@corona_moca1111
「んで、急に電話してきたわけね。」
時ママ。と、呼ばれる人物。かつて、俺が稼ごうとしていたときに止めてきた、腕っ節が地味につよいババア。……ただのバイトにしろって煩かったのだけ覚えてるけど、あとはどうだったか。何年前かも怪しい。
「……そ。」
どんなふうに返事をすればいいのかも分からなくてとりあえず相槌。眼鏡だけはめぐみの借りてきたし、そこら辺はなんとか済んでるみたいだけど。
「傷はそれ?」
「……ん。」
とりあえず見せる為に適当に巻いたハムを開けていくと、思ったよりもグロテスクな状態で時田さんもびっくりしている。
「アンタこれ」
「知ら…ないよ、落としそうになったらこうなっ…て、たんだよ」
「……そうなの?」
困るな、そんな顔されたって出せるものもなければ売れるものもないぞ?
あ、睨まないようにしないと。
「……そうだって。」
口調がわかんなくなってきた。これだからキャラじゃねーことしたくないんだよ。
「……ふふ、なんだか昔みたいねぇ。素っ気なくて、傷口作ってきてはふてくされて、アンタ覚えてる?」
そんなに会ってたのか?でもその感じ、めぐみじゃねーしな。俺が?知らないけど。覚えてない。
「……いつの話?」
たしかに多少はアンタっぽい人も覚えてるけどさ。……あれ、もしかしてあの時の人なのか?そうか、俺が合わないで時間が経ったのか。はぁややこしいなぁ。
出てきたのは確か……誤魔化しに出されていたチョコレートだ。赤ワインっぽい味がするやつ。色もちょっと赤くて……え、こんなんだったっけ。
匂いを嗅ぐと酒。さりげなく見ても、誤魔化すような色はない。指を少しつけて、舌の先に乗せても痺れない。見られて……ないよな?
マドラーで混ぜて、一口。傷のない方の手で持って、飲む。
あ、甘くない。
「ねぇ」
ママがこっちを見て、近くに顔を寄せた。
耳元にそっと、話しかけて。
「貴方、めぐみじゃないでしょう。」
コップを落とさなかっただけセーフだと思って欲しい。はぁ、まぁクッソみたいな演技だよなわかるよ、でも俺は身体的には「田町めぐみ」なんだから違ってもないし。
「……じゃあ誰なんだよ」
絶対こんなことは言わないのわかる。ただ、ちょっと無理なだけで。でもおばさんも聞いた割に皿やコップを洗ってるし。……包丁で刺されたりはしないだろうけど。
クスッと笑う相手、何がおかしいんだよ。
「ふふ、さぁ?どちらにせよアンタは拾った猫だからねぇ。医者ならそっちの奥。時田ママからって言えば、すぐだよ。」
「……何さ猫って。」
「思い出しちゃったの。あはは、そうね、本当にその頃にそっくり。すっかりいい子になったと思ったけど、そうじゃなかったのね。」
はぁ。……なんだこいつ。つまり分かってんの?なんも伝えてないのに。赤の他人かもしれないのに?
顔を見ても、どこかヘラヘラしているというか、なんていうか、舐められているというか。
気に食わないけど、頭がいい奴は敵にしないほうがいいって知ってる。
「……なんだよ、それ」
思ったよりも声に感情がこもってしまったのが分かる。それに反応して、時田という人は何故か気持ち悪い目で見て、手をあげた。
反射的に身体が動く。
……でも、肩をたたかれただけだった。そのまま、頭まで上がる手に力はなく、変に髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。……舐められてる?まぁ…敵意はないってこと、か?
「その目。」
「何」
「警戒するだけ疲れるわよ」
「怪しいのはそっちだろ」
「貴方も充分怪しいし、お互い様よ。それに、この怪しさは纏うもの。」
「……」
「生き残る為には必要だもの、ねぇ?」
一瞬光ってた目が仲間のように光って、あとガラスの光が見えたりして、なんだか、いつもに近いような感覚。そして、思った。
ああこの人はこちら側の人で、だからこそ「めぐみ」をほっとけないのか。
「……んで、治療でしょう?大丈夫ぼったくるならアタシが絞めるし情報ではこっちの方が上なのよ、ここ、色んな人がお客さんとしてくるから。」
「だから分かったって?」
「まぁそうね!長年のカンってとこかしら?たまにいるのよ、でも、ここ五年は見てなかったわね、ここまで別人なのは。」
「……今までの俺が、全部嘘だったら?」
「それはあり得ないわ!「めぐみ」はそういう子じゃないでしょう?」
……全部図星だ。まぁ、情報を探れるやつらは多いんだろうけど、でもまだ医者にも行ってないのにこんだけ分かるって事はきっとこれは推測なんだろうか。……下手な動きをしない方が良さそうなのは分かるけど。
「それにね、」
周りを見ても誰もいないバーカウンターと、シワがよった手と、目の光が、なんとなく悲しげかつ、緊張が走るような怖さがある。なのに、明かりも流れる曲も敵意のなさも不釣り合いで、変な気持ちになる。
「私は『田町めぐみ』が中学生の頃から知ってるのよ。今更このくらいで驚きも、芯を見失いもしないわよ。」
「……ふーん。」
コップの音が響いた。取り出したお酒は見覚えがあるタイプの甘いやつと、めぐみが選んだ色が汚くなったような飲み物。
目に映りこむ、人を惑わせるような葡萄酒の赤。
「ところで『メグ』君、ホットカクテル美味しかった?これを入れたのよ。」
「……カクテルだったんだ、これ」
「ふふふ、そうよぉ?いつもより大人にしたの。お口にあった?」
「……ん。」
ああ、その時からバレていたのか。ってことはお見通しだったんだ。
本当に警戒するだけ損になっちまったな、と思う心と、その場の雰囲気が気を抜けさせて、そのまま、放置しながらまた一口飲んだ。
甘ったるいはずのこの身にない、甘さを呪った。