@akirenge
【夜明けの話をしていこう】
館長補佐は久しぶりに帝国図書館に帰ってきた。普段は対侵食者関係の暗躍とかをしている。
外見は十代後半から二十代の青年で茶色い髪をした気さくな青年だ。
朝早くだ。並行して進めていた作業が形になってきたので、帝国図書館に所属をしている特務司書の少女に先に知らせておくことにした。
ドアをノックするが反応はない。恐らくは起きている時間のはずなのだが、
「司書? 入るぞ。知らせだが――」
扉が開いている。館長補佐は扉を開けて、中の光景を確認する。
「補佐、館長?」
「そこは、館長補佐と言ってくれないか」
司書室には大きなベッドが置かれていた。そこには特務司書の少女が寝間着姿で熟睡している。そばで彼女を守るようにしていたのは、
上半身を起こした黒髪の青年だった。ベッドサイドには壺が置かれている。ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、最近転生してきた文豪だ。
『にゃあ』
『にゃああ』
何匹かの猫が部屋にいた。黒猫、ぶち猫、三毛猫、一斉に鳴いている。
「ウルタール?」
「違います。ウルタール。猫、沢山、ですが」
館長補佐はしばらく黙った。向こうが無言でいるがこれはあれだ。気配によっては攻撃してくる雰囲気だ。知っている。
ウルタールとはラヴクラフトが書いた小説である『ウルタールの猫』という作品から出てきたのが最初だが、
これは猫の話だ。
「何してるの」
「寝てました。司書と。猫と。眠るの。重要。ドリームランド。行けません」
「ナシュトとカマン=ターとは会わなくていい気がするな」
ラヴクラフトの言葉をつなぎ合わせつつ、情報を把握しておく。それ以上は聞かないで置いた。
ドリームランドはラヴクラフトの書いた小説に出てくる『未知なるカダスを夢に求めて』に出てくる夢の国である。
館長補佐はドリームランドの門番について口にする。
「用事、ありますか。司書、寝る。まだ」
「手紙を残すから渡してくれ。自然に起き……ないな」
「寝かせます。起こしません」
「ポーはいいのか」
「気にしてます。いう。ポー様。思い出す。司書、ヴァージニア」
文学には疎い方だが、館長補佐には基礎知識はある。再び聞かないでおくと懐からメモ帳を取り出して書き込み、千切る。
猫がやってきたので渡してみると口に加えて持って行き、ラヴクラフトに渡していた。
「俺はまた出かけるから」
館長補佐はいうとすぐに出ていく。部屋にはラヴクラフトと猫と特務司書の少女が残された。伝言については他にもいくつか
伝えておけばいいとなりつつ、出かけようとすると万年筆を拾う。見たことのある万年筆だった。
「……館長補佐、久しぶりだな……万年筆を、知らないか?」
「ここにある。……伝言、予備に頼んでおくか」
万年筆を探していた文豪に館長補佐は拾った万年筆を渡す。渡しながら伝言をしておくことにした。
早朝、徳田秋声は帝国図書館の中庭を散歩をしていた。手には原稿用紙の束がある。
師匠に見せるための原稿とその原稿の合間に息抜きで書いた随筆があった。原稿の合間に原稿をやるというのはよくあることだ。
「寒暖差が激しいけれど、今日は温かい」
伸びをする。これからもっと暖かくなってくれたらいいと想った。
「秋声さーん」
「司書とハワードさん」
太陽の光を浴びていると元気な声をかけられる。特務司書の少女だった。春物のワンピースに身を包んでいる。
すぐ後ろを歩いていたのはラヴクラフトだ。
「館長補佐がね。先行転生の知らせを持ってきたの。寝てるときに」
「寝てる時……?」
「渡しました。メモ。渡しました。司書」
「珍しいな……」
珍しいとなったのは館長補佐のことだ。彼は大事な用事ならば特務司書に直接伝えたりするだろうがラヴクラフトに伝言を渡している。
「秋声さんも知ってる人! でも意外だった」
