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[雨P♀]イルカと彼女と夢の中

全体公開 1 1908文字
2020-04-18 17:47:48

「お前さんの匂いがするな。いつも抱いて寝てるのかい?」
ぬいぐるみを抱いて寝る習性のあるPさんのお部屋に初めて泊まりに来た雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 お風呂の水垢まで掃除して、家中ぴかぴかにして、芳香剤も新しいものに変えた。来客用の枕をベッドに置いた時にはオクターブ上の呻きを上げて悶絶までした。そのときに気づくべきだったのだ。「この子どうしよう」と。
「風呂、いただいたぜ」
「あ、はい」
 夕飯の後、一番風呂を雨彦に譲って湯上がりの独特の雰囲気に胸をどきりとさせながら、彼女は同時に困惑していた。
「お前さんも入ってこいよ」
「う、あの」
 いや、今言わなくてもいいんじゃないかな?と問題を先送りにした彼女の様子に、雨彦は目尻を下げて彼女の頭をぽんぽんと優しく叩く。
「獲って食ったりしないさ。お前さんがそうしてくれ、って言うなら別だがね」
「も、もうっ!」
 そういうんじゃないんですってば!と叫んだのは、まさに彼女の本心だ。
「そういうつもりでお前さんの部屋にお邪魔してるわけじゃないさ」
「うぅ……そうなんですけど……
 前髪をおろした姿は何度か見ているが、雨彦がこうして彼女の部屋に泊まりに来て、こんな油断しきった普段の様子を見せてくれたのは初めてだ。その様子にドキドキしたのも事実なら、風呂の後、どうやって寝るかの問題があるのもまた事実だ。しかし雨彦の思惑には絶対に含まれていないであろう彼女自身の問題に、彼女は本当に、ギリギリになるまで気が付かなかったのだ。お風呂いってきます、と着替えを抱えて、彼女は逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。
「ふぅ……
 いやほんと、どうしよう……バスタブの中、彼女は膝を抱えて考え込んだ。考えているのは、一番のお気に入りの、毎晩抱いて眠っているイルカのぬいぐるみのことだ。

 雨彦さんがいるのに?雨彦さんがいるのにあの子抱いて寝るの?失礼にあたらない?大丈夫?いやでも私、あの子抱っこしないで寝れる?無理でしょ絶対、じゃあ代わりに雨彦さん抱っこして寝る?

……っ!」
 ぼふん、と音が出るような勢いで、顔が一気に熱くなる。ベッドに枕を並べた時のようなオクターブ上の悶絶を、彼女は全裸で、バスタブの中でもやることになった。
 無理無理無理無理、そんな、あの、雨彦さん抱っこして寝るって無理じゃん!だいたい雨彦さんはあの子の代わりじゃないし、そもそもあの子に代わりなんていないし、雨彦さん硬いしかさばるし、抱いて寝るには適さないんじゃないかな?
「はぁ……
 なかなかに失礼なことを考えて、結局答えの出ないまま、彼女はあがって髪を乾かした。
「お、おまたせしま――
「よ」
「?!」
 先程までどうしようどうしよう、と考えていたイルカのぬいぐるみが、なぜかベッドの上で長まる雨彦の腕の中にいる。胸ビレ(彼女は手と呼んでいる)をつまんで、よ、の声に合わせてぴこぴこと動かして、雨彦はウィンクしながらベッドで彼女を待っていた。
「なん、なんで」
「枕が二つあったもんでな」
「そうじゃな――
「このイルカサン」
 むぎゅう、と百九十一の大男が、イルカのぬいぐるみを抱きしめている。ちょうどイルカの後頭部あたりに埋めた鼻先をすんすんと鳴らして、雨彦はいっそうとろんととろけた顔で言った。
「お前さんの匂いがするな。いつも抱いて寝てるのかい?」
 あ、終わりましたねコレ。
 そうですけど、といっそ開き直った彼女は、雨彦の腕から大事なイルカさんを取り戻す。むぎゅ、と抱きしめたそれは落ち着く感触で、これがないと眠れないんです、とすんなり言えた後は、終わったというよりも楽になったという不思議な気分になった。
「そうかい……
……雨彦さん、ひかないんですか?」
「どうしてだい?」
 いいじゃないか、とからかうでもなく大真面目に捉えるでもなく、雨彦はさも当然といわんばかりにさらりと返す。今日はどうしよう、とイルカのぬいぐるみを抱く彼女の背中から、雨彦は腕を伸ばしてぬいぐるみごと、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「お前さんはイルカサンを抱いて、俺がお前さんを抱いて眠ればちょうどいい」
「ああ……
 そんな方法もありましたねぇ、と緊張しすぎた頭がゆるんで、口調と意識も緩やかになる。休むかい?と優しく声をかけられて、うん、と答えた彼女がぎゅう、とぬいぐるみを抱きしめたのを、雨彦はとろけそうな瞳で見つめていた。おやすみ、の四音が紡がれた唇が、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた頃、雨彦はふわりと布団をかけてやりながら、彼女を抱きしめて呟いた。

「これ以上俺に可愛いところを見せないでくれよ……お前さんが愛しすぎてどうにかなっちまいそうだ」

 そんな苦笑を、イルカと彼女は夢の中で、ぼんやりと聞いていた。


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