キロ単位の唐揚げを平らげる独自イベントにありつけた。揚げたてが一番美味しいからねー、と箸を構えた想楽の前に、雨彦は高さ三十センチを優に超える唐揚げタワーの皿をどんと置いた。
「たんとおあがり」
「わーい」
「雨彦、次が揚がりますよ!」
「ああ、今行く」
仕込みと調達は想楽と雨彦が、揚げる作業は前半はクリス、後半は雨彦が担当し、後片付けは想楽が全てを単独で担当する。その理由を冷蔵庫から取り出すついでにクリスから唐揚げを受け取って、雨彦はテーブルに並べて席に着く。
「よし、こんなものでしょうか」
「あー雨彦さん、烏龍茶くださーい」
「よ、っと。ほら」
「ありがとうございますー」
二リットルのペットボトルを受け取って、想楽は紙コップにとぽとぽとそれを注ぎ入れた。コンロから離れて手を洗ったクリスが、エプロンで手を拭きながらテーブルに着いて、三人はそれぞれ手にドリンクを持ってニヤリと顔を見合わせた。
「さて」
「さてー」
「さて!」
三者三様の「さて」が順番に飛び出して、雨彦とクリスはビールのプルタブをカシュっ!と開ける。
「今月もお疲れさん」
「お疲れ様ですー」
「来月も頑張りましょう!」
乾杯、べんっ、いただきます。
いつもの流れが始まって、大人二人はビールをぐいっと呷って至福の嘆息をつく。
「っあーーーー」
「はぁーーーー……!」
「今日のも美味しそうだねー」
未成年の想楽は、大人二人が酔いつぶれた後片付けを担当するようになり、比較的大酒飲みのクリスが先に唐揚げを調理して、マイペースにぐびぐび飲む雨彦が後半戦を担当するように、自然とそうなった。初めは男三人で狭いキッチンでわたわたと、非効率的だった集まりも、回を重ねるごとに自然と効率的に、無駄のないシステムになっていく。目下の問題は、酒の進んだ雨彦が揚げる第二弾の唐揚げの揚がり方にバラツキがあるという点だが、それもご愛嬌、と言える程度には三人は、何百キロという鶏肉を共に揚げてきた。山盛りの唐揚げの前、ユニットの結束は固くなる一方だった。
「古論、マヨとってくれマヨ」
「はい、どうぞ!」
「あー美味しいー、んふ、んっ」
「揚げている時から薄々気づいていましたが、今日は下味にカレー粉を使ったのですか?」
「うん、プロデューサーさんに教えてもらったんだよねー」
絶対おいしいと思ったんだよー、と仕込み担当の想楽に入れ知恵をしたプロデューサーが混ざることもあったが、三人独自の唐揚げイベントは、毎度数キロ単位の鶏肉が消費される。申し訳程度の付け合せの千切りキャベツは皿の底で、唐揚げの予熱で軽くしんなりした辺りでおいしくいただかれるが、これは毎度ひと玉いくかいかないかだ。
「うまいな」
「レモンも合いますよ」
「戦争の火種だよねー、唐揚げにレモン、ってさー」
「あっ、こら北村それ俺の唐揚げだぜ」
「名前書いてませんでしたー」
取り合いなどしなくとも、唐揚げは文字通り、山のように積まれている。それでもこうしてじゃれ合いながら、彼らは今月も唐揚げを山程食べまくる。酒が進んで宴も酣、底のキャベツに箸が伸び始めたあたりで雨彦はよいしょと立ち上がる。
「追加、揚げてくるよ」
「よっ、待ってましたー!」
「想楽、おにぎりはいかがですか?」
「いただきまーす」
わかめおにぎりです、とクリスが想楽を餌付けしているのを眺めながら、あいつらテンション高いな、と雨彦は目を細める。たっぷりの油を張った揚げ鍋を火にかけながら、雨彦は鼻歌を歌いながら思うのだ。
唐揚げでテンションの上がらない奴がいるならそいつを連れてこい、俺たちは唐揚げで毎月ご機嫌だぜ、と。
ジュワジュワと箸先で泡を吹く油に追加の唐揚げを投入しながら、雨彦は持ち込んだビールを一気に飲んで上機嫌のまま口角をあげていた。