@toasdm
勤勉なのか娯楽が好きなのか、雨彦が本を読んでいる光景はよく目にしていた。読書用の眼鏡をかけて本を読む雨彦の横顔は、オフショットとしていくつか残しておきたいと思うことすらあった。整った輪郭がじっと手元に目線を落として、熱心に本を読み耽っている様というのは、心を捉えて離さない魅力のようなものがあった。
「……」
パラ、とページをめくる仕草も言いようのない色香のようなものがあると思った。片手で押さえた文庫本を親指だけで器用にめくる動作もそうだし、大きめの雑誌やなんかは流石に片手ではめくれなかったが、ページの端をつまんでぺらりとめくる動作には、なんとも言えないときめきがあるように思えた。
「…………」
今日は珍しく、雑誌を読んでいるようだった。今日は、と言ったが、ここ最近はそういえば、いくつか雑誌を持ち歩いて読んでいるような気がした。以前ちらりと手元を覗いた時には、メンズのファッション誌とバイクの月刊誌を読んでいたと思ったが、それはどちらも、雨彦が紙面を飾っていた時だったはずだ。三十代のキレイめデートコーデ特集も、オフのツーリング特集も、どちらも雨彦らしい魅力を出せていたと彼女も紙面を確認してにんまりとしたのを覚えている。
「お前さん」
「へっ、あ、はい!」
雑誌に目線を落としたまま、雨彦は彼女を手招きする。きりのいいところでファイルを保存して、彼女は雨彦がゆったりとかけたソファの方へと近づいた。
「これなんだが」
「え」
雨彦が読んでいた雑誌の種類に、彼女は思わず素っ頓狂な声を上げた。ストリートピンナップやバイクのカスタムではなく、雨彦が熱心に読んでいたのは見開きいっぱいの、作り置きお惣菜特集だった。
「……お前さん?」
「え、えぁ、ああ。ええと」
あまりの不釣り合いっぷりに、彼女の意識は一瞬あらぬ方へと飛んでいってしまった。この人料理趣味とかあったっけ!?いや、そういう方面で売り出した方がいいなら全然そういう仕事とってくるけど、あれ、もしかして今お腹すいてるとか?とぐるぐる思考が駆け回る彼女を見上げた雨彦は、嫌いだったかい?と怪訝そうな顔をしている。
「いえ、卵好きですけど」
「そうかい」
「えー……あの、葛之葉さんもしかして、お腹すいてるんですか?」
よかったらこれ、とポケットの中からキャンディを一つ取り出した彼女に、今度は雨彦の方がきょとんとした顔をする。ありがとよ、ととりあえずそれを受け取って、雨彦は紙面の厚焼き玉子を指差した。
「お前さんとこは甘い味付けだったかい?」
「ええと……厚焼き玉子ですよね?」
「だし巻き卵だろう?」
「えっ?」
「んっ?」
沈黙に顔を見合わせて、一瞬置いて二人は同時に笑い出す。
「ッフ、っはははは」
「っふふふふふ、どう、違うんでしょうね、ふふ」
あまり料理好きという印象のなかった雨彦が、眼鏡を外してゆっくりと説明しだす。
「だしを入れて最後に巻き簾で巻くのがだし巻き卵、だしを入れずに砂糖やら醤油やらでしっかり味をつけた厚みのある卵焼きが厚焼き玉子、らしいな」
「へぇー……詳しいんですね。お料理好きなんですか?」
私全然駄目なんですよね、と気恥ずかしそうに言う彼女をにんまりと見上げて、知ってるさ、と雨彦は意味深に言う。
「料理がてんで駄目なお前さんの代わりに、俺が料理を覚えてるのさ――なんてな」
「もっ、もうっ!」
からかわないでくださいよ、と雨彦のいつもの冗談に、彼女はぺしぺしと肩を叩いて抗議する。普段のクールでニヒルな笑い方ではなく、年相応かそれより幼く見えるような屈託のない笑い方をする雨彦は、こうして気を抜いたそばから彼女をいつもからかっていた。だが。
「で? お前さんは甘いのとしょっぱいの、どっちが好きなんだい?」
やけに真剣に卵焼きの味付けについて聞いてくるものだから、それ本当に冗談だったんですか?と聞くに聞けない彼女の返事を、雨彦は割と真剣な表情で待っている。
「甘いの、好きです……」
「そうかい」
覚えておくさ、ともらったキャンディを口の中で転がしながら彼女の好みを覚えようとする雨彦の思惑は、この時点ではまだ、彼女にはほとんどわかっていなかった。