「はぁっ……無事、かい?」
敵対組織に拉致された「大事なもん」を奪還して軽く負傷したキャスパーさんのお話です。
きわたさん(@kiwawa_wa)の素敵なイラストにお話をつけさせていただく許可を得ました!ありがとうございます!
@toasdm
「っ……」
シャワーが染みて初めてわかる、背中に負った傷。温かいお湯が浮き彫りにした血の記憶は、泡と一緒にすぐに流れて消えていく。キュ、とコックをひねり、キャスパーは禊を終えてシャワールームを出た。
「ふぅ……」
ざっと体を拭き上げて、アンダーウェアを身につける。アンダーシャツも着ておくか、と伸ばした手はシャツを掴んだが、一瞬止まって、離して引っ込める。
「……」
がしがしと、タオルで水気を拭いた頭に、記憶が蘇る。染みた理由はあれか、とキャスパーは洗面台の鏡に背を向けて、洗濯機の上の眼鏡を手にとった。
*****
通信が乱れて、ジョッシュの叫びがザッピングノイズの向こうに消えていく。
「ックソ!」
端末を取り出す手間も手も、今のキャスパーにはなかった。こっちは大事なもん抱えてんだぜ、と背後から駆け寄ってくる足音の数に、キャスパーの背中に冷や汗が流れる。乱暴になっちまってすまないな、と心の中で謝る対象、やむなく肩に担いだ「大事なもん」の腰から下は、その冷や汗の背中を先程からがしがしと蹴って弾んでいた。
「しつこい男は、嫌われる、ぜっ!」
ぐったりと気を失った「大事なもん」の横顔に、顔を傾けざまにちゅっとこっそり口づけを落として、キャスパーはホルスターから銃を抜く。ガンベルトは「大事なもん」の太ももで背中に押し付けられ、却って扱いがいいな、と走る痛みをやり過ごせた。
「っ!」
脇の路地に向かって、キャスパーは少しだけ高く飛び上がり、ぐるりと体を三次元に回転させる。同時に「大事なもん」を進行方向やや上に放り投げると、瞬間の銃撃が始まった。
「こういう、のは、得意じゃな、いっ!」
ガンガンガン!と三点バースト、続けざまにガンガン!とそれぞれ足元を狙って。瞬きの間に追手を二人、始末するだけの芸当はできても――…。
「ックソが!!」
空中に放り投げた「大事なもん」が、硬い地面に着地するまでに受け止めに走れるような時間は、残されてはいなかった。
「っぐ、あ……ッ!!」
重力を無視したように地面を蹴ったキャスパーの腕が、「大事なもん」を受け止めて胸に抱きとめる。そこまではよかったが、このままでは「大事なもん」が地面とキャスパーの間で潰れたホットドッグのようになってしまう。片手をついて重力に引かれる体の軸をずらして回して、キャスパーは「大事なもん」が上になるように地面に背をつけ、そのまま路地の奥へと背面スライディングをした。
「ッッ!!!!」
擦れて悲鳴を上げる背中。痛すぎて呻きすら出ねぇな、と軽武装の背中に走る衝撃と痛みをやり過ごすように、キャスパーは腕の中の「大事なもん」をぎゅっと強く抱きしめた。
「はぁっ……無事、かい?」
柔らかな体は、キャスパーの全てを奮い立たせるのに十分だった。すやすやと眠ったままの無防備な唇に何度か雨を降らせて、キャスパーは端末から通信を回復させた。
*****
「ああ……結構酷いな」
端末のカメラで背中を映した洗面台の鏡をのぞいて、キャスパーは怪我の記憶と実際の怪我とを見比べて苦笑する。ボロボロになったベストとシャツ代くらいは請求しても許されるかもな、とベルト痕と擦過傷のくっきりついた背中をアンダーシャツで覆い隠して、キャスパーはベッドへと向かった。
「……俺が命懸けで守ったんだから、お前にはまだまだ働いてもらうぜ?」
酷いことされてなきゃいいんだがな、と敵対組織のアジトから救い出した「大事なもん」の頬に触れ、キャスパーはそっとキスをする。
「…………ッフ。先払いご協力ありがとうございます、なんてな」
眠り姫の眠りを邪魔しない程度に繰り返したキスは、犠牲になった洋服代と背中の傷の治療費として、キャスパーはきっちりいただくことにした。