@toasdm
嫌いそうなイメージはなかったが、特別好きそうだというイメージも持っていなかった。何か家で飼ってそうな生き物は?と聞かれたら、何飼っててもおかしくないな、という印象だった。
「チッチッチ……」
だからいきなりしゃがみこんで、そこの美人さん、と道の先にひょっこり現れた黒猫に話しかけた時には、素直に驚いた。らしくないという驚きよりも、東雲さんってそういうことするんですか、という驚きの方が近かった。
実際、一緒に暮らしているものだから、荘一郎が何を飼っているかを想像するよりも先に、うちはペット禁止だからなぁ、という現実の方がやってきて、想像しづらいというのもあった。
「ほら、ええ子やから」
なんもやなことせぇへんよ、と語りかける柔和な雰囲気に、彼女は少し笑ってしまった。もしかして荘一郎さん、猫飼いたいのかな、とそれを見守りながら、彼女は一緒になってしゃがみこんでみる。
「猫、好きなんですね」
前方の黒猫が二人に気付いて、ぴん、としっぽを立てててこてこと近づいてくる。スレンダーな黒猫の歩く様はまるでファッションモデルのようで、ただの生活道路がステージからのランウェイのようにすら錯覚させられるような気品があるようだった。
「ええ、特に黒猫は人懐こいのが多いので」
好きですよ、と言いかけた荘一郎が手を伸ばせば届く距離まで近づいた黒猫は、しかし伸ばした荘一郎の手をするりとスルーして彼女の方へとすり寄っていく。
「…………」
その時の荘一郎の顔を、彼女は一瞬しか見ることができなかった。黒背景にベタフラで、ピシッ!と効果音が入ったかのような表情、というのが、一番わかりやすいだろうか。
「え、ええと……」
今その黒背景には明朝体でびっしりと、荘一郎の心の声が書き連ねられているようだった。
なんで?なんで先に声かけた私の方ではなくあなたの方へ行くんです?私何かしました?
すっかり固まってしまった素通りされた手を、荘一郎は未練がましく彼女の膝に頭をごんごんと押し付ける猫の背中に伸ばす。
「うなん」
「なんや、その可愛げのない鳴き声」
「そ、荘一郎、さん」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、猫なら鳴き声まで憎いのか。黒猫に無視されたやり場のない感情と戦う荘一郎のあの一瞬の表情が、彼女の笑いを誘ってしまってもう駄目だった。ぷっ、と思わず吹き出されたのも気に入らなかったのか、荘一郎は憮然とした態度でゆらりと立ち上がり、行きましょうか、と冷たく言い放った。
「うなん」
「あ」
急に立ち上がった荘一郎に驚いたのか、黒猫はピャッ!と走って植え込みへと消えてしまった。あー、ともう少し撫でていたかった彼女の残念そうな声にかぶせるように、荘一郎は淡々と言った。
「猫なんてみんなあんなもんですよ」
「く、黒猫は人懐こいのが多いから好きって」
「あれは特殊な黒猫だったんでしょう」
ま、負け惜しみー!と笑いを堪える彼女の頭を、猫を撫で損ねた荘一郎の手が撫で放題撫でる。
「ま、ええですわ」
猫が消え、ランウェイは普通の生活道路に戻る。はぁ、と小さくため息をついたのを彼女は聞き逃さなかったが――…。
「うちには、もっと懐かないのがいるんで、慣れっこですよ」
「わ、私猫じゃないです!」
「猫やって自覚はあるんやね」
「え、や、違――」
悪戯そうな微笑みが、彼女の耳元に寄せられる。びく、と身構えた彼女の腰をするりと撫でて抱き寄せて、荘一郎は低く囁いた。
「もっと、懐いてくれてもええんですよ?」
耳元の囁きは、今度は彼女をピシッ!と硬直させてしまった。