「意外なのか。誰だろう……分館で話そうか。朝食は分館でとるかい?」
「取ろうかな。秋声さんの分も作るよ」
「皆さん、集まっていますね」
秋声が知っていてなおかつ、意外な人とは誰だろうとなるが、立ち話をしているのもなんだしと秋声は分館に行くことを進める。
帝国図書館分館は対侵食者の前線基地だ。表向きは近代文学を中心に集めている図書館である。話していると川端康成もやってきた。
「川端さん。――みんなで朝食、食べようか」
皆で分館に向かう。特務司書の少女が分館の扉を開けた。中は静まり返っている。
四人で飲食室へと入った。朝食を作るのは特務司書の少女である。朝食については食堂が休みではない限りは皆朝食でとるが、
たまに自分たちで作ったりもする。そのあたりは自由だが、料理長の料理はとても美味しいし、文句も出ていない。
料理長も古参メンバーに入るといえば入る。秋声たちが転生してすぐに見つけ出された人材だからだ。
飲食室は帝国図書館分館で数少ない飲食ができる部屋だ。特務司書の少女は冷蔵庫を開けて中身を確かめている。
「食材はそろってるな。何が食べたい? 作れそうなものなら何でも作るよ」
「何でも、か。それなら……」
特務司書の少女は料理ができる。秋声も何度か食べたことがあるがおいしい。和食も洋食もこなせていた。
他の料理も得意だ。秋声がメニューを考えていると、横から声がした。
「それならば、ジャンバラヤがいいです」
川端である。場の空気が止まった。
「……ジャンバラヤ?」
「以前、作ってくれたのがおいしかったので食べたいのです。私は今日、一日原稿をしますので。継続して食べられるものを」
「ジャンバラヤか……」
(朝から、ジャンバラヤ……)
特務司書の少女が考え込んでいる。川端が朝食にジャンバラヤが食べたいと言い出した。ジャンバラヤ、それはアメリカのコメ料理だ。
アメリカ南部にあるルイジアナ州のコメ料理であり、二種類ある。アメリカ風の炊き込みご飯であった。
秋声も食べたことがある。美味しいことには美味しいのだが、朝に食べるのはきつい。
「ハワードさんは何か食べたいのはある?」
「アイス、です」
「ぶれないね……(どうしよう)」
ラヴクラフトがアイスが好きなことは周知の事実だ。特務司書の少女の疑問にはっきりと回答している。秋声は悩んだ。
ジャンバラヤは朝から食べたくはないのだが、川端は食べたがっている。無表情であるのだが、作ってくれると嬉しみがにじみ出ている。
二年以上の付き合いで秋声は察せるようになっていた。
特務司書の少女は作るだろう。ジャンバラヤを。何でもといったのは特務司書の少女なのだ。彼女は言ったことは守るほうで今がそうだ。
――僕がジャンバラヤを食べたくないと言ったら。
悩む。
言ってしまえば川端は落ち込むだろう。とても秋声を慕っているのが川端だ。はっきりと今回は断りたくはない。温和にいきたい。
話していると飲食室の部屋のドアがノックされた。
「入るぞ。司書。ここにいると思っていた。先行転生についている文豪に伝えてきた。先行転生が……」
「広津君!! 彼女が朝食を作ると言っているんだが、何が食べたい!?」
広津和郎が来た。先行転生の話をしていたが秋声にとって重要なのは、ジャンバラヤをいかにして食べずにいるか、もしくは朝食で
食べないようにするかだ。昼食なあらばなんとか食べられるが朝はきつい。
「朝食……? 作ってくれるのか?」
「彼女が作れるくれるものならば……」
広津が考え込んでいる。川端が促した。
「それなら、ホットサンドがいい。以前に貴方が作ってくれた。ぎざぎざのパンに挟まった」
「パニーノ……? パニーノか……」
バニーノ、パニーニともいうが具材を挟んだホットサンドだ。あれは美味しい。広津はそれが気に入っていたようだ。
「どちら? ジャンバラヤ? パニーノ。アイス、確定。決定、です」
「ジャンバラヤとパニーノだとな。スープ作って……アイスは冷凍庫にあるけど」
「アイス」
(もう一押しだ)
「秋声、ジャンバラヤ、嫌?」
特務司書の少女が配分を考え始めた。彼女は調理に手伝いを必要としない。するにしても、もっと慣れている者でないと入れない。
ラヴクラフトが壺を抱えながら首をかしげて聞いていた。重々しい黒髪が流れる。
「嫌じゃないんだけどさ。ジャンバラヤって……ジャンバラヤだろう」
「そりゃ、ジャンバラヤだよ。ケイジャン風とクレオール風どっち?」
「けいじゃん……くれおーる……そもそも、ジャンバラヤとなんなんだ」
「えっとね、ジャンバラヤは……ジャンバラヤという……ジャンバラヤで、肉が入っていたり、魚が入っていたり、
スパイシーでたまにトマトが入ってるけど消えるときもある……」
「鍋……?」
特務司書の少女がケイジャン風のジャンバラヤとクレオール風のジャンバラヤのどちらがいいのか聞いてくるが、疑問を持ったのは広津だった。
彼はジャンバラヤを知らなかった。食べたことがないのだ。秋声が説明しようとしているが、ずらすことに主眼を置いていたので、
説明が雑になっている。広津がジャンバラヤについて思い浮かべられずに混乱している。
「炊き込みご飯、炊き込みご飯なんだ。アメリカ風の炊き込みご飯で、本格的なのをあの子は作るんだが、とてつもない炊き込みご飯になるんだ」
「とてつもない炊き込みご飯……けいじゃんとくれおーるだとどう違うんだ」
「クレオールの方はイタリアの影響を受けていてトマトいれるし、魚介メインだけどケイジャンは肉メイン。あたしは混ぜるし、野菜も入れる」
「とてもボリュームがある料理だな。朝からそんなものを食べるとは元気が出そうだが」
「元気……」
作り方が微妙に違うが重要な違いであると昔に秋声は特務司書の少女から聞いていた。
朝からジャンバラヤは出ることには出るかもしれないが……広津もジャンバラヤに興味を持つ中、
『朝から騒がしいわね。ジャンバラヤなんて食堂で食べるならまだしも、ここだと重いわよ? 先行転生よりも食事?』
「ご飯は大事だよ。あ、先行転生、びみょうさんだよ」
声だけがした。それと同時に声の主が姿を現す。黒の長髪に黒い瞳をした黒のロングワンピースを着た十代後半から二十代の女性、
加護者、帝国図書館分館の管理者にして特務司書の少女とは利害の一致で協力関係にあるものだ。
「思い出したように言いましたね」
ジャンバラヤに忙しくてすっかり、特務司書の少女も秋声も話題を忘れていた。びみょうと聞いて秋声は誰か思い浮かぶ。
「びみょうさん……美妙、山田美妙さんかい?」
「檀一雄さんだと思っていたのに」
檀一雄だと思っていたと特務司書の少女が言ったのは太宰治の著作である『走れメロス』が特殊侵蝕にあったからだ。浄化をしたものの、
そこで熱海事件や彼の話題が出てきたのだ。
「……あの人なのか……師匠が……師匠は……どうなんだろう……逍遙さんたちは複雑にしていそうだけど」
「文壇から消えた人とか、文学黎明期の人ぐらいは知ってるけど、――ああ、今の東京、昔の武蔵野。今は錐も立てられぬほどの賑わしさ、
昔は関も立てられぬほどの広さ。今仲の町で遊客に睨みつけられる烏も昔は海辺四五町の漁師町でわずかに活計を立てていた」
「小説、です?」
「ここは覚えたの。アイツが武蔵野を出すとこれ言うから」
「戯曲?」
「なんか気合で逍遙さんや四迷さんが頑張って、言文一致したんだよ」
「言文一致」
「言ってることと書いてることが一緒なんだよ」
「一緒」
ハワードと特務司書の少女のやり取りが微笑ましいと思いながらも説明はあっているが。箇条書きすぎる。川端が半目を向けて、
広津が戸惑う中、秋声はあることを思いついた。
書いてあった随筆を取り出す。
「加護者。これを対価にするから、あらためて近代文学黎明期の説明と……よかったら、君が料理をしてほしい」
『あら』
秋声が随筆を加護者に渡す。加護者が随筆を受け取り、秋声の方に視線を向けた